子爵領におけるツコウとシャルグレーテの活動は終わった。
石工が主産業である城下町ではその住人たちの豪放さを示すように、弔いを兼ねて大きな火が灯されていた。その天突くような緋色が未だに城壁を照らす最中に、二人の“一剣”と従者は泥棒めいた密やかさで出立しようとしていた。
「お見送り感謝しますよ。アラゴン子爵」
「いやいや……ツコウ殿はいなくとも大丈夫だっただろうと言っていたが……殿下とツコウ殿がいなかったらと思うとゾッとする。本来なら宴を催すところだが、“一剣”とは辛い立場だな」
「攻められた時点で失敗でしたからね。子爵様には面倒をかけますが……」
「心得ております。それと、アラゴン家はこの御恩を忘れることは無いことを是非覚えていていただきたい。それでは、ごきげんよう!」
子爵の護衛二人が持つ松明の揺れる輝きを背に、一行は馬で夜道を進んでいった。
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中央から離れたこの地では、夜は完全なる闇だ。ぶら下げた
ツコウは単独行動の際に慣れているため、ある程度夜目が効く。そうでなくとも武術的感覚で、周囲を把握できる。それはシャルグレーテも同じだ。コリンだけが時折、危なっかしいが、なにか考えているらしく動揺は見えない。
「これから、どうなるんでしょうか。どうすれば良いんでしょうか?」
「普通の騎士なら失敗に対する沙汰が下りるまで待つんだろうけど……それじゃ面白くない。ね、ツコウ?」
「確かにそうだが……アルゴフの目的がつかめないと更に後手だな。どうもアイツから感じるケイラノスという国に対する動きに感情が見えない。ひどく予想が難しい。予定に従ってランヘル家に向かうのは取りやめるが」
敵意と呼べるかは分からないが、アルゴフがケイラノスを襲っているのは間違いない。アルゴフに追いついて討伐せねばそれは止まらない。ならばいっそ蜂起するのを待つべきかとも思うが、それは自分たちの領分ではない。
「この際失敗は放ってアルゴフを追う。一か八か……カルプスと合流して、叩きのめす。まぁこちらが潰されるかもは知れないが、分かりやすくて良い」
「騎士団の体勢が整ってからの予定を繰り上げるのか。アレがどれだけの領地に兵を差し向けるか不明なままだけれど……拡大は防げる。失敗については運次第で解決するしね」
アンデッドの存在を秘匿するということに関しては失敗した。人の口から噂という形で広がるのを止めるのは不可能だ。
一方でシャルグレーテは領地の兵を使って襲撃を防いだ。これはアンデッド恐るるに足らずという印象を与えることになる。完全ではないにせよ軍団兵や民衆の感情に一定の安心感を与えてくれる。
“一剣”ではなく、民と兵が力を合わせて撃退したということを強調するようにアラゴン子爵にも頼んである。密かに出発したのもそのためだ。
「うーん。お二人なら国を倒そうとした時、どうしますか?」
「思考を追うのか? 前もした話だが、俺がアルゴフなら大量に集めたアンデッドで王都を一気に襲う。そして、自分だけは隠れて他の地域に行っては同じことを繰り返す」
「それだと倒せても支配はできない。やはり辺境勢力を束ねて囲んですりつぶすのが良いだろう。王冠は適当に誰かにくれてやってもいい」
以前も打ち合わせたことだ。だがその時、コリンの意見は控えめな確認に留まっていた。それが今は頭を使って、何かをひねり出そうとしていた。
「なんか……こう……全部違う気がしてきたんですよね。アルゴフって自分自身も不老でしょう? なら騒ぎを起こすにしても、自分はどこかで隠れていればいい。もしくはそもそも何も起こさずにいて、ケイラノスが他国に攻められた時にでも立ち上がればいいじゃないですか」
「そうだな。確かにアルゴフは動き回り過ぎにも見える。追われているのだから当然かとも思っていたが……どうもこっちの動きは全部読まれている。必死に隠れる時間を作り出そうとしているような……」
「……現状だとアルゴフは単なる一脅威に過ぎない。怖いけど、それだけだね。アルゴフ一人じゃどうやったって……」
暗闇の中で場が固まる。これまで一行はアルゴフが“同盟者”を作ろうとしていると考えていた。だが、同盟者を作ったところで完全な信用はおけない上に、辺境貴族を幾ら束ねても王が健在なケイラノスを倒せはしない。倒せたとしても、他の国が襲来すれば同じこと。
アルゴフは頭が良い。そして寿命が長い。だが、アルゴフの弱点はアルゴフ自身にある。“どうやっても、アルゴフが負ければ終わり
”なのだ。アルゴフは他者に良いように使われて終わる……そんな事態を歓迎する者だろうか?
「……後継者か! アルゴフがどんなに多才だろうと、一番長けているのはやはり死霊術だ!」
「能力だけではなく、思想まで継承した本当の後継者。それが作れるならば、例えアルゴフが倒れようとも意思は残る。ケイラノス……いやもうこの際人間種で良い。我々は延々とアルゴフ一派と戦い続けることになる。ツコウ!」
「ああ! 駅舎に馬を預けたら我々も山に入る。カルプスとアルゴフを追うぞ! クビになるのはその後でも良いからな!」
暗闇でも構わずに馬の速度を上げる。これからは自分たちが先手を取るという意気込みで、闘志を燃え上がらせる。
ツコウはちらりとコリンを見て、これは思わぬ拾い物だったかもしれないと考え出していた。