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第8話 地下墳墓へと

 全くらしくないことをしている。

 腰から黒と白の双剣を抜き放ち、元々は普通の農夫であったであろうゾンビを切り倒す。


 まずは足を落として素早い動きを封じる。普通の人間相手ならばこれだけで失血死は免れない。少なくとも戦う意思を持続させるなど、不可能だ。だが、アンデッドにそんな常識は通じない。足が無いならば腕で這ってでも、相手へと向かう。


 二度手間を避けるため、肝心なのは速度だ。ゾンビの体が自由落下で地面へとつく前に、今度は両腕を分解する。そしてとどめに頭だ。頭は首を落とすのではなく、目のある線をぶち抜いて刻む。

 もう死んでいるため、これでもまだ活動を停止しない可能性はある。だがもう近づくこともできなければ、状況を知ることもできない。


 率直に言って、ゾンビの類は大した相手ではない……どころか弱い。

 生前の身体能力に加えて、腐食の進行度によって加速的に劣化していく。元が農夫ということは身体能力は一般的な軍兵より少し劣る程度だが、数週間経過した現在ではその軍兵たちでも手こずるような手合いではない。


 だというのに俺は今、率先してこの動死体共を狩って回っている。目指す先にいるとはいえ時間をかけて処理するほどではない。なんなら無視しても構わない。あるいはもう一人に任せるか。

 その理由が王女騎士シャルグレーテに“自国民を斬るということをさせないため”なのだから、笑うしか無い。黒悔こくかいの〈一剣〉も落ちたものだ。



「おい、目的地は分かっているのか!?」

「ああ。敵対行動が取れる動死体を放っているのだから、こいつらを目印にして進めばいい。地形的に見ても、もう少し先に見えてくるはずだ」



 金の髪が額に張り付いたシャルの顔。同じ〈一剣〉同士、我々の運動能力は一般人を圧倒する。これまでの戦いながらの道のりも、本来の彼女ならば汗をかくようなものではない。

 あらためて自分たち黒悔騎士の任務の異常さを思う。俺は慣れてしまっている。もともと薄かった罪悪感が特殊な任務ですり減って、ほとんど消え失せている。


 偽善もいいところだが、だからこそ思ってしまう。真っ当な騎士はこんな経験などしないように、と。


 そんなことを考えながら小走りしていたせいか、突きこまれてきた槍に反応が遅れた。流石に当たりはしなかったものの、のけ反りで躱しきれず胸甲を掠ってしまった。〈一剣〉たるもの、これだけでも恥になる。



「砦の兵か……!」



 帽子型の兜に簡素な胸甲だけの防具に、身長を少し上回る程度の長さをした用心槍を構えている。兜で顔が見えにくいのがかえって救いのように思える。数は4人。強張ったような姿勢で、腰を落として槍を突きつけてくる。

 文字通りの腐っても兵士。鍛えられた身体能力と技を持っている上に、村の連絡が途絶えてからやってきた彼らは腐食の度合いが小さい。俺と彼らの差は人数を入れてもまだ大きいが、双剣は短めで槍相手では舐めてはかかれない。少しは本腰を入れるかと思った時。



「我が愛しき兵達よ……その無念。我シャルグレーテが必ず晴らそう」



 聞こえた声と音に、飛び上がって回避する。アレ・・が来ると予感した、俺は鹿のお株を奪うように人間の身の丈を超える高さまで飛んだ。眼下では兵たちの兜ごと4人同時に頭が破裂する光景が展開された。腐ってもはや血とも言えなくなった液体がばら撒かれるが、王女騎士の白装束に汚れはない。



「……気持ちは分かるが、使うには早かろうさ。それは無制限に使えるわけじゃないんだろ?」

「本気でやってこその手向けだ。それに一度ぐらいは問題にもならん」



 着地した俺はシャルが携える細剣に目を奪われた。今の光景はこの細い武器が作り上げたのだ。やはり本物は違う。

 目線を兵たちに戻して、彼らの兵章をちぎって懐にしまう。俺か、シャルのどちらかが生きていれば家族に届くこともあるだろう。


 ……これまでの敵の質からすれば軍兵の彼らは敵の精鋭となってしまったはずだ。ならば、と周囲を探せば……それは見つかった。

 枯れ草の茶色の中に土色が混ざっている。明らかに誰かがそこを掘り起こした跡であり、そこには朽ちかけた階段が地下へと向かって伸びていた。



「……誰が掘り起こしたのかは知らんが、見つかったな。住人と兵が守らされていた存在は逃さずに済みそうだ」

「最初からあると分かっていたのか?」

「勘と経験だがな。気づかない程度に、この辺りだけ他より高いんだ。元はちゃんとした塚か何かだったのだろう。ケイラノス以前の国の地下墓地というわけだ」



 言いおいて、さっさと降りる。着地の際にもあまりホコリは立たなかった。

 何かが出入りしたことを確信しつつ、俺とシャルは先へと進むことにする。


/


 地下に入ることを想定して、暗闇に備えて龕灯がんどうを付けようとしたが、その必要は無かった。

 階段を降りきった先の通路には燭台に火が灯されていたからだ。

 それが意味するところをさとって思わず舌打ちをしてしまう。



「化け物達も火を使うのか? それとも兵や住人を使って付けさせたのか?」

「いや、違う。この遺跡……ドラウグルがいるな」

「ドラウグル? おとぎ話ではなかったのか?」



 シャルのもっともな疑問に頷きを返す。かく言う俺も黒悔騎士となるまでは、子供を寝かしつけるための作り話だと思っていた。

 ドラウグルとは特に力を持ったアンデッドの一種だ。黒く膨らんだ体をしており、怪力を誇る。さらにアンデッドとしては珍しいことに、一定の知性が残っている。宝物であれ、貴人の遺体であれ……何かの門番としての役割を持つ。

 おそらく、この地下墓地にいるドラウグルは古代の有志とその従者だろう。蘇えりをさせるまでもなく、もとよりアンデッドとして現世に残ることを同意した彼らはこの地下墓地を延々と整備してきたわけだ。



「見たほうが早いが、少なくとも一般的な騎士ぐらいの強さは持っている。舐めてかかれる相手ではないとだけ言っておく」

「分かった。強さがどうであろうと、兵と民を愚弄した連中だ。ツコウ。共に〈一剣〉を怒らせればどうなるか、古代人にもそれを思い知らせよう」



 好戦的だが嫌味を感じさせないのは人徳だろうか。怒りに燃えるシャルは真っすぐで少し眩しい。

 そして廊下を進んだ先、右手側への曲がり角。蜘蛛の巣が張った棺の近くで敵は待ち構えていた。


 やけに刺々しい形の甲冑を着込み、刃こぼれした長剣をだらりと構えている。目は赤く光り、既に生き物ではないことを主張しているようだ。体はミイラのように乾いているが、伝承の通りに堂々たる肉体を保っている。



「……来るぞ。連戦になるが、最奥まで一気に行く」

「異論は無い。親玉の首級をもって、地上の弔いとしよう」



 だが道中の敵も一人として逃しはしない。

 言外の姿勢が伝わってくる。俺としても後背を突かれたくないので、全く同意する。


 赤い目が飛びかかってくる。長剣と甲冑を着込んで、こちらまで一気に距離を詰める身体能力は見事。

 だが、その程度・・・・


 ドラウグルが着地した瞬間に、俺の双剣とシャルの細剣が甲冑の継ぎ目へと食い込む。シャルとは幾度も模擬戦を交わした仲だ。どう動き、どう合わせるかなど容易に把握できる。

 完璧な連携をもって一瞬で勝負を付けたその先で、次々と石棺の扉が開くのが見えた。

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