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第9話 亡者の主従

 曲線を描く壁で作られた通路を二人ツコウとシャルで突き進む。


 奇妙な紋様が壁に彫り込まれているが、これに何の意味があるかは後で学者達が調べてくれるだろう。相手がこいつらでは血で汚れる心配もない。

 石棺から這い出てくる黒く太いミイラという矛盾を孕む敵……ドラウグル。彼らからすれば侵入者はこちらの側であるため、死んでいて尚必死だろう。ドラウグル達はこのような時のために、失われた秘術によって魂を現世まで留め置いたのだから。



「実際、結構な強さだな。下手に兵を送り込むのではなく、俺が来て正解だ」

「なんだ。珍しく乗り気だな」

「当然だ。俺とて良心を全く持ち合わせていないわけではない」



 同意してアンデッドとなったドラウグル達はともかく、民や兵を動死体へと変える手段には嫌悪も湧く。それがシャルよりも希薄なのは認めるが、敵を容赦なく排除していいと判断するぐらいには頭に来ていた。


 突きこまれた短槍を最小限のすり足で躱し、あえて前へと進む。次に来る大剣の振り下ろしを双剣で叩いて軌道を変えると、大剣は仲間の槍使いを叩き切ってしまう。そこを通り過ぎながら、首を刎ねる。

 ドラウグルはゾンビと違い、自我と知性があるために首を失えば動かなくなるのだ。どんな神を奉じていたかは知らないが、我々と同じように魂の在り処は頭だと信じていたらしい。


 シャルの方も危うげなく、ドラウグルを倒していく。

 いくらかつての勇士であろうと、所詮はその程度。〈一剣〉という最高峰に位置する俺たちを止めるには足りない。俺とシャルを武力で打倒したいのならば、数ではなく質で来なければならない。つまりは相手に英雄と称されるような規格外がいないのなら、その時点で勝ちが確定してしまう。

 窮鼠きゅうそでは虎に勝つことは不可能なのだ。まぁそれは〈一剣〉も同じで、桁が違う敵が来れば今度はこちらが殺されるだろうが……そんなやつは早々いない。


 加えて、こいつらの動きには一定のパターンが存在するため対応が容易だ。まず槍持ちが挑みかかってから、次に大剣が来る。隊列を組んでいれば真っ当な戦い方だが、二人一組で攻めかかってくるので、それほど驚異にはならない。


 恐らくは身分差。防具に施された装飾の複雑さの違いからも判断できる……ドラウグルは槍を持っている個体が従者。大剣を持っているのが貴人なのだ。いくら返り討ちに会おうとも変えてこないあたり、当時のソレは覆せない差だったのであろうことがうかがえる。その時代では常識で疑うことすら無いのだ。



「数だけは多かったが、そろそろ打ち止めだな……ツコウ」

「ああ、気付いている。ご同輩、いやこの場合先輩になるのか。ともかく、いるな・・・



 永遠の墓守達をただの死体へと変えて、通路を抜ける。そこからは螺旋階段となっていた。

 壁に彫り込まれた文様も複雑さを増して、石棺も無くなった。


 この先に葬られているのは、これまでの戦士たちよりも身分が高いのだ。より深く……より丁重に扱われるべき存在であるために、墓守達はここから先に存在することは許されていない。



「貴族と平民の墓地が違うようなものだな。一緒に埋められたらどっちも迷惑というわけだ」

「おい、ツコウ。敵とは言えドラウグル達は本気で守ろうとしたのだ。やつらが死体を弄ぶ下衆の走狗とはいえ、勘ぐりは敬意がなさ過ぎるだろう」

「……いや、お前のほうがよっぽど酷い言い草だろう」



/


 階段が終わる。アーチ状の門を抜けると、予想通りにそこは大広間となっていた。古代墓所としては単純な作りだ。

 ドーム状の空間……入り口とは反対側に一段高い段が作られ、そこには玉座と思しき椅子が二つある。左側の椅子にはくすんだ王冠を被ったドラウグルがいて剣を杖のように両足の間に挟んでいるが、右側の椅子には誰も座っていなかった。


 圧巻なのは広間の中央部分に立っている巨大なドラウグルだろう。

 身の丈が俺の倍以上あり、成人男性よりも太く長い大剣を携えて仁王立ちしている。


 ……いや、待て。この巨人では奥の椅子に座れない。となると、右側の椅子は誰のものだ・・・・・



『跪け、野蛮人。お前たちは恐れ多くも、ヒルデランドの双王が一人であられるビャルキ様の御前にいるのだ。地べたを這い、慈悲を請うのが筋であろうが』



 巨人が語りかけてくる声は、土の下から漏れ出る唸り声といった風だ。

 口にする内容からすれば王族の守護を任された特別な戦士なのだろう。ケイラノスで言えば白盾はくじゅん騎士団の団長に当たる人物といえる。


 さて、何と返そうか。面倒なので速攻で斬りかかった方が楽だな。

 そう考えた時、シャルグレーテが一歩前に出て芝居がかった態度で声を張り上げた。



「世迷い言はそこまでにせよ! 遠き過去の敗残者ども! 貴様たちは無辜の民を死に追いやり、その肉体を弄んだ外道どもだ。心ある士ならば、それで人の上に立っているなどと口が裂けても言うまい!」



 凛とした王女騎士がそこにいた。

 今のシャルがまとう清冽な気配は、相手の腐臭じみた瘴気を払うかのようだ。


 いつものお転婆はどこへやら。だが、見ていて爽快なのは確かだ。拍手を贈りたい。



『ぬぅぅ! その物言いは、貴様ら……ケイラノスの犬か! 王が目覚められた今、その首を取って宴に飾る必要がある』

『ヒギャルよ……その犬どもの首は、余にも狩らせよ。幾百の年を越えた余興として面白い』

『……は。再び王と並び立てる機会、光栄に……』



 何か主従劇が開始されている光景を見て、怒りに燃えるシャル。その横で俺は白けきった顔をしているだろう。興味の無い恋愛譚を題材にした演劇の方がまだマシに思えてならない。

 王冠を被ったドラウグル……ビャルキ王が鷹揚に手を振って言う。



『ヒギャル……どちらを相手にする? 獲物を選ぶが良い』

『では……女を』



 人のことを全く気にせぬまま話を進める亡者に、俺は義憤ではない単純ないらだちを覚えてしまう。

 そもそもコイツらは何か勘違いをしていないかと、思わず口が出る。



「おや、俺では不服か」

『当然だ。貴様の目からは誇りが見えぬ。幾ら蛮夷であろうとも、戦士ですらない男だ。戦いの熱を知りもしないのだろう。貴様と戦っても、つまらぬ』



 戦士? 熱?

 ああ……今度は苛立ちを越えて、憎悪の暗い炎が胸の内に宿るのを感じた。久しぶりに、もう駄目だ・・・・・。こいつは俺と最も相容れない性格と思考をしていると悟った。



「……おい、シャル。この巨人は俺が殺す。お前は王様の方を頼む」

「ツコウ?」



 日頃と違う俺を見て、怪訝に思っているだろうな。それでも気を漬かってやれるような、心の余裕がもう無いんだよ。

 すまないな、シャルグレーテ。

 今の俺が望むのは、この下らない巨人を解体することだけだ。



「こいつは……俺が一番嫌いな手合いだ。望むままになど、一つもさせてやらん」

『貴様らに選択肢が……』

「あるんだな、それが!」



 有無を言わさないため、跳躍する。勢いを付けた黒の剣をヒギャルが無骨な大剣で受け止めた。そのまま白の剣も抜いて、連撃へと繋げる。ヒギャルは重い剣で何とかコレをしのいで見せた。

 図体に似合わぬ俊敏性もさることながら、相手を見下しつつも身に付けた技巧を発揮できている。

 そして、その膂力は常人を越えた俺を更に上回る。なるほど、外見と傲慢さは伊達では無いらしい。


 ……だが、どうでもいい。倒すだけだ。


 英雄の領域に踏み込んだ者同士の戦いが開始された。



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