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第24話 蛇神の救い

 ケイラノス王城、謁見の間。そこは白一色で染め上げられていた。白盾はくじゅん騎士団が王室守護を司ることからも分かることだが、白色はケイラノスを象徴する色だ。

 多くの国と文化を吸収しても、なお我らはケイラノス。“白のケイラノス”であるという気概と願いが込められている。


 だが、謁見の間には白以外の色もあった。それは人に付いてきた色であり、人がこの空間にいる以上は完全な白には成れないという世界からの皮肉のようだった。


 この場には限られた人物しか入れない。他国のように大勢の貴族が見物することも無いため、静寂に支配されつつも声が大きく反響する。それによってこの場の人々は相手の考えを深く理解しようとするのだ。

 今、謁見の間には警護役である白盾はくじゅん騎士団の上位騎士達と、国王、それに今日招かれた人物がいるのみ。玉座は5段ある階段の上に位置している。招待客は4段目まで登っており、国王にとって極めて重要な人物であることを示していた。



「此度の事件……早々に解決することはなりませんでしたね」

「ええ。全ては我が身の不徳が招いたこと。ですが、ウロボロス教団のおかげをもってして、最悪の事態は回避できた。重ねて礼を言う、アリーシャナル大司教」



 玉座に腰掛ける鈍い金髪をした偉丈夫。ケイラノス王ブレーズは玉座があまり似合わない男だった。王というよりは将軍を連想させる容姿と威厳を持っている。


 しかし、ブレーズが王という称号に似合わないというのなら、対する相手も大司教らしくは見えない。白みがかった金髪に、白を貴重とした祭服に金のストラをかけている。分厚い服だがわずかに胸のあたりに膨らみがある。史上初めてというわけではないが、アリーシャナル大司教はまだまだ珍しい、女性の大司教だった。


 ケイラノスの王都には様々な神殿が並んでいる。その中でもウロボロス教団は別格の存在だ。

 人が重症を追った際に魔法のように傷を癒やす水薬ポーションを製作、販売しているのがウロボロス教団だ。安価ではないが、上位騎士や冒険者、そして貴族に王族とウロボロス教団の水薬を欲する者は多い。ケイラノスも軍や騎士団のために一定数を常備している。


 目に見える恩恵を持つウロボロス教は多くの人を惹きつけた。最大の宗教勢力となるのも当然だろう。他の神殿は未だに治療の水薬を再現できずにいるのだから。


 そのウロボロス教がなぜかケイラノスへの全面指示を公言した。ケイラノスの内側に混乱の芽が見えたばかりのころに、まるで図ったかのように総大司教とアリーシャナル大司教の連名によって。

 その時期には既に他国の間諜との見えない戦いが激化していたが、これによって沈静化した。どの国であろうともウロボロス教団を敵に回すことはできない。宗教は只人を戦士に変えることすらできるのだから、どこも少なくないウロボロス教信者を抱える各国の反応は当然だった。


 だからこそブレーズ王はアリーシャナル大司教と面会をしている。礼を伝えねばならないのは勿論だが、ブレーズ王には疑問があった。なぜウロボロス教がこうもケイラノスに味方をするかという疑問だ。

 ウロボロス教団にとって得となる利益が見えない。仮に他国がケイラノスを征服するような事態になろうと、ウロボロス教団はそのまま残されるはずだ。



「今回の任に失敗した“一剣”ツコウ様とシャルグレーテ殿下はどうなさるお積もりでしょう?」

「追跡対象を誤って、アルゴフを逃した。即座に善後策を取ったために致命傷にはならなかったが、全くの処分なしとはいかんよ」



 武門と尚武は信賞必罰を持って成る。ましてや一人はブレーズ王の愛娘だ。あらぬ噂を立てられないよう、むしろ厳しく処分しなくてはならない。たとえ伝え聞いた状況を考えれば、二人がむしろ上手くやった方だとしてもだ。


 しかし娘の顔はすぐにブレーズ王の顔から消えた。そしてアリーシャナルを見る。美しさと若さの上に、大司教の地位まで持ち合わせるこの人物の考えが全く読めない。多くの人を見てきた王にすら、何も分からない。アリーシャナルは非凡な人物であることに疑いは無いが……ふとした時に思うのだ。“こいつは本当に人間か?”と。


 茫洋とした無表情だけではない。顔を見て美しいと思ったことすら、すぐに消えてしまう。色香に関して言えば、全くそうした欲望を感じることがない。そして、彼女の経歴、特に大司教になる前が不明に過ぎる。これほどの才気ならば必ず情報網に引っかかるはずなのに、それが無い。



「処罰の件ですが……どうか曲げて、寛大な処置を願いたく思います」

「それは……ウロボロス教団としての意見か? それとも貴方個人によるものかね?」

「教団の意思と受け取ってくださって大丈夫です。必要なら我々が要請したという事実を公表しても、構いませんわ」



 ブレーズ王にはますます訳が分からなくなった。ケイラノス王室にとって都合が良すぎる申し出だ。この場では飛びつくことが正解だろうが、ブレーズの口は思わず疑問を吐き出してしまった。



「一体、なぜ?」

「勿論、全ては我らが蛇神の御心がままに」



 ブレーズ王は疑念を抱えながらも要請を承諾した。

 “こいつは本当に人間か?”ではなく、“こいつは一体何なのだ”へと印象が変わったが……それすらアリーシャナル大司教が退出した後には薄れてしまった。

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