ツコウとヒギャルの戦いは絶技の応酬だった。黒と白の双剣は凄まじい回転速度で敵へと襲いかかる。一つ一つは軽くとも連撃となった流れは嵐のごとく、ヒギャルの守りを突破しつつある。
しかし、ヒギャルもまた古に謳われた英雄だ。巨大な体躯と武器を用いて振るう強撃は、ただ振るだけでも必殺技と化している。恵まれなかった者たちが目指した境地を、ただ在るだけで到達する。肉体に胆力。天に与えられしそれを十全に発揮していた。加えてドラウグルと化した彼に疲労は無い。それどころか筋力は使い慣れる度に上昇していくようだ。
かつての英雄は魔物となって尚頂きを目指し続ける。優れた者のみが歩める道を、違わず歩き続ける。古の戦士の完成形こそがヒギャルという男だ。
傍から見ていれば現代の英雄と古代の英雄が繰り広げる戦いは互角のように見えるが、実際にはツコウの方が不利にある。
ツコウが10回双剣を回転させる間に、ヒギャルが振るえるのはわずか一度だというのに、それでも不利なのはツコウの側だ。
振るわれる双剣の速度がついにヒギャルの守りを突破した。その結果は……相手の腕に小さな傷一筋。大きさが違う……それによって生じる差は理不尽となって戦士を悩ませる。
大きければ、大きいほど強い。この時代にあってはその単純明快な理屈はまだ生きている。相手の腕が長ければ、相手はそれだけ余裕が生まれ手数も増える。背が高ければ、膂力が増すだけでなく視界も広がる。足が長ければ、それだけ速く動ける。
鍛えるだけ強くなるのが人間種だが、小柄な者がそこにたどり着けるまでに絶望せずに済むのはどれほどの割合だろうか……
その常人の域を軽く突破しているツコウですら、防御の上からであってもヒギャルの力任せの一撃だけで絶命するだろう。そしてヒギャルは力だけでなく技も優れている。
『ふん……そのすばしっこさだけは認めてやる。だが貴様はやはり戦士ではなく、ただのネズミよ』
「は、ご立派な上から目線だ。良い生まれってのは良いねぇ。勝手に周囲が強くしてくれるんだから」
『そうよ。貴様ら蛮人とは生まれが違う!』
皮肉をそのまま賛辞と受け取ったヒギャルにツコウは苦笑した。生まれた時代が違うため、価値観が違う。裏に込めた悪意など、彼らは気付くことすらしない。
振られる大剣と、それが地面を打ち付けて生まれるツブテから逃れるためにツコウは後退を余儀なくされる。
『王を守るために生まれ! そのために生き抜き! 危険に身を晒し! 数多の戦士を打ち破り、役目を全うした! 貴様のごとき小心の無礼者は、我が影すら踏めぬわぁ!』
血筋、体格、経験。全てにおいてヒギャルはツコウを上回っている。なにせ、本当に一度人生を最期まで歩いているのだ。単純に経験値として、若輩者とは比較にならない。
……その状況にあって、ツコウはつまらなそうに鼻を鳴らした。負ける気など無いというように。
「じゃあ、俺も教えてやる。俺は中流に生まれ、剣技を学び、
『貴様ぁぁぁ―――っ!』
今度は相手の誇りに傷を付けることに成功した。
相手が自分と同じ……その言葉は戦士の誇りを土足で踏みにじる効果があった。それぐらいヒギャルの時代においては、戦士階級が尊敬されていたからこそだろう。
相手を乱れさせた。その達成感をツコウは感じていない。単に事実を述べたに過ぎないからだ。ツコウの生まれをヒギャルの時代に置き換えてみれば、“戦士階級に生まれ、実際にやっていける能力があったから、相応しい職に就いた”となる。そら、一体ご立派なお前と何が違うのか? 当たれば即死の連撃を全身全霊で瀬戸際の回避を続けながら、それでも変わらずツコウは冷めていた。
「大体、俺たちは単に殺すのが上手いだけだろう。立派だとは思うが、それだけだ。他者を見下す理由には足らないと思うが?」
『何を言う! 我らは命をかけている! それを凡俗と一緒にするとは、やはり貴様は蛮族の小ネズミよ!』
新旧の英雄はどこまでも噛み合わない。彼らは互いに嫌悪する間柄となり、敵ですら無くなった。もっともツコウの思想は現在にあっても余り一般的とは言えない。確かに生まれだけが人の判断基準では無くなりつつあるが、未だ過渡期。探せばヒギャルと似たような思想の者もまだまだ多いだろう。
「まぁ話していても仕方ないな。まだ敵はいるのだし、さっさと終わらせよう。双剣〈ペインタス〉へ接続を完了――起動せよ
声に応えて黒白の双剣がわずかに震えた。
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〈遺物〉……そう称される武具や道具が世界には存在する。
それらはかつて人が神と親しく、また魔法も当たり前に存在した時代に作られて現代まで残ったモノを指す。
遺跡で手に入れる機会が多い高位冒険者や、家系が存続しているような名家が所有している場合がほとんどだ。
有名どころで言えば、最高位冒険者である〈銀狼〉が所有している、対象が何であろうと切断できる妖刀〈
そして現在……人々はかつての〈遺物〉を再現しようと、努力を重ねて一定の成果を得始めていた。
この分野において最も秀でているのは奇しくもケイラノスである。信教の自由を取り入れているため、多様な神殿の秘技を参考にすることができたのだ。
つまりは〈人造遺物〉あるいは〈模造遺物〉の作製・量産……遥か北方の魔都を攻略するため、冒険者たちが古代の武具を溶かして剣を塗装したのが始まりとされている。
これらの記録を参考に、発見された魔導の素養を持つ人間を使っての試行錯誤が行われた。
ケイラノスの研究者達も莫大な資金を消費はしたが、数多の失敗作の果てに起動可能な試験作を数振り完成させた。
そして、その一つがツコウの持つ〈双剣・ペインタス〉である。
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先程までより深めに切り込んできた敵に、古の英雄は反応が遅れた。
戦士としての経験がそれを咄嗟に補おうと稼働したが……ヒギャルの視界は暗闇に包まれた。
『……小細工を!』
目潰しか何かだと思ったのだろうが、ツコウは何も言わずに周囲を跳ね回る。その勘違いは続けて貰った方が良い。
徐々に空振りしだすヒギャルの大剣。時に視界が暗くなり、時にそれがかき消える。
熟練の剣士だからこそ、その違いに翻弄されてしまう。
『何かと思えば……所詮は小ネズミよな』
落ち着きを取り戻したヒギャルの言は平静だ。手段が分からない目くらましなど、長年の経験で見飽きている。
実際、〈双剣・ペインタス〉は古来よりの遺物に比べれば大したことはない。その効果は起動中、黒の剣が通った軌跡を黒で塗りつぶし、白の剣でそれを消すことができるというもの。要は空間が塗れるだけの絵の具にしか過ぎず、その塗装時間も長くない。
本来は斬撃を残留させるという効果を目指し、それに全く届かなかった失敗作だ。
ヒギャルは力任せなだけの戦士ではない。ただ振っているだけに見えて、その一撃一撃は最高のタイミングと角度を狙う。
ゆえに……羽虫が視界に入った瞬間、全力で剣を振り下ろした。その速度は先程までの豪剣よりさらに速い。決着の時のためにわざと遅く見せていた……!
終わりだ。まぁネズミにしては良くやった……
そう紡ごうとして、それは音にならなかった。ヒギャルの視界はなぜか斜めに傾いでいく。
「お前と同じだと言っただろう。お前の敗因は、最期まで俺を同格と認めなかったことにある。
物理的に声帯ごと、首が切り裂かれていた。
ヒギャルが剣速を隠していたように、ツコウも俊足を抑えていたのだ。まず、ツコウでは浅手を負わせるのが精一杯と思わせた。次に武器の底まで見せた。そこからさらに重ねた欺瞞を、ヒギャルは見抜けなかった。
……もしヒギャルが敵を素直に認めていれば、立場は逆だったかもしれない。だが、結果は変わらない。失敗作であろうとも魔法の武具で切られた首は、もう再度の処置でも蘇ることはできない。
未だ現実を認識できていないヒギャルに、ツコウは最期の言葉を贈った。
「全く……確固たる信念で、かつ本気で無ければ戦ってはいけないなどと、誰が決めたのやら。こんな行為に資格も何もあるものか。おまけにそれが生まれによって左右されるなど、馬鹿げている。誰であろうと、どんな動機でも人は戦っていいのだ。俺はそう思う」
ヒギャルの首は数回またたきしたあと、薄笑いを浮かべて固まった。
……己の方が高尚なのだから負けるはずはない。その前提がある以上、ツコウの言葉も勝利も彼の魂に響かないままだった。
どちらも勝負を舐めているというのか、嘆息したツコウは後ろを振り返った。シャルと古代の王の戦いは轟音と