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第7話 住人達

 正式な名前が無い村と聞いていたため、ツコウは勝手に寒村を想像していたが……実際のタルサス村は絵に描いたような牧歌的な村のようだった。光景を見れば基本は農作、少しの畜産で暮らしているのだろう。牧場風といった印象を受ける。


 村全体が緑色で覆われていなければ、ではあるが。


 その緑は霧のようだが、湿気を帯びているわけでもないため煙に近いのかもしれない。この緑の影響か、ところどころに歪み捻れた木が生えてきており、しかもうごめいていた。

 このような異常は十年前から発生するようになり、ツコウも似た光景は幾度か目にしている。そのため衝撃を受ける事はなかったが、王都から出ることが稀なシャルグレーテや、一般兵に過ぎないコリンには少々刺激が強いようだった。



「なんだ、この霧のようなものは……世界の終わりのような景色だ」

「“瘴気”と呼ばれている。最初に記録されているのは北にあった魔都カルコサに充満していた、黒紫色のモノだ。以前は珍獣のような存在だった魔物が増えた時期から、どの国でも見られるようになったがな」

「騎士様……これは毒とかでは無いんでしょうか? 入るのは辞めた方が良さそうですが……」

「今のところは毒があった試しは無いが……俺も緑色は初めて見た。なので入る前に調べるとするよ」



 ツコウは馬に括り付けていた袋を2つ手に取った。片方は餌と共に入れていたため時折暴れているが、もう片方は静かなものだった。夜営の時にシャルグレーテが見咎めたネズミと鳥の入った袋だ。



「しまった。鳥は死んでしまったか……まぁ良い」

「それをどうする気だ」

「聞いた話によると炭鉱夫は鉱山に入る時、毒気が無いか確かめるためにカナリアを連れていくそうだ。俺も習ってこうしている……今回は鳥が使えなかったが」



 そう言うとツコウは、袋の口を緩めた。ネズミが光明を見出して出てくる直前、目に付く範囲で柔らかそうな場所に向かって袋ごと放り投げる。納屋らしき建物の近くにあった藁束にぶつかった袋からネズミが這い出て、しばらく辺りを嗅ぎ回った後に逃走した。



「とりあえず即死はしないようだな。シャル、コリン君」

「なんだ」



 ツコウは言いながら布切れを取り出して、口と鼻を覆う形で巻いた。二人にも同じ布切れを渡す。



「二人はここで待て。本当に毒が無いか確認する。一時間で何も無いならシャルも入ってきてくれ。コリン君はその場合でも待機して、夜になるまでに俺たちが帰って来なかったら砦に戻ってくれ。あ、砦に戻ったら黒悔こくかい騎士団に俺が失敗したと手紙を送るように守将殿に伝えてくれ。以上」

「待て、お前だけ危険を冒すつもりか?」

「別に気を遣っているわけではないから安心しろ。黒悔うちでは誰もがやっているし、他の六色でも別の危険がつきまとう。俺が俺の仕事をするというだけの話だ」



 もっとも常日頃の活動では同行者がいないケースも多いため、情報を持ち帰れないことすらある。それを考えれば連絡を入れてくれそうな人間が二人いるだけで御の字というものだ。

 ツコウとて好き好んで飛び込むわけではないが、瘴気によっての死亡例は未だ確認されていない。十分に生還が見込める。仮に瘴気に毒があったとしても、他の連中を巻き添えにすることには何の意味もない。騎士によっては身分の低いコリンをカナリアにするだろうが、それはツコウの趣味ではなかった。



「じゃあ、行ってくる。後は予定に従ってくれ」



 ツコウはいつもと変わらぬ様子で、足取りも乱れずに緑のもやの中へと突き進んでいった。


/


 まず近くの納屋から調べる。

 中に住人はいなかったが、農具などは整理されたまま置かれていた。わずかばかりの剣もあった。外敵が襲いかかって来たというのなら、住人も相応に備えるだろう。自警団などが置かれていない村ではフォークなどの農具はいざという時に武器となる。逃げるにしても持っていきたい品の一つだ。


 次に納屋から少し離れた建物へと向かい、扉を開ける。

 中には農作物が入ったかごが並んでいる。腐っている様子も無く、試しに軽くかじってみても不快さは無い。中で調べて回っていると、ネズミも見かけた。やはりこの瘴気に命を蝕むような効果は無いらしい。



「と、なると……やはり魔物が現れた結果だろうか。もう少し村の奥へと向かいたいところだが、シャルを待つか」



 魔物ともや・・のどちらが先かは不明だが、魔物が襲来する際にこのような様子になる。

 これも10年前、魔物が危険ではあるものの少数だった時代には無かった特徴だ。重ねての思考になるが、昔から魔物という存在はいたにはいたのだ。数十年に一度ドラゴンが目撃されるとか、狼の群れに魔猟犬バーゲストが混ざっていたとかその程度。今では数も種類も桁違いで、この瘴気とともに現れる。


 ツコウは納屋の上に跳躍して飛び乗り、シャルを待つ間にも情報を収集することにした。


/


 おい、という言葉に下を見ればシャルが来ていた。

 律儀に布で顔の下半分を覆っているが、元が美形なせいで似合っていない。というか笑いを誘う。


 その様子に気付いたのか、シャルは足を鳴らして不快感を示している。ここで喧嘩するのも馬鹿らしいために、納屋の上から飛び降りる。草が衝撃を和らげて、音を立てることなく着地できた。



「もう一時間経ったか、どうも調査の時は時間がゆっくりと進む」

「普通は忙しいなら早く感じると思うがな、で? 魔物や住人はいたか?」

「正真の魔物はまだ見かけていないな。だが住人なら見つけた。楽しくお話できる状態にはとても見えんが、村の中央部辺りで……まぁ何というかたむろしたり徘徊しているな。ああ、そんな顔するな。行けば分かるよ」



 そのまま無造作に歩き始める。

 上から眺めただけでは事態の原因はつかめなかったが、戦闘が避けられないのは分かった。見た所苦戦するような手合は見えなかったが……シャルには少し酷なことになるかもしれない。高い実力から足手まといになることは無いだろうが。

 考えてながら歩いていると、村の中央部あたりでかすかな音が聞こえた。シャルは気付いていない。能力が不足しているのではなく、こうした任務が初めてだからだ。

 だがこれで変わるな。そう思ったので一声だけかけることにする。以後の手助けは不要なはずだ。



「シャル、右後ろに来てる」

「え?」



 言われたままに振り向いたシャルと、ソレは目が合った。

 顔の肌が半分ほど剥がれて垂れ下がり、目は片方が瞑れている。腕は一部が欠けており十分な動作ができるかも怪しい。何より時間が経ちすぎているせいで全身がマトモに動かないのだろう。後ろにのけぞるような格好で、ゆっくりとこちらに歩み寄って来ていた。

 まぁ俗に言う動死体というやつだ。ゾンビとも言う。



「き、き、きゃあああーーーー!」



 動死体が飛びかかってくる瞬間。


 白閃、五連撃。

 思わず耳を塞いでしまうような甲高い女らしい叫びとともに、刀身が狭い特殊な剣を抜き放ったシャルの絶技の前に、哀れな“元住人”は首と四肢を失って地面へと落ちた。ばら撒かれた内、右手と頭はまだ動いていた。



「な、な、なっ、なにっ!?」

「いや、落ち着け。お前のほうが怖いよ。驚かせた相手を咄嗟にきっちりと分割するやつは初めて見た」



 俺が初めてこの系統の怪物と出くわした時より、よほど動けていた。

 それは認めるが、いきなりにしてはやりすぎで流石に引いてしまう。



「いわゆるアンデッド……ぶっちゃけゾンビーだな。少なくとも村の人々がどういう目にあったかは分かったな」

「はあー、はぁーっ。すまない、無様を見せた」

「気にするな。わざと会わせたんだし。こいつらのような相手は死んでるから気配が無い。だから耳や鼻を信じた方が良い。なまじ達人になると気配を重視してしまうけど、魔物相手の仕事では感覚を切り替えるか両立させるのがキモだ」



 奇妙な関係のシャルと俺だが、コイツの天賦に関しては両手をあげて降参する。恐らく今の一言だけで、感覚を両立させて警戒することに成功するだろう。俺の脳はそこまで処理が追いつかないため、事前情報で瞬間的に切り替える方で行っている。



「これが……村人か。こんな末路が我がケイラノスの民にあって良いはずは無い。黒悔騎士ツコウ! 元凶を見つけ出して叩こう!」

「元からそのつもりだ、白盾はくじゅん騎士シャルグレーテ」



 やはり王族なのだろう。動揺が去ったシャルの目は憤怒に輝いている。

 やる気が無いとよく言われる俺でさえ、こうした真似には義憤が湧き出てくるのを感じるのだ。シャルの憤激は俺の比では無いだろう。


 ……狭い範囲をただ動くだけの動死体ゾンビーは自然に出ることが稀にだが、ある。しかし、明確に敵対してくるような相手は自然発生しない。作ったやつがいるということだ。

 正体は不明だが……ただではすまさない。戦う相手が定まった時だけは騎士らしくなれる気がしていた。

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