魔法の
だが、魔法使いを目にしたことがある者はほとんどいない。当たり前の話だがとうに寿命などで死んでいるからだ。現在は素質がある人間を集めて様々な試みがなされているが、彼らがどう成長しようとも古代の魔法使いとは別物だ。ましてやアルゴフのようにアンデッドとなってまで復活した存在の思考の参考にはならない。
「これは……あれだな。我々もとんだ偏見の持ち主だったというわけだ。魔法使いが何でも魔法で解決しようとするかどうか、どれだけの魔法を覚えられるのか……考えようともしなかったな」
「そうですね。死霊術師なら死霊術しか使えないとも限らない。さらに知恵や武力を併せ持つ可能性もあります」
それは今後、修正が効く部分だが……事態はもっと深刻だろう。アルゴフの行動を読み違えたまま行動していた。だが、さらに間違いがあるとシャルグレーテに告げられる。
「それだけではないよ。追っているのが六大騎士団員だから見誤った部分もある」
「どういうことだ、シャル」
「貴族……各領主達の存在だ。私達、六大騎士団員は破格の扱いを受けているので忘れがちになる。なにせ領地間の通行が自由に許可されているからな。彼らがケイラノスという国に絶対に付き従う保証はないし、理屈に合う行動を取ってくれるという保証はもっと無い」
「つまり、味方だと思いこんでいた貴族がアルゴフと手を組む可能性か。本当は俺たち
黒悔騎士団は各地の揉め事に首を突っ込むことが多い。
領内での条例が、国法と反している場合などもある。それを国王直下という肩書によって、暴いては是正させる。ゆえにこそ嫌われ者の“黒”なのだ。それが“白”に間違いを指摘されるなど、己の間抜けぶりに怒るしか無い。
「えっと……ですが、アルゴフは化け物でしょう? 領主様達がそんなやつと手を組みますか?」
飲み物を注ぎ足しながら、控えめにコリンが質問してくる。
いい傾向だと感じることで、頭が冷静になってくれた。受け取った熱い茶で唇を湿らせながら、考えをまとめるように口から吐き出す。
「良い質問だ。領主達からすればアルゴフが化け物だからこそ、手を組む可能性があるんだ」
「だからこそ?」
「ああ、やつはアンデッドのドラウグルだ。見た目がまるっきり怪物なのも、むしろ良い証拠になる。アルゴフは貴族たちが喉から手が出るほどに欲しい物を提供することができるんだからな」
「不老不死……ですか。実際には不死ではありませんし、見た目が変わることを考えれば不老と言っていいのかも分かりませんが……寿命を越えて生きていけることに変わりはない」
命が長くなることは誰もが願うことだ。俺だって何のリスクと犠牲もなく寿命が2倍になるなら、手を出すだろう。しかし、アンデッドとなってまでとなるとやる気はない。それを望むことが悪というわけではないが、ケイラノスの恩恵に預かっていながら裏で敵と組むというのなら我々が討つ。
我々の仕事は別に悪を倒すことではない。敵を倒すことだ。
「年老いた者なら、見かけが変わることをむしろ歓迎するかもな。シャル、地図を出して国の歴史について解説してくれないか」
「分かった。コリンは私が地図を持ってきていることは口外しないようにしなさい」
「は、はい……」
地図は極めて重要なもので、軍事機密だ。精密な物ほど見るためには相応の地位が必要となる。一介の従者であるコリンは本来見てはいけないものだが……ここでそんな文句をつける気も無い。
しかもシャルが持っている地図は2種。300年以前の代物と現在における最新のものだ。アルゴフを追うために必要となるので持ってきていたものだが、こうなるとむしろ現在の物が重要になる。
「アルゴフが狙うなら……できるだけ辺境。領主が老いているか病弱、欲深い者。そしてかつてのアルゴフが治めていた国に関わりがある者だろうね」
「最後者かつ辺境だな。現在の領主がどうとか判断できるだけの材料は無いはずだ」
人は見栄えを気にするものだ。アルゴフに付けば長命が約束されるにしても、“仕方なかったのだ”“アルゴフの側にこそ理がある”と
一番分かりやすいのがかつてアルゴフの国からケイラノスへ移った家系だ。戦乱期での寝返りは珍しくもない。戦いが終わってからでも、統治のためにそこの豪族をそのまま領主にする場合も多い。
「決めつけるのは危険です。目星をつけて、第2候補以下は他の騎士団か兵を使いましょう」
「もっともだが、全部を見張るのも難しい。陛下から指揮権を与えられたとは言え、俺たちが直接行かなければ兵を徴収するのも上手く行かない。そこは団長方に要請して手伝ってもらうとしよう……シャル、これまでの条件で合致する領主や貴族は分かるか?」
まさかこいつに頭脳労働を期待する日が来るとは思わなかった。しかし、国の歴史を諳んじることができる上に、王族として会ったこともある人数も多いだろう。
シャルは額を揉みながら、地図と睨み合っている。
「領主自身なら何とか覚えているよ。だけどそれ以下の細かい条件に合致する全員は流石に覚えていない。土地なし貴族だって多いんだ……まぁ老人で元々連中の家系と言えば……アラゴン家とランヘル家かな。ここと、ここ」
シャルが指し示して見せた地は確かに南方かつ、山裾にあるようで条件に合致するようだ。
「当然だけど、会った時は別に王国に翻意があるような人物じゃなかったよ。ランヘル家の当主であるブラス殿に金銭に貪欲って噂があった程度かな」
「近くまで行ったことがあります。辺境の典型と言うと失礼でしょうが、ひどく閉鎖的な田舎です。あまり長居したいとは思えない土地で、物成は良くも悪くも無い、目立たない所でした」
「互いにそこまで遠くもないな。俺とシャルは、アラゴン領とランヘル領を調べる。途中で団長に問題がありそうな貴族を調べて貰うように書状を送ろう。カルプスにはすまないが、引き続きアルゴフを追うために木の格好をしてもらうことになる」
その言葉を聞いたカルプスはおもむろに葉が付いた枝を頭に差して、真面目くさった顔で敬礼した。余りにおかしい絵面だったので、残る3人は揃って吹き出してしまった。
どうやらカルプス流の冗談らしい。軽くウィンクした後、来たときと同じように闇へと消えていくカルプス。もう行くのか、真面目なやつめ。
再び方針を語り合うシャルグレーテとツコウ。
二人の勇者は塔の上空を腐った鳥が飛んでいることに気付くことは無かった。