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第13話 ケイラノス王

 朝を感じて目覚める。

 大分ゆるいとはいっても、戦うための組織である黒悔こくかい騎士団も時間だけは厳粛だ。実働部隊である騎士たちは野宿も多いので、早い目覚めも大して苦にならない。地面の方が寝れるという同僚もいるが、俺はそうではない。ベッドでの眠りを堪能したため、肉体の疲労は大分取れている。精神的な疲れは、毎日切り替えられるように訓練もされていた。


 井戸に行き、下働き達に手を上げて挨拶した後で水を使う。顔と口内を洗うと、装備に着替えるべく自室に戻らなくてはならない。その最中に、奇妙に内股で歩くコリンを発見した。グラ爺さんに付き添われているため、中庭の全員から苦笑されている。



「お、おはようございます。ツコウ様」

「へぇ、旦那、おはようございます。サグラリオンも帰ってきておりますよ」

「おはよう、二人共。今日にも出立の予定だ。サグラリオンは疲れていないか? それとコリン君、物資管理のところに行ってうちの装備を受領するのを忘れるなよ。あと、特例だが馬の使用が許可されているので、内股に綿でも詰めておけ」



 悲痛なコリンの呻きに、グラ爺さんは尻を物理的に叩いていた。従者が騎乗するのは極めて稀だ。乗るのがコリンとなれば速度を期待するのも酷だが……長旅になるので荷駄ぐらいにはなってくれないと困る。



「サグラリオンは頑丈な子ですが……流石に早足は無理でごぜぇますよ。昨日の今日で、少なくとも半日は休ませたかったってぇのに」

「そうか……まぁたまの休暇も良いだろう。代わりの馬を用意してくれ」



 こういうところだけは大騎士団である。替えの馬がいるというのは中々に贅沢だ。

 それに俺としても愛馬を連れて行くのは任務上、気が引けた。別にトーナメントをするわけでもない。地面を這う探索が続くだろうから置いていかれる機会が多くなるだろう。それならば愛してくれる馬丁の爺に預けた方が良い。



「コリン君の馬は?」

「へぇ……騎士用の馬は使えませんので……駄馬になりやすね」

「となると……あの爺さんか。まぁ速く動かすことを期待しないなら、丁度いいかもな。穏やかだし……コリン君、そっちの馬に挨拶しておけ。自分の着替えの匂いとか嗅がせると懐きやすいぞ」



 グラ爺さんから貰った鞍で、駄馬から呆れられながら四苦八苦するコリンの乗馬を見守る。気付けば兵や下働きの者達まで集まって、はやしている。本人は恥で顔を真赤にしていたが、中々どうして……筋は悪くない。騎士では無いので、馬上戦闘を期待されているわけでもなし、及第点だろう。そもそも黒悔うちが騎乗して戦う段階なら、もうケイラノスから逃げたほうが良い。


 もとよりそれほど長く続く予定も無かったが……そんな長閑な朝の景色を打ち壊す者が現れた。


 目の下にくまを作った騎士団長、ブラーギが顔を出した。元々黒髪の幽鬼に似た人物で朝が似合わないことこの上ない。コリンに素性を耳打ちしてから、見守る。



「ツコウ、早く着替えて来なさい。陛下が私と貴方をお呼びです」



 騒ぎを尻目に伝令が来ていたようだ。見逃すとは俺も未熟だ。

 シャルグレーテを連れ回したので、不敬罪とかだろうか。


/


 ケイラノス王城――練武の間。

 国王が待つにしては、奇妙な場に感じるが……案外に良いのかも知れない。王城内にある武術の訓練場なぞ使う人間は限られる。早い話、王族とそれに連なる者達だ。噂話が好きなサロン貴族達がわざわざ恥をかくために近づくこともない。


 場にいるのは俺を含めて5人だった。

 ブラーギと俺。サイコロ頭白盾騎士団長とシャル。そして、練武場で半裸になって剣を振るう立派な体格の男だった。少し視線を横に流せばシャルと目が合ってウィンクされた。別に処罰のため呼び出されたのでは無かったようだ。


 この面子が相手から距離を開けているということは……剣を振っている男性が国王陛下なのだろう。正直、顔とか全く覚えていなかった。だとすれば大したものだ。剣の動きはこの国の正調剣術だが、型としては完璧な上に流麗ですらある。握っている剣は刃引きした模擬剣で重さは本物と変わらない。日頃から鍛えていなければ、ああは動けない。


 大国ケイラノスの主……ブレーズ王は尚武という看板に恥じない男であった。



「ソールソン、ブラーギ。君たちもどうだ」

「いえ、陛下。このところ机の相手に忙しくて剣は持てませんの」

「私は日頃からお相手をしているではありませんか」



 白盾はくじゅん騎士団の長はソールソンというのか。すぐ忘れそうだが、父親の名前はソールだったのだろうか? ……そんなことを考えていたせいか、国王の顔がこちらを向く。



「ツコウ、シャルグレーテ。君たちは?」

「お父様にまた何日もへそを曲げられるのは、もうゴメンですわ。負けず嫌いなんですもの」

「シャルグレーテ、ここでは陛下だ。あるいは王」



 王に名前を覚えられている。その事実は手放しで喜べない。厄介ごとを投げつけられる可能性が高まるからだ。

 それにしても、シャルグレーテとブレーズ王は親子仲が見せかけでなく良好なようで結構なことだ。しかし……この流れは俺にも回ってくるな。そう思った矢先に剣の柄が差し出された。

 国王が目で促してくる。仕方なく俺はそれを受け取った。



「長剣は久しぶりです。陛下」

「覚えている。君は騎士にしては珍しい双剣使いだったな。グランベ卿の教えかね?」

「ある意味では。形にとらわれない……倒せるならそれが正解というのが師の教えでした」



 剣を手に、丸くくぎられた床に足を運ぶ。王は剣を油断なく、こちらへ向けたままだ。訓練にしては熱が入っている。

 対して俺は自然体のまま、中央へと寄っていく。



「師? 養子に入って家を継いだのだ。父では無いのかね?」

「いえ……私の父というには上等過ぎた方でして……ね!」



 剣を縦に振る。

 王はそれを危なげなく受け止める。並の騎士なら反応もできないだろう速さの奇襲に難なく対応した。六大騎士団でも通用する腕前だった。


 その受け止めた剣に向かって……先程の4倍・・の速度で剣を斜めに振り抜いた。刃の鋭さを抜き取られた剣が、国王の剣を断ち切る。どう見ても勝敗が見えるように、折れた剣という証拠を残す。その甲斐あって、ブレーズ王は再挑戦はしてこなかった。


 王は割られた剣をじっくりと眺めている。その顔には驚嘆の表情がある。後ろを向けばブラーギが呆れたような顔をして、ソールソンは顎が閉まらない様子だ。俺の技に感心したわけでなく、接待なしに勝利した俺に対する感想が顔に表れている。



「驚くべき技だが……君は仕損じたら、という場合は考えないのかね?」

「はぁ……言われてみれば、あまり考えたことは無いですね。その時は私が死んでいるでしょうから、考えても同じです」



 その時、俺は王の顔を初めて見た。叙任式ではこちらが下を向いていたし、実のところあまり興味が無かった。

 強面だがシャルグレーテとの繋がりを感じる顔だ。鈍い金色の髪は少し白になりつつあったがカールしていて、筋肉の鎧をまとっていながらどこか人の好さを感じさせる。



「ふむ……王に対する遠慮とかはどうだね?」

「私の経験上、そういう方は手加減すると逆に怒ります。陛下はかなりの腕前ですので、逆に全力の方が怪我をさせる心配は減ります」



 具体的には王の剣を首に見立てて振った。もう随分と使っていない長剣で、演舞を続ける方が双方にとって危険だった。……そもそも勝負を受けなければ良かったのだろうが、純粋に王に対して興味が湧いたのだ。

 ケイラノスが標榜する武人肌……それを体現しようと努力を続けるのがブレーズ王だ。国を自分に合わせようとするのではなく、自分を国に合わせている。自分とは正反対だが、それだけに敬意が湧く。



「なるほど……ここまでおもねらないと却って気分が良いな。お前が気に入った理由がよく分かったぞ、シャル」

「お父様!」



 ……良く分からない会話だ。シャルグレーテが顔を真赤にして怒っているが、家族団らんは後にして話を進めて欲しい。

 元の位置に戻ると、ブラーギが“駄目だこいつ”と言いたげに首を振っていた。ソールソンの方は“正気か、こいつ”という感じか。



「いささか、問題がある騎士だ。だが、討つべき相手も王なのだ。うってつけと言うべきだろうな……黒悔こくかい騎士ツコウ。そして白盾はくじゅん騎士シャルグレーテ。そなたらに改めて、“墓を建てる者アルゴフ”の討伐を命じる。これは王命であり、その行動に最大の便宜が図られるよう通達する」

「陛下……恐れながら、姫殿下を……」

「黙れ、ソールソン。……アルゴフはかつて我らケイラノス王族が根絶やしにした国の王。本来は私が追わねばならぬが、そうもいかぬ。責任がどうあっても、奴は過去の遺物であり大事にするべきではないからだ。シャルグレーテ。お前が選んだ道と、我らが背負う歴史が重なってしまったのだ」



 王の目には娘を思う親と、配下に命じる非情さが混在した。このような目を見たことは無かったが、不思議と分かる気がした。理屈ではシャルグレーテは王族といっても替えの利く序列だ。だが、親としては可愛くてならず……王としては誇りを背負わせるのにうってつけの存在だ。



「……娘を託す相手を見ておきたかった。ツコウ、この暴れ馬をよろしく頼む」

「善処します。では今日にも出立しましょう」

「……武運を祈る」



 背中を小さくしてしまった王と、それをいたわるようなシャルグレーテを残して、静かに場を後にする。

 扉が閉じきった後でブラーギが俺を咎めるように呟いた。



「託す……貴方はちゃんと意味を分かっていて返事をしたのですか?」

「ええ。命は守ります。同行に異議も唱えません」

「そうではなく……まぁ、良いでしょう。陛下も貴方を気に入ったようですし」



 またもや首を振りつつもブラーギは怒ったように、足早になって先に帰ってしまった。

 残された俺はとりあえず、横の白い騎士団長に話しかけた。



「どういうことです?」

「……正気か、お前」



 表情通りの言葉を告げられた。ソールソンは呆れたように帰ってしまい、俺も後に続いた。

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