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第18話 追跡妨害

 アラゴン家とランヘル家へ向かう道筋を辿る三人。

 しかし、その道程は平坦というわけには行かなかった。俺とシャルとコリンが進む道は死体で舗装されていく。最初から死んでいるのが大半で、野盗の類はごくわずかだった。



「しつこい!」

「どうせ出るなら夜に出ろよ……もう慣れて全く怖くなくなってきた」

「いえ……ツコウ様は最初から全く怖くなさそうでしたけれど」



 肉がこそげているのにも関わらず、生前と同じ速度で駆けてくる狼。その首をすれ違いざまに、交差させた黒白の双剣で跳ね飛ばす。目を失った腐狼の爪は胴当てで受け止めてから、四肢を立て続けにもぎ取っていく。



「コリン君! できるだけ、そっちには回さない! だが、もし来たら足を狙え! 首を潰しても止まらない場合がある!」

「まぁ、私とツコウの間は抜けることは絶対にないけれどね!」



 もう慣れきったシャルは手早くアンデッドを処理していく。その手にある剣は特殊効果を発動させずとも硬度が高いのか、細い刀身で草を刈るように獣達の足を切り捨てていく。

 アルゴフの作るアンデッド達への対処はタルサス村の1件で体得している。この程度の数では、俺とシャルを相手に勝てる可能性は万が一にも無いだろう。戦闘が始まってから数分で、蘇った獣を倒し終える。



「アルゴフめ……腹が立つ戦い方をする」

「だな。まさか敵を増やしすぎないことで、我々を足止めしている。俺たちに気付いていることは間違いないが……」



 アルゴフは動物の死体を蘇らせながら移動しているようだ。

 それは最初から想定されていたことだが、使い方が鬱陶しい。


 蘇らせたアンデッド達を、小さな村や街道沿いに配置して待機させる。そして……俺たちが無視しようものなら連中は人々に襲いかかる。貴族は平民の上に立つことで暮らしている。村を潰されれば、領主も弱まる。それは最終的に国が弱まることにもつながる。

 さらに騎士が怪物を見過ごしたとなれば、六大騎士団の信用が危うくなる。必然的に俺たちはアンデッド共をわざわざ倒しに行かなければならない。

 顔に付いた返り血を布で拭き捨てる。これでもう何度目の襲撃だろうか。



「領主の兵が来るまでに時間がかかるのを利用しての時間稼ぎ。問題はそれで稼いだ時間を何のために使うかだが……はぁ、後手後手だな。六大騎士団を総動員するわけにもいかない」



 シャルが呆れたように放つ言葉に頷く。

 アルゴフの死霊術がどのようなものか、不明だったが少しは分かってきている。今のところ、数に限界は見えない。さらにアルゴフが近くにおらずともある程度の命令が効く。

 野山には動物のムクロなど幾らでも転がっているだろう。事件の規模を大きくせず、国全体を刺激しない程度の数で追跡者達に差し向けてくる。性格が悪い。



「事態が大きくなって知れ渡れば、他の国がちょっかいをかけてくるよな?」

「勿論さ。ケイラノスは大国だから、その分接している国も多い。弱っていると思われれば、ここぞとばかりに叩きに来る。流石に生前は王だっただけあってやることがいやらしい」



 そういう面倒な話は嫌いだ。斬るべき相手が良く分からなくなる。

 他の国にまで目を向ければ、国王直下の国軍と六大騎士団を丸ごとこの案件に注ぎ込むわけにはいかない。だからケイラノス王は俺たちに託したのだろう。



「“赤”と“緑”に接触しよう。特に森林を担当する“緑”は詰所の数も随一だ」

「兵の指揮権は与えられているけれど……獣の死体はかなり強いから、やっぱり騎士を出したいね。各領地には国軍兵はあまりいないからどのみち選択肢が無い」



 国軍は大体が辺境地や直轄領に詰めている。接触するまでに距離がある上に、国境の兵はおいそれと出せない。だからといって領主の兵は厳密には国王のものでは無いため、国王からの指揮権も絶対のものにはならない。面倒だ。

 厄介なことに動死体どもは元になった素材の強さが大きく影響する。タルサス村のときのように、一般人の死体は弱い。だが熊や狼などを元に作られたアンデッドはかなり強い方に入るだろう。“一剣”なら瞬殺できても、一般兵では一体倒すのに何人も必要になる。

 わずかばかりの兵を借りたところで当てにならない。


 戦闘の際に放り投げた荷物と馬を牽いて、コリンが戻ってくる。

 道の脇からそれを眺めていると、遠くに小さな村も一緒に目に入った。あそこの人々はここで闘いがあったことなど知らずに過ごしていくのだろうか。それが良いのだろうと思うと同時に、奇妙なわだかまりが胸に残った。


/


 騎士達が鬱陶しさに舌を巻くアルゴフだが、当人は逆に騎士達の執拗な行動に舌打ちをしたくなっていた。今の干からびた舌では上手くできなかったが、同時にアルゴフはケイラノス騎士達に好感を覚えてもいたのでこれで良いと思い直した。


 もう数週間近く追跡してくる戦士は、生身でありながらアンデッドの行軍に付いてきて離れない。こちらは睡眠を必要としていないにも関わらず、獣達が襲いにかかれる距離ぎりぎりを保ち続ける。それは忍耐と信念が無ければできない行為だ。


 街道から先回りしようとしてくる者達は、こちらの意図を懸命に読もうとしているのを感じる。カラスの目を借りたアルゴフが見るところ戦闘能力が異常に高い。それでいて驕る様子が見えない。



 ――どちらもかつての自国の者達よりも遥かに尊敬できる。



 そもそもアルゴフは滅んだ己の国が好きであったことがない。双王に置かれていたが、その実態はただの墓守だった。かしずく兵たちが影で自分を嘲笑していたことをアルゴフは知っていた。

 雪熊の国が滅んだのはわずか・・・300年前のことだ。その時代に魔法が使えるのは既にアルゴフの一族しかいなかった。勇士達を永遠に残すドラウグルの儀式のために高い椅子が用意されていたに過ぎない。雪熊の国は戦士と呼ばれる荒くれ者こそが評価される国で、アルゴフは冠を戴いた道化師にしか思われていなかったのだ。


 ゆえに復活した後はヒギャルとビャルキを置いて、表向き軍を整えると言って外へ出たのだ。


 確かに軍は作るが、それは己のためのもの……アルゴフは新しい国を作るために動いていた。それは魔法使いこそが真に崇められる国。

 かつて味わってきた屈辱を晴らす代償行為。



 ――既に有望な者との接触も開始している。恨みは無いが、ケイラノスの王には消えてもらうことになるだろう。



 追跡者達は優秀だが、優秀である分動きが読める。

 事態はアルゴフの手の内から出ていない。


 黒くなった肉体で笑みを浮かべながら、アルゴフは進む。

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