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第25話 探索者は散り

 暗い夜に枯れ草を踏みしめ、枯れ葉を蹴り飛ばす者がいる。

 軽量化が図られているとはいえ、甲冑姿に双剣を腰に収めたまま坂を駆け上がっていく様は尋常な体力ではない。黒髪には蜘蛛の巣や落ち葉が付いてしまっているが、男は全く気にしていなかった。それどころではないから、という単純な理由だ。


 ケイラノス王国、最強の騎士と言われるツコウである。ツコウは古の死霊術師“墓を建てる者アルゴフ”の討伐という大任に当たっていたが、現代では絶滅危惧種である魔法使いを追うに当たって失態を重ねていた。

 しかし、それが焦りの理由ではない。そもそもツコウという騎士は面子だとか名誉をさして重視しない人間だ。ならばなぜ急いでいるかといえば、臭いだ。よく知っている臭いが、今駆けている山に漂っていた。

 他の仲間は置いて、1人だった。単独行動に慣れているツコウなればこそ急げている。そのツコウとて山の専門家ではないために速度は落ちていた。騎士団最強の個人“一剣”の速度はこの程度ではない。闇と障害物で本来の半分も出せていないだろう。


 斜面を登りきる直前、空気が変わった。それは気配と見た目の両面でだ。

 無数の死が放つ臭いと気配。無数のハエが漂っている様は、夜だと言うのに黒いもやのようにも見えた。



「カルプス……」



 登り終えたツコウはその名を呼んだ。山林の中は死体置き場となっていた。熊の死骸には矢が眼窩にめり込み、狼の死骸は木に矢で縫い付けてあった。

 探索能力を買われていたが、戦闘能力はさほどでもないカルプスだが最期には文字通りの死力を発揮したのがうかがえる。


 カルプスの死体はほとんど原型を留めていなかった。同僚であるツコウにすら、木に張り付いた顔の肉片でどうにか判別できるほどに破壊しつくされていた。あと数日で親兄弟にも判断できなくなっていただろう。



『彼は実によく戦った。君たちの理知と熱意を両立させた仕事ぶりには尊敬を覚えたが、やむを得なかった。これ以上付いてこられては困るのでな』

「……アルゴフか。やってくれたな。こうまでしなければ俺にとってはただの仕事に過ぎなかったものを」

『逆鱗に触れたというわけか。これで私は友のために戦うという、純粋な殺意に追いかけられることになる』



 矢が刺さった狼の口から人の声が漏れ出す。

 ツコウにとっては知り得ないことだが、これもかつてのアルゴフには不可能だったことである。かつては肉を操るしか出来なかった死霊術は今や魂を掌握して、冥王の領域へと踏み込み始めていた。



「友。友か……そうだったのだな。このところ上手くいかないことばかりだ。執着するのは面倒な上に効率が悪くなるから嫌いだった。今はそうでもない。気づかせてくれて礼を言う。返礼にお前は必ず殺す。死んでいてもだ」

『なるほど。こちらも君たちから学ぶことは多い。かつて私とともにあった王は阿呆の極みだったが、君たちは同じ戦士でもあのような輩とはまるで違う。武力よりも意思の力で物事を強引に進ませていく……きっと英雄や勇者という存在は本来、君たちのような者を指すのだろう』



 腐った血が狼の口から撒き散らされた。どうやら笑っているようだが、硬直している狼の死骸は痙攣する度に、骨が折れるような音を立てて形を崩していく。ならばなぜ、声は明瞭に聞こえるのか。ツコウは魔法の妙味を味わっているような気がしていた。



『そんな勇者様に、珍しい魔法使いとして予言の一つもしておこうか。そう遠くない内に君は私を殺すだろう。だが、私を止めることはできない。理由は……』

「後継者を見つけたか。なら、そいつも殺す」

『できるかな? いや、君ならやりそうだ。怖いな……まだ工夫しよう。名残惜しいが、この狼の魂が擦り切れてしまった。これで失礼させてもらおう……目的を明かすことができないのが残念だ。我々は案外友人になれたかもしれない』



 狼の首が力を無くして垂れ下がった。それは人間を思わせるような動きで、不快感を与えてくる。原理は魔法使いでない者には分からないが、ツコウは“魂とやらを脅して無理やり喋らせたのだろう”と解釈した。



「……なんだって、わざわざ自分の出来ることを晒しに来たんだ?」



 長所というのは短所と同じくらい隠す必要があるものだ。時に示さねばならない時があるのも確かだが、アルゴフにとって今がそうだとも思えない。アレは悪を働くのに呵責を覚えない類でありながら、暴力的な行為を好まない類の悪党だとツコウは感じている。ちょうどツコウとは真逆の性質だけに理解するのも容易い。

 要は善悪云々というより、知恵や論理の方が腕力より上位の存在なのだと信じたい・・・・のだ。ツコウの方は腕力の方が手っ取り早く感じる類だ。

 それが現状の力量を開示してきたということは……、と続けようとしてツコウは思考を止めた。これからする作業にどうにも不義理な気がするという理由である。



「こればかりは……シャルやコリンにやらせるわけにも行くまいな……」



 黒い騎士団服の袖をまくりあげ、手袋を外す。ツコウは素手となり、辺りに散らばった肉片を真剣に選り分け始めた。


 ああ、カルプス。自然に溶け込むのが得意だったお前だが、流石に最期までそうする必要は無いだろう。お前は妙なやつだが、人だった。騎士らしくは無いが、優れた探索者だった。そのくせ同僚の中でも人好きのする男で、俺とも普通に接してきた。素直に好きだと言える数少ない友人だった。


 思い出を脳裏に浮かべ、話しかける。肉を拾い、骨を判別し、遺品を掘り出す。遺族に送れるまとまった量の髪の毛を集めた時には、夜が明けた。ツコウの周囲には拾われず、散らかされた獣の死骸が陽光であらわになっていた。


 どういう風の吹き回しか……ひとまとめにとはいえ、ツコウは穴を掘って獣達を埋めてから山を下った。



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