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第15話 追跡思考

 例え知恵多きフクロウであっても、その正体を見抜けなかっただろう。その姿は、誇り高き狼であっても見抜けないだろう。一本の木に張り付き、まるで違和感がない存在が人間であるなどと!

 この人間の男は山に住む世捨て人でも、杣人そまびとですら無かった。樹皮を纏って息を潜めつつ、己を木だと確信しながらも役割を捨てていない。男は騎士だった。名をカルプス。六大騎士団の一つたる黒悔こくかい騎士でありながら、完全なる追跡者である。


 同僚たるツコウの求めに応えてすぐさま行動を開始したカルプスだったが、予想以上に長い時間を費やすことになった。しかし、その努力は結実してとうとう捜索対象を今夜発見したところだった。



 ……あれは危険だ。確実に、この国に害をなす。失敗は許されない。



 とても騎士とは思えない格好と行動をするカルプスだが、精神的には誰よりも騎士道精神に富んでいた。騎士に相応しくない言動のツコウのことも認めて、敬意を払う男だ。


 カルプスが静かに見据える先に、一体の闇がある。野に溶け込んだカルプスからすれば、その異物感に吐き気さえ催しそうだった。感じ取れるのは粘つくような悪意、そして信じ難いことに正義心だ。



 ……あの闇は己の行為を正しいと信じて行動している。しかも、そのためならば幾らでも準備に費やせる熱意がある。しかも知識があり、狡猾だ。



 闇が引き連れる者たちはまだ軍勢と呼べるほどではない。しかし、蘇った存在を見ればいかに厄介な存在かは明瞭だ。骨だけでできたアンデッドは護衛だろう。そして何より厄介なのはまだ肉が付いている獣達だ。カルプスの直感に過ぎないが……あれらは斥候だ。



 ……恐らくやつらはまだ動物としての能力を残している。嗅覚、聴覚、視覚……人間とは比較にならない感覚で、敵を探知して襲う。そして、あの狡猾な闇はそのまま戦うか? 否、やつならその間に姿を消すだろう。



 ゆえにカルプスは今いる場所から近づけないでいた。これ以上近づけば獣共に見つかってしまう。

 さりとて目的地を掴むのも難しい。風向きが変われば、ますます近づけなくなる。カルプスはここで敵と立ち向かうのとは真逆の決断を余儀なくされる。

 相手の進行方向と現在地を掴んだことに満足して、退くということだ。ここまでの成果で満足しなければならない。


 カルプスは静かに影へと溶け込んでいった。


/


 その日、一行は少し斜めになり始めている古い塔で長めの休息を取ることにした。

 古い石はでこぼこしていて外観も立派ではなかったが、中は先程までもっとひどかった。壊れた樽や木箱などはご愛嬌だが、人から荷物を奪うことが職業になると考えている連中がたむろしていたのだ。


 彼らの目にはツコウの機能性に富んだ胸甲は自分の所有物に見えたし、麗人であるシャルグレーテを婚約者だと勘違いしたようだった。道の前を塞いだ彼らは長い議論を望んでいたようだが、一人が最初の言葉を喋った後にツコウは鉄で返事をした。最強の騎士は大げさな動きをせず、無遠慮に近づいてゆっくりと腹に剣をめり込ませる作業を繰り返した。


 結果として広い円形状の空間を利用できた。二階以上の部分は流石に使おうという気分にはなれなかった。



「こんな所に建っているあたり、ここも昔は重要だったのか?」

「それは知らないが……多分そうじゃないか?」



 〈地変剣ガイアブリンガー〉を使って、土をくり抜くシャルグレーテ。そこにコリンが死体を放り込むと、再び土が流し込まれた。最高位の遺物が強奪者達の埋葬に使われた試しは無いだろうが、シャルグレーテはそのあたりの権威に無頓着だ。



「床まで石で火が使えるのは良かった。湯も湧いた、二人とも休め。今日は茶葉を使おう」

「珍しいな。旅では貴重品と言っていただろう」

「騎士の特権だな。だが、客が来る日ぐらい良いと思うんだ」



 夜に入った時、ツコウは料理人のように準備を整えていた。温められた湯で携帯食料を柔らかくして、嗜好品の干し果物まで用意していた。次の休憩地点である小さな町で調達できるにしろ、大盤振る舞いというものだ。



「山ごもりで温かいものに飢えてるだろう? カルプス・・・・

「なっ!?」

「えっ?」



 暗くなり始めた外との間、アーチ状の入り口にいつの間にか木が立っていた。突然木が現れるはずもない。よく見れば目玉が二つ付いている。葉は頭に枝を括り付けているだけだ。



「相変わらず凄いな。そのアーチをくぐるまで気付かなかったぞ」

「殺気があれば、お二人なら気付きましたよ。むしろ、門をくぐった際に気付かれた私の自信が無くなりそうです」



 カルプスは頭の枝を取り外しながらゆっくりと近づいてきて、側まで来ると立ち止まった。ツコウに目線を送り、礼儀正しく待っている。見た目のわりに律儀なやつめと思いながらもツコウは順に仲間を紹介することにした。



「コリン君。俺の従者に任命した黒悔うちの新入りだ。機会があれば色々と教えてやってくれ」

「コリン。新たな家族を歓迎しますよ……六大騎士団の名に恥じないように切磋琢磨していきましょう」

「は、はい……よろしくお願いします……」

「その前に木の皮とか取れよ」



 木の格好をした男が物腰丁寧だと大変に絵面が愉快だとツコウは知った。ただ、知ったところでそんな知識を披露することは無いだろうことは確かだ。



「こっちは白盾はくじゅんからの助っ人で、“一剣”のシャルグレーテ」

「王女殿下。お目にかかれて光栄です」

「こちらこそ、よろしくお願い致します。ツコウからとても優秀な方だと聞いていますわ」

「その口調は止めろよシャル……気色が悪い。陛下も言っていたが、騎士としての派遣だからコイツの扱いは適当でいいぞカルプス。良いから座って茶を飲め」



 焚き火の側に腰掛けたカルプスはようやく木の皮や葉を取り始めた。それでも顔に塗られた灰と泥を使った化粧はそのままであり、どのような顔をしているのか分からないままだった。

 最後の葉を取った頃にツコウはカップを差し出した。カルプスは湯気を楽しむように、じっと握っている。



「はぁ……こうしていると人間に戻った気がしますね。ずっと木になりきっていると指を動かすのを忘れそうになるんですよ」

「俺には無理だな。それで、呼んだってことは進展があったんだろう?」



 ゆっくりと温かい茶で口を湿らせると、カルプスは語りだした。追っている対象についてを、こと細かに表現していく。その言葉に、シャルグレーテもコリンも息を呑んだまま聞き入った。

 追跡を諦めた段になると、皆で一斉に息を吐いた。探索の緊張は戦場のそれとは全く違っている。そのことが違う世界を覗いたような感覚を皆に与えていた。



「正直に言えば、貴方が手紙に記していた印象よりも随分と厄介な相手のようでした。ドラウグル以外の死体も使役できることは勿論ですが、無闇に仲間を増やそうとしていない」

「片割れは随分と与し易い相手だったんだが……甘く見ていたな。それに進行方向が南寄りというのも分からんな。アンデッドの戦法として爆発的に仲間を増やして、一気にケイラノス王都を落とす気でいるのかと踏んでいたんだが……魔法使いの相手は俺でもほぼ経験無いから読めないな」

「……少しだが、分かる気もするな。穿ち過ぎな考えだとは思うが……」



 全員がシャルグレーテの方を向いた。剣士としての印象が強いために忘れられがちだが、シャルグレーテは王族なのだ。王をはじめとした権力者の思考を探るにあたって、彼女が一番頼れることをツコウも失念していた。



「そもそも……アルゴフがドラウグルだからといって、アンデッドだけの軍勢を作ろうとするという発想が間違っているんじゃないかな」



 シャルグレーテのその一言は、他の三人に衝撃を与えた。

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