木立の影。葉や草を丁寧に払って作った空間で焚き火が燃えている。
そこでは草臥れた黒鹿毛ときれいな白馬が微睡んでいた。焚き火の周りに置かれた大きな石に腰掛けたままの女は、微睡むどころではなく健やかな寝息を立てている。
時折、自分の名前が寝言に出てくるのが大変気持ち悪い。そう考えながら、ツコウは女……シャルグレーテを軽く蹴った。流石に手加減はしているが、そうした方法を取られることが無かったであろうシャルグレーテは跳ね起きて剣を突きつけてくる。
「いきなり剣を出すな。俺じゃなかったら死ぬぞ、シャル。城の中でもそんな感じじゃあるまいな?」
「うむぅ……ツコウか。私にこんな起こし方をする者なぞいない。いたらそれは知り合いじゃないから問題なし、なのだ」
「知り合いじゃなくてよかったよ。見張りの交代の時間だ。自分で主張した順番なのだから、起きておけよ」
ぶつくさ言いながらツコウは汲んできた水を、銅杯に注いだ後で火に叩き込む。茶葉を入れたいところだが、精神的に疲弊していない今の段階で使うのは勿体ない。干し肉をほぐすようにかじりながら、火に当たり始める。
ケイラノスの夜はさほど暖かくない。火に手をかざしながらもみほぐす。
「ツコウ……そのバタバタと動いている袋は何だ? しかも2つあるぞ」
「片方がネズミ。もう片方は鳥」
「……食うのか? 鳥はともかく、飢饉でもないのにネズミは……」
「食わねぇよ! 明日には目的のタルサス砦に着く。ひょっとしたら使うかもしれんから捕まえておいたんだ」
警備しろよ、という言葉を無視してシャルグレーテは何かと聞きたがる。
ここまでの道中、シャルグレーテの知りたがりにツコウは辟易していた。王室守護が役目とはいえ全く外に出ないわけでもない
「使う? 何かの役に立つのか?」
「役に立たない物ってのは、あんまり見たこと無いな。まぁ俺も少し早く捕まえすぎたかとも思うが……」
その点、
「ネズミと鳥についてはすぐ分かるから待っていろ。というか、ちゃんと見張りをしろ。賊風情ならどうとでもなるが、何かあったら俺とお前はともかく、馬が可愛そうだろう?」
「分かった。そうしよう」
少し離れていくシャルを見る。木にもたれ掛かって警戒のポーズを取っているが、目がちらちらとコチラを頻繁に向く。注意力散漫過ぎてアレに警戒を頼むのは控えた方が良いかも、そう思いながらツコウは白湯を口に含んだ。
しかしとツコウは気付いたが、自分も誰かに野宿の仕方を習った覚えが無い。幾らか旅をした時、その場その場で思いついたことを付け足して行った結果、現在に行き着いている。正しい方法はちゃんとあるのだろうが、乗り切るだけならば案外にその程度の考えで良いのかも知れない。なにせ一応はお姫様がこうして着いてこれるのだから。
ところで姫に野宿をさせたら何かの罪に問われるのだろうか。まぁ良いや、それならそれでケイラノス相手に戦うだけで分かりやすい。ツコウは座った姿勢のまま、目を閉じた。
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翌日、ちょうど昼下がりにはタルサス砦が見えてきた。
周囲は広い平地に囲まれており、雰囲気だけなら牧歌的と言える。畑があまり見えないところを見れば、土壌が良くないのかも知れない。見えてきた砦に目を凝らす。任務で時折、通りすがることはあったが訪ねるのは初めてだ。あらためて見れば結構な規模である。
「なんでこんな田舎にある砦がこんなにデカいんだろうな」
「昔は要衝だったからだ。300年ぐらいだったか? それぐらい前はここはケイラノスかどうかが曖昧だったんだ」
「お前にそんな知識があるとは驚きだ」
「私のことを何だと思ってるんだ。国史書ぐらいは全部覚えているぞ」
ある程度以上の階級だけが見れる国史書はそのまま、ケイラノスの歴史が書かれた本だ。〈一剣〉が読めるかは知らないが、ツコウも一度だけ見たことがある。中身ではなく外見だけだが、専用の書見机に支えられたソレは新手の鈍器かと思ったほどだ。
それをシャルは丸暗記しているらしい。ツコウがシャルグレーテを化け物でも見つけたような目で見ている。
「え……なんで? 必要に応じて見るとかじゃ駄目なの?」
「パーティーとかでいきなり昔の係累が出てきたときとか困るだろう。暗記係の従者を持っている貴族もいるぞ」
「うわっ。もう貴族社会怖い……縁遠くて良かった……」
今度はシャルグレーテがツコウを奇妙な目で見る番だった。
そういえば、こいつを宴席などで見た覚えが無い。尚武の気風を持つ国との外交では、大騎士団最強の称号である〈一剣〉が呼び出されるのは時折あることなのに、だ。さてはこいつ、全部断ったか逃げたかしたな。その度胸の方が余程恐ろしい。
大体、騎士家なら貴族に分類されることも多い。今後もそうでは
「しかし……遠目で見ると、何やら慌ただしいな。あ、馬がこちらに来るぞツコウ」
「ああ、うん。それはお前が来るからだよ、シャル」
騎士が巡回に来ることすらそう無いであろう僻地。そこにやんごとなき身分の人が来るとなれば、それは泡を食うだろう。シャルグレーテが糸の切れた凧のごとく動き回るのが有名なのは
田舎の人にそれを言っても心底信じる気にはなれないだろう。
さて、楽に行くと良いんだが……協力という面では問題が無さそうだ。偶然できた同行者をどうするかに、ツコウは頭を回し始めた。