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第12話 短い眠り

 かつての住人たちは皆死に絶え、蘇った者全てが闇へと叩き戻された。

 だが、この村の異変は終わってはいない。


 アルゴフ。


 その名は呪いとなって、今も続いている。ならば、我らがやるべきことは一つ。六大騎士団はその他の騎士団とは違う。国と民を守るという絵空事を体現しなければならない。


/


 村から飛び出た二人は、ちょうど命令に従って砦へ戻るところだったコリンと出くわした。時間を食いすぎたようだった。

 コリンは喜びと安堵の顔で二人を出迎えたが、こちらとしてはそれどころではない。実際に動くのは誰にせよ、報告は早めにしなければならないのだ。

 正直なところ、俺一人で探索を続行したいのだが……村の異変はとりあえずとは言え解決してしまっていた。緑の瘴気も消えてしまっていた。こうなると俺は勝手に動けない。シャルの肩書もあるが、二人共“一剣”なのだ。まだ圧倒的な武力という存在が戦場に必要な時代では、承認が必要となる。俺の双剣のような魔導具が全兵に行き渡れば、必要なくなるだろうが……愛馬に飛び乗りがてら、ソバカス顔の青年を後ろに引きずりあげる。



「あの、何か……」

「急ぐから、黙って聞け。これより王都へ帰還する。コリン君には悪いが、君のタルサス砦守備の任を解く。改めて俺の従者ガーダーに任命する。嫌なら全力で馬から落ちて負傷しろ」

「こ、光栄であります!」

「おい、ツコウ。それは普通の兵にとっては栄転という」



 そうなのか? 俺なら楽な任務の方が良いんだが……従者はこの国では見習いである従騎士と分けられている。一応、騎士団内に含まれはするが……騎士内では最下級だ。なって嬉しいか? しかも俺の部下だぞ。俺の部下とか俺ならゴメンだ。

 ちなみに一般の騎士に従者任命権は無い。半分私兵としての要素が加わるので当然だが、騎士団長級にしか権限が無い。つまりは“一剣”としての職権乱用である。



「タルサス村における異変は終息したが、事態が範囲を広げた。ゆえに従者コリンは今回の事件に関することの一切を口外禁止。これは俺が許可するか、俺が死んだ場合に限って騎士団長によって質疑される時まで続く。復唱の必要は無い。これが第一の命令だ」

「死んでも喋りませぇん!」

「そうか。では第二の命令だ……手紙書くから手綱握っててくれないか?」



 自分は馬に乗った経験が無いというコリンを無視して、俺は馬上で文字を書き始めた。

 シャルが苦笑いしながら馬を寄せてきて、あれこれ教えている。まぁ……最低限読めるぐらいの字にはなるだろう……


/


 途中で馬を二度ほど乗り換えて、王都に最速で到着。愛馬はこちらに戻すよう依頼して来たが、ちょっと心配だ。

 夜に差し掛かろうとしていたが、騎士二人の要請で跳ね橋は降ろされて黒悔こくかい騎士団の寮舎へと入ることができた。



「私も王宮へ戻る。アルゴフという名を調べておくから、明日にまた連絡する」

「頼んだ……おい、コリン君?」



 シャルが白馬で去っていくが、コリンは馬の上に固定されたように動かない。あー、これは覚えがある。なので無理やり引っ張って下ろした。

 初の乗馬が勢い良すぎた影響で足が強張った上に、太もものズレ・・が痛くて動けないのだろう。


 そこへ、丁度いい時に馬丁の老人が顔を出してくれた。



「へぇ、ツコウ様。馬がサグラリオンじゃないようですが……」

「ああ、グラ爺さん。良いところに来た。急ぎだったので、駅舎の替え馬を使った。帰ってきたら交換でこの子は返してやってくれ。それと……この新入りを風呂に叩き込んでやっておいてくれ。ブラーギは起きているか?」

「部屋の灯りは点いておりましたよ。おい、わけぇの……ちょいと引きずるぞぉ」



 コリンの痛みへの抗議の悲鳴を後ろに、俺は寮舎の内部へと向かった。

 爺さんは馬に関しては並ぶものも稀な人なので、医者より見せるのに適している。しかし、酷い悲鳴だ……


 廊下をズカズカと進んで、執務室をノックすれば声が返ってきたので遠慮なく入る。

 黒悔騎士団長ブラーギは縫い物をしているところだった。団長は縫い物を続行したまま、目だけを向けてくる。入ってくるのが俺なので、威厳を示す気にもならなかったらしい。



「おや、早かったですね」

「ああ。諸々すっ飛ばして来た。とりあえずだがタルサス村に起こっていた異変は解決したが、そこから飛び火したようだ」



 姿勢だけ正して、口調はそのままに報告する。ブラーギは口調について文句を言わないので、大変ありがたい。彼女自身はそう考えていないようだが、こちらも意見を述べやすい。報告もだ。使えないと判断したら罵詈雑言抜きで免職する上司は、任務だけで付き合う分には仕えやすい。

 ブラーギの針の動きが加速する。編み物をしながら考え事をするご婦人よろしく、無意識に縫っている。



「魔物絡み……というよりは魔法絡みですね。死霊術とはまた一番性質たちが悪い案件になりましたね……追跡は?」

「帰路途中の詰所でカルプスに追ってもらえるよう、手紙を託した。元々はアイツが南の担当をしていたし、俺が追うよりは追跡しやすいだろう。ただ、腕前の方で不安が残る」

「重宝していますが、徹底して斥候向きの技能ばかり身に付けていますからね。騎士として見れば貴方以上にキワモノです。1対1ならばともかく、複数を相手にすると力不足なのは本人が一番弁えているでしょうが……ふむ。ツコウ、休みは今夜だけになりますよ?」



 死霊術自体が実在していると、民の多くは知らない。古代の埋葬法としてそれなりに一般的なドラウグルの秘術を除けば、黒悔騎士団うちですら、これまでに扱った事件は2例しかないので知っていると言えるかどうかだ。しかも、内1件は100年前の記録ときてる。

 今は魔法自体の存在を徐々に噂という形で流して、いずれ行われる周知の下地を築いている段階だ。そんな状態で死人を起こして回る存在が闊歩しているとなれば、影響は計り知れない。信じる者は恐怖で混乱し、信じない者は騎士団の態度と権威を疑うだろう。



「覚悟している。ドラウグル系統の死霊術だけなら良いが……敵に期待するのも限度がある。事態が広く知られないように、六大騎士団内で処理すべき案件だ。……それで思い出したが、タルサス砦から借りた案内人を従者として引っ張ってきてる」

「事態が事態ですから、仕方が無いことです。事務的なことはこちらでしておきます。貴方は明日、シャルグレーテ様から情報を受け取り次第、追跡に加わりなさい」



 胸甲に拳を当てて、拝命の意を示す。さっさと執務室から出ながら、上司へと声をかける。



「承知した。では浴場を使った後、寝る。おやすみ」

「ええ、おやすみなさい……礼儀を守っているのか、いないんだか……」



 文句を言いながらブラーギの縫い物の速度が加速していく。

 どうやら針仕事を終えてから、更に徹夜で処理する気らしい。ご苦労なことだとは思うが、あいにくこちらも体力にそう余裕があるわけではない。旅と戦闘で体力を消耗した上に、魔導具を使用してしまっている。理屈は不明だが魔導具による消費は気疲れに似た感覚を、時間を空けてからもたらしてくる。


 夜番に装備の点検と軽い修復を頼んでから、浴場で湯を浴びた。自室に戻ると、そのままベッドへと俺は倒れ込んだ。

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