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第21話 唯、才能あるのみ

 眼前で繰り広げられているのは、現実の光景だろうか。兵士たちは己の目を疑っていた。

 人間種には限界が存在しないという恩寵が与えられているという。要は鍛えれば鍛えるほど強くなれるということだが……どこまで努力を重ねればあの域に到れるというのか。


 槍を構えていれば良いと言われた兵士達はコリンを除いて戦慄に襲われていた。


 腐乱しているとはいえ、熊を同時に三体相手取って互角以上だ。いいや、“腐乱しているとはいえ”では無いのだろう……あの熊が普通ならばとうに血を流しきり倒れているはずだ。

 なにせ熊のアンデッドが爪を一度振るう度に腐った血が舞う。三体がそれぞれ一撃ずつ……その間に黒い騎士は軽く6回は切りつけている。それも一般兵が見える範囲での話であり、実際には更に斬撃を見舞っている。



「まったく。こちら側にもこれだけ送り込めるとは羨ましい限りだ。野山ってのは死体に溢れているんだな」



 つまらなそうに呟いた言葉に呼応したのか。さらに追加で落ちてくる動物の死骸が、起き上がっては黒い騎士へと向かっていく。生死の境を突破した連中を食い止めるのが、兵たちに与えられた役目だが……そもそも連中は兵など見ていない。惹きつけられたように黒い騎士へと現れては飛びかかる。



「あれが……“一剣”」



 大国の中で選びぬかれた精鋭という言葉すら生ぬるい。六大騎士団が保有する“人間の中から生まれた怪物”の前には、亡者などただ鬱陶しいだけの的に過ぎない。



「黒の一剣……“告発者”ツコウ……」



 その怪物の中で頂点に立つ騎士は、アンデッド達がいくら眼前に湧いてこようが覇気の無い顔のまま。よく見れば、熊のアンデッド以外の狼や鹿の死体は一合と保たずに分解されていた。そのアンデッド達が増えるのを止めた時には、大熊のアンデッド達ですら即座に首が飛んで終わりだろう。

 いつか自分もああなるのだ……という希望は皆無。兵士達は敵への恐れを、最強の騎士に対する畏れで忘れてしまう。


 彼はケイラノスを裏切った者の前に現れては、その首を切断していく正義の死神。国威を示すために作られた誇張された存在に過ぎないと思われていた。それが突然現実に現れた。

 ただの兵にとっては、怪物よりも現実味がない。


/


 全くこれだから自分は裏仕事をしていたほうが良いのだ。それが分かっていない奴はやれ式典に出ろだの、要人の護衛をしろなどと言う。背中に感じる視線で苦い薬を飲んだような気分になりながら、次々と降ってくる動死体を分解していく。


 動死体の中でも野生動物が基になった存在は動きが単調だ。本来は狡猾さを発揮する狼ですら闇雲に飛びかかってきて、退くことを知らない。

 自分が弱いなどという認識は流石にないが、この程度の連中相手に数の差をひっくり返す程度なら他の“一剣”でもやってのける。それどころか肝が据わっていれば、六大騎士団の一般団員でも出来るやつはいるはずだ。


 確かにこの国の中で自分より強い騎士は見たことはない。

 だが、俺はそれだけの騎士だ。“一剣”に求められる最大の要素……華がない・・・・


 目にした者の戦意を高める。敵を恐れさせて、戦意を削ぐ。“一剣”を目指すことにより、全体を高める。そうした感情を誰かに抱かせることが俺には出来ない。

 黒悔こくかい騎士団団長のブラーギ曰く、敵を刻む肉屋にしか見えない。そう評された通りに、俺の腕を欲したのは黒悔こくかいのみである。どこぞの騎士になるには問題ないが、黒以外では“一剣”に選ばれることは無かっただろう。


 なにせ俺は他の“一剣”とは違う。豪腕で巨岩を投げることも出来ない。矢の雨を全て叩き落としたり、その中を悠然と歩いたりといった特徴が全く無い。

 身も蓋もない話だが……俺は単純に才能があるから強いという、それだけの騎士だからだ。嫌味な話だ。


 俺は速いのでなく無駄に動かない。力もそこそこ止まりで、更なる剛力など求めない。相手が見せた隙に向かって剣を滑らせれば、それで終わり。人気が出ないのも当然だろう。傍から見ているのならば、なぜか勝っているとしか映らない。

 同じ領域にある者でなければ理解が及ばない。そんな奴は広告塔でもある騎士団の代表になれない。



「まぁ、そんな役割は好きじゃないから良いんだが」



 独りごちる。再び落ちてきた動死体を見て、造り過ぎだろうと敵に呆れる。単純作業は嫌いではないが、いい加減に飽きてきた。握った黒白の双剣と手を接続して力を流し込む。



「さっさとかたをつけよう。演物を見逃す手も無いからな……起動せよ魔導具〈ペインタス〉」



 どういう仕組みなのかはさっぱりだが、アンデッド共の視界は生前と同じ見え方らしい。黒の剣を腐った目の前や、何も入っていない眼窩の前に滑らせる。これまで散々邪魔をしてくれた熊達の動きが乱れる。

 その瞬間に一体の関節部にこれでもかというぐらい剣を走らせた。四肢を失ってまだ動いているあたり、死霊術というものにうんざりするが流石にもう動けない。

 同じように解体して、バラして、敵をただの肉の塊へと次々と変える作業を延々と続ける。大熊達を処理した後は、散発的に降ってくる死体を立ち上がる前に刻むだけ。


 後背から城を襲うはずの部隊は、実質一人の騎士によって壊滅した。



「さて……表を見物にいかねばな。コリン以外は残って、異常があれば伝令をくれ……気配が無いからもう落ちてこないとは思うが。行くぞ、コリン。シャルの活躍を見逃す」

「はい! 結局、何もしませんでしたよ俺……あ、私は」

「楽できて良かっただろう? 苦しいのは鍛錬だけで良いからな」



 呆然としたままの兵を置いて、城壁に向かう。

 そこでは間違いなくシャルが“一剣”らしい役割を果たしているはずだ。“一剣”が複数人、同じ戦場にあることは稀だ……自分とは違う強者が咲かせる大輪の花は見ものだ。コリンにもいい勉強になる。


 それにしてもアルゴフは何を企んでいるのやら。そこを考えるのは自分には難しそうだった。

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