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第4話 出会いの頃

 何事も、誰であれ、表裏一体かつ一長一短。

 実に当たり前過ぎる聞き飽きた文句だ。それは当然に自由過ぎる王女シャルグレーテにも当てはまる。


 確かに衝動のままに行動しているのは事実だ。だが、シャルグレーテとて自分がなぜ自由でいられるかも理解していた。彼女の気質からすれば“気付いていた”というのが正解かもしれない。

 偶然にそうなった環境。シャルグレーテには果たすべき義務が無く、役割だけがあったからだ。だから、本来いるはずのない自由な存在ができあがった。


 ケイラノス人の気性は良く石造りの家に例えられる。外からは冷たく、内では温かい。つまり排他的でありながら、一度身内と認識すれば情に厚いというわけだ。

 酷寒地のような生きるのに厳しい地で育まれる性質で、温暖で内陸にあるケイラノスにおいてその精神的土壌がなぜ形成されたかは不明だ。それだけ過去における戦が激しかったというだけかもしれない。


 ケイラノス王、すなわちシャルグレーテの父もそれは変わらない。むしろ国の気風を凝縮してこその王族。外敵を必要以上に憎みながら、民を慈しみ、家族を過剰に愛する男となる。

 妻との関係も円満この上ない。跡継ぎに関しても一切問題なし。不貞や托卵は一切無く、それでいて非常識ではない程度に家族は増える。予備の予備の予備までいて、シャルグレーテに何か使命が与えられるほど状況は逼迫していない。



 ゆえにシャルグレーテが与えられた役割は“手がかかる問題児にして、仕様もなく可愛い末子”。

 恋愛? 好きにすればいい相手が正真の下賤や敵国人でないのなら。

 剣技? ああ、問題ないとも。棒切れを振り回して喜ぶなど実に可愛らしい。

 冒険? 仕方がないな。お説教と引き換えに許してやろう。


 政略結婚の駒ですら無い。お転婆で誰もが苦笑して見守ってくれる輝かしき偶像アイドルは悪意なく形成された。

 しかし、シャルグレーテには剣と容姿の才があったために苦痛とまでは行かなかった。苦もなくこなせる役割は不満を生み出さない。地位の低い者からすれば羨望にすら位置する己を憐憫する気が起きない程度にシャルグレーテは真っ当だった。


 ちょっとした悩みはあった。それは友人という存在についての考え方だ。

 さして人を操る才能に恵まれていなかったが、立派な生まれの人物ほど孤独というような考えが幻想だとすぐ理解した。

 シャルグレーテの役割と王族という生まれが、なにもしなくとも後盾となる。平民と王族の差があってさえすぐに友好な関係を構築できた。少し胸襟を開いて話せば、相手はあっさりと同調して友達になってくれる。嘘をつく必要すらない。

 あまりにも簡単過ぎて、友人という地位は彼女の中では大したものではなくなってしまった。


 婚約者を作っているはずの年齢に達しても、皆が何も言わない。“自由を尊ぶ姫様だから仕方がない”。ワガママはすぐに受理され、反対されない。

 そこで少し遅れて思春期特有の悩みがシャルグレーテに生まれた。自分が持っている“人との関係”は本物なのか? 本当の自分は誰にも理解されないのか。このまま自力で何も得られないまま終わるのか……

 才能が萌芽を初めて、騎士になり、〈一剣〉にさえ選ばれる。現実的な栄達の中で幼い内面は取り残された。


 そんな時に出会ったのが、ツコウという名の黒髪の騎士だ。自覚すらなく、初めてシャルグレーテが欲しいと思った。シャルグレーテは己の常識を粉砕した騎士に恋をした。


/


 その男は、武官録でも目を凝らさなければ見つけられないような小さな騎士の家の生まれだった。おまけに次男となれば、幾ら王族でも覚えているはずもない。会ったこと自体無いだろう。

 ツコウは同じように小さな騎士家に仕える従騎士として国に入ってきた。しばらくするとケイラノスの伝統的な武術のどれにも当てはまらない剣を使うということで、目立つようになった。


 出る杭は打たれる。その言葉の通り、すぐに若い騎士たちはツコウへと喧嘩を吹っかける。あまりにもお定まりの流れは笑ってしまいそうになるほどありきたりだ。その騎士たちが従騎士一人に叩きのめされたという結末を除いて。

 従騎士が正騎士より強いというのは当然にあり得る。歳を重ねれば強いわけでもなく、実戦経験が身につくと決まっているわけでもない。問題は身分的に劣る従騎士が正騎士を遠慮なくぶちのめし、平然と日々を送っているところにあった。身分が下にあるものの反抗は命を賭けて行われる。そのはずなのだが、ツコウは当たり前に生活している。


 一体どういう神経をしているのか。彼を教導している側にも責任が問われるだろうに。


 シャルグレーテとしては遺憾ながら、最初に喧嘩を売った騎士がよりによって白盾騎士団の団員であったため、気がつけば剣士としては筆頭のシャルグレーテが決着を付けることとなる。立場が対等でないために模擬戦という形で。


 結果はシャルグレーテの勝利。何度か剣を合わせた後、ツコウは首元にシャルグレーテの剣を突きつけられた。ただ、実力による結果ではなくあからさまに手を抜かれたのだ。シャルグレーテが剣の天才という評価はお世辞ではなく、事実である。だからこそ今の“何度か剣を合わせた”だけで相手の技量のほどが知れた。

 少なくとも現在、ツコウの方が上。それもすぐに追いつける位置にはいない。



「貴様……っ! どういうつもりだ!」

「どうと言われてもですね。先日教わりましたが、こういう時は勝ちをゆずるのが普通なのでしょう? だから、そうしました」



 この時はまだ敬語だったが、ツコウの目にシャルグレーテへは関心が無かった。

 見下されるのならまだ良かった。あるいは王族という肩書へのおもねりで勝ちを譲られるのならば納得できただろう。しかし、この剣士はそれが習慣だからそうしたまで。先日の喧嘩とて知らなかったから、仕方がない。

 一応の理屈は通っているが……ひどく上滑りしている。礼儀や習慣について知れば従いはするが、それを規範としていない。きっと自分の命が危うくなれば、正騎士達を殺していた。そしてシャルグレーテに関しても、首元で剣を止めるだろうから殺さなかった。


 身分と地位は関係に過ぎず、どこまでも己が第一。外からは何を考えているのか分からないが、理解してしまえばこれほど強固で簡単な考えの持ち主もそうはいないだろう。理解できないのはそれを外面にまで出してしまうからだ。

 自分の態度が受け入れられないのなら、それもまぁ仕方なし。その時は戦えばいい。外面が大事な騎士たちからすれば、取り繕おうとする気が無い者なぞ人間とすら思えまい。そしてシャルグレーテからも。



「私は……」



 シャルグレーテは心底思った。羨ましい。

 こいつに比べれば、自分の生き方なぞ鎖に縛られているのと変わらない。自由とは奔放なことではない。いざという時に自分のために他を切り捨てられることだ。その際に起こる不和や軋轢も理解していても、なおだ。

 それでいて騎士という命を捨てる可能性がある身分を彼は目指している。その胸中にはどんな矛盾があるのか。それを知りたいと思うがゆえに……



「もう一度、勝負だ! いや、勝つまで何度でも挑むぞ!」



 男の顔が嫌そうに歪んだ。

 この世で一番思い通りにならないだろう男に、これでもかと思い通りにさせてやらない。お前をこの地に縛り付けて、ケイラノスの守護神にでもしてくれる。それまで、どれほど時間がかかろうとも。


 素晴らしい。私は欲しい物を見つけたぞ。生涯かけて挑もうとも構わない、お前はいずれ私のものだ。あるいは私がお前のものか。どちらであろうと、面白い。何を失っても構わないほどに――笑いながら過去のシャルグレーテは剣を突きこむと、今度は異常な速さで弾かれた。

 やはり本物は容易く手に入らないらしい。シャルグレーテの敗北の積み重ねはこうして始まった。

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