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第11話 哀れな古代王

 ツコウが戦いを始めてから、やや遅れてシャルグレーテもビャルキ王と剣を噛み合せた。

 ビャルキ王の剣はヒギャル程規格外ではないが、十分に豪剣に分類される。シャルグレーテも人間種の常識から逸脱してはいるが、どうやらビャルキ王もそうであるらしい。


 こうなれば普通の膂力馬鹿との戦いと変わらない。一瞬で判断して、シャルグレーテは僅かに退いて剣を構えなおした。彼女と彼女の細剣も・・・・・・全く折れていない。爽やかで挑発的な笑みを浮かべたまま、剣を突きつける。



『……貴様、その剣は何だ一体』

「教えてあげない。というよりか……持ってないんだ? 私達の内、何人かは持ってるのに……存在すら想像できないなんて、君のような王を抱えた国は苦労しただろうね」

『安い挑発には乗らん』

「どっちでもいいよ。君と巨人は“一剣”を怒らせた。二人同時にというのは快挙だ。その末路は覆らない……もう終わりだ……ああ!すまない。とっくに終わっていたんだったね」



 剣が振られる。横へ滑るようにして躱すシャルグレーテ。

 躱した先を予測して、振った剣を引き戻しての突きが更に来る。それさえ難なく避けながら、シャルグレーテは少しばかり感心した。

 ビャルキは怒りを制御できる性質で、剣術もしっかり学んでいたらしい。古代ではさぞ活躍しただろう。



「……本当にどっちでもいいね」



 優れた剣士程度なら“一剣彼ら”は幾らでも見て、倒して来ている。そして常人を越えた者達すらもだ。死ぬほど鍛錬や実戦を重ねた者の何と多いことか。

 その中で上を行くからこそ、騎士団最強を名乗っている。


 シャルグレーテの細剣が突きこまれ、それをビャルキは防ぎつつも剣を折ってやろうと考えた。しかし、突き込みは引き込まれ、曲線を描いて斬撃に切り替わった。とんでもない速度で振るわれた斬撃は、干からびたヒギャルの目も完全には目視できなかった。

 防ごうと動いていた剣を握っていた、ビャルキの中指と薬指が落ちた。食べたいと思うものはいないだろうが、乾いたそれは干したナツメヤシのようだった。


 シャルグレーテは首を叩く仕草をして、ビャルキは己の乾いた感覚から同じように首を触った。そこにあったのは穴だ。真っ当な人間なら血管が通っている場所だった。ビャルキがドラウグルで無ければ死んでいた。

 シャルグレーテは突きの軌道を変更したのではない。突きを終えてから、斬っていた。



「これでも、速さはツコウより上なんだ。でも、なぜか勝てないんだよね。どっちにしろ王様の速さはツコウにも劣るから……分かるでしょ?」

『だからどうした。この身が血を流すことはない……その貴様らの国のように細い剣では首を落とすこともできん。最後に勝利するのは我々だ』

「我々? おめでたいね。巨人程度じゃツコウは倒せない」



 シャルグレーテは細剣を優しく上げて、自分の手のひらに軽く打ち付けた。教師ができの悪い生徒への威嚇のためにするような動作だった。



「じゃあ剣を太くしようか」



 銀の細剣が鳴動する。

 瞬間、地下墓地広間のホコリ、土、砂が巻き上がってシャルグレーテの周囲を覆い始めた。いまや失われて、人類が再興に血道を上げている魔の力。


 それはまだ、ここにある。


 特に砂に対する干渉は凄まじく、文字通りの砂色が巻き上がるようにして細剣を覆った。銀を軸に砂が細剣を幅広の剣へと改造していく。鋭さを残したまま、変化していく姿。幅は既に一般的な大剣を越えて、あえて例えるならパルチザンを無理矢理に剣型にしたようだった。



「最上位遺物〈地変剣ガイアブリンガー〉。さようなら、敗残者の残り滓。我が民を傷つけた報いを受け、大地へと還るが良い」

『おのれ、呪い師のやからが――っ!』



 巻き起こった砂塵の嵐の中で、古代の王は絶叫した。


/


 舞い上がった砂埃を横目にツコウは周囲を探索していた。朽ちかけの本や武具の中で優先度が高そうなものを勘で選んでいく。高価そうな古代の装飾品などには見向きもしない。

 最近書かれたものが無いことに落胆していると、砂嵐が収まった。



「……殺してはいないだろうな」

「まぁね。普通の人間なら死んでるけど……流石は王族のドラウグル。まだ動いて、罵っているよ」



 ああ……血が上って巨人を相手にしてしまったが、あちらを相手取った方が良かったか。ヒギャルの大剣を引きずって近づいて行く。

 シャルが剣を突きつけて広間の中央に立つ姿は、そのまま国の上下を示している姿だ。そこに大剣を放り投げると、ビャルキ王の罵倒は止まった。



「さぁ、ビャルキ王。実にご機嫌がよろしいようなので、答えていただきたい……もうひとり・・・・・の王はどこにいる?」



 シャルはやはり……やり過ぎている。

 ビャルキ王からは下半身が根こそぎ無くなっていた。ドラウグルでなかったら情報が聞き出せない事態になるところである。まぁ結果としては構わない。



「どういうこと?」

「シャル。この王は魔法を使ったか?」

「いいえ、遺物すら知らなかったよ。それが?」

「最初に言っていただろう……ビャルキ王は双王の一人だと。そして、ビャルキ王は魔術を知らずに剣を手に埋葬されていた。しかし昔の国であり、実際にドラウグルの秘術がここで使われていた。つまり、もうひとりの王が術者である可能性は高い」



 不安定な地域にあった国……さてその内のどれだろうか。国名ぐらい洩らしてくれればありがたい。今後の面倒を省いてしまえる。

 王のドラウグルは乾いた目玉を慌ただしく動かしていたが、覚悟を決めたように正面からツコウを見据えた。



『まさか貴様のような青白いガキがヒギャルを下すとはな……しかし、貴様らは敗北する。我らを戦士として倒したことは褒めてやろう……だが我が国は別のことよ』

「自信がお有りのようで」

『アルゴフは我らの軍を整えにいったのよ……不死の軍勢だ……最後に勝つのは我々だ。おまえたちの死骸もドラウグルにして、余に永遠に這いつくばるようにしてやろう』

「まさか……知らないのか? 本当に?」

『何がだ……』

「不死であろうと、魔導具や遺物で倒されれば復活することはもうない。北からの情報や研究で、この時代の者さえ知っていることだ。戦がどうなろうと、あんたはここで終わりなんだ、ビャルキ王」



 そんなことも知らなかったのか。そう告げられる王の顔を見て、ツコウはほんの少しだけ哀れに思った。ドラウグル特有の干からびた黒い肌が次々に歪む。どんな表情をしていいのか、分かっていないようだ。



『そんな……そんなことが……一言も……我らの絆……雪熊の一族が兄弟に嘘を付くはずがない……そうだ、お前たちが作り出した嘘なのだ……』



 延々と続く言葉はもうただの独り言だった。

 聞くべきことは聞いた。ならばもういい。都合の良いことを信じて死ぬことこそが最良だ。


 ツコウは白の剣で、静かに古代王の首を落とした。

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