執務室から出たツコウは準備を整えだした。
色々と問題は抱えていようとも、六大騎士団の居館である。物資を管理する専門の管理者が置かれ、書類で量を整理している。それだけでなく命を受けた騎士がすぐに出立できるよう、旅装一式を揃えた袋が準備されている。中には食料の類も入っているために、日頃から中をあらためていなければならない。それが苦にならない人物がいなければ、騎士は腐った飯を食うことになるだろう。
ツコウが物資集積室に入ってくると、初老に達した管理者はニッと笑って袋を机の上に置いた。親指を立てて、旅の安全と武勇をと激励してくるので、ツコウも親指を立てて返す。ぼうっとした表情のツコウがそれをすると逆に不気味だったが、管理者は声なく笑いながら仕事に戻った。物資管理者が喋っているところをツコウは見たことが無い。
ツコウからすればそれはそれで味のある男だと思うので、彼の不作法を許容していた。そのため、このまだ若い騎士を管理者は寡黙なりの愛想で迎えてくれるのだ。他の騎士といさかいが起きる時も、ツコウはほとんど初老の管理者の側に立ってやっている。
……騎士として問題があるという評価を頂いているツコウだったが、それゆえに一部の人間からは逆に受けが良かった。それは常に相反するものであったが……例えば下働きからは受けが良いが、兵士からは人気が無い。六大騎士団の騎士からは認められているが、他の騎士団からは白眼視されているというように。
もっとも、どちらであろうと本人は特に気にしてはいないのだが。
それでも理由はツコウにも分かっていた。要は騎士らしく無いのだ。
今している準備でも、ツコウは馬丁に愛馬を厩舎から出して鞍を置いておくように
騎士は身分でもあるため、命ずるのが普通だったが、ツコウはそうしない。自分が好き勝手に生きているように、他者もそうして構わないという思考が前提にあるのだ。だから馬丁が断ろうとも別に構わない。ゆえに命令ではなく依頼になってしまう。
一方で兵士は騎士からは明確な命令を受けたい。責任は騎士にあって欲しいのだ。そして、下の身分の者にはそれなりの考えと生活がある。身分が違う騎士と仲良くしたくなど無いのが大多数だ。そこでツコウのような者から、適当な指示を受ければ困惑するだけだ。
倉庫から旅装一式を受け取って一度居室に戻ると、暗い顔をした兵が呼びに来た。
「騎士の方が、ツコウ様に用があると……」
「分かった。ありがとう」
物資管理者がツコウを気に入る者だとすれば、この兵士は対極にいるだろう態度だがツコウはそれに関しても何か言うことはない。
曖昧で短い言葉。あまりツコウと話したくない様子なので、気軽に受け入れたのが間違いだった。黒悔騎士団の寮舎でのことであったので、同僚の騎士のことかと思ってしまったのだ。
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玄関口に行くと、たしかに騎士が待っていた。待っていたが、ツコウが苦手とする人物であった。
「げ……予想して断っておくべきだった」
「いきなりご挨拶だな、貴様ァ!」
言葉は怒号。しかし声は爽快と可愛らしさを両立していた。
女性としては短めな髪は、柔らかな輝かぬ金で威厳よりも暖かさを感じさせる。一束一束がカールしそうになっているのも、微笑ましい少年のようだった。卵のように整えられた小顔とま白く張りのある肌。俗な言い方をすれば同性から人気が出そうな、美少年よりの美少女が腰に手をやりながら、怒りの顔でツコウを睨んでいた。
それでもやはりどこか可愛らしい。それら輝かしい美貌を“そのように作られた人形のよう”と内心でばっさりと切り捨てながら、辟易した態度でツコウは応対した。
「これは、これは
「貴様、貴様というやつはいつも、いつも、いっつも! 私に何か恨みでもあるのか!」
「それはこっちの台詞だ。本気で何なのお前。つい先ほど顔を合わせたばかりなのに一拍空けての襲来とか。なんだ? そんなに俺のことが好きなのか?」
「そっ、そっ……そんな訳あるか!」
シャルグレーテ・レイノー・ケイラノス。姓が2つあることはこの国では生来の貴族を意味する。ついでに国名が付いていれば示すものは一つしか無い。生粋の王族であるのだ。
しかもツコウが言うように先程、城内で顔を合わせている。このお姫様はその身分にありながら、王族守護を司る
王族の箔付けではなく、本当に腕が立つということをツコウは嫌というほど知っていた。天は特定人物に複数の才能を混ぜるのが好きらしい。こんな女騎士を誕生させて何を考えているのか。
「……で、用件は? 俺の予想した通りなら帰れ」
「勿論、勝負だ!」
「よし、帰れ」
どう考えても身分差を考慮していない言動で再度切り捨てて、待っていた馬の首を撫でてから荷物を括り付けにかかる。その対応でも、シャルグレーテはめげていない。
白の制服に胸甲というツコウの格好をそのまま色だけ反転させた装備。その腰にあった奇妙な剣に手をかけて、熱烈に訴えてくる。
「勝負するまで帰らんぞ! さぁ、騎士ならば潔く我が挑戦を受けて立て!」
「30回ぐらい戦って、お前が勝ったの一回だけじゃないか。そっちこそ潔く負けを認めろ!」
「あれを勝ちに入れるな! 大体30回じゃなく、これで47戦目だ!」
「よく覚えてるな……」
それだけの回数をど突き会えば、こんな態度にもなる。
発端は最初の手合わせで、ツコウが相手の身分に対する処世術でわざと負けたことだ。ツコウよりは劣るというだけで、破格の天才に変わりは無いシャルグレーテは手抜きを見抜いた。
次に子供っぽさを発露させたツコウが再戦でシャルグレーテを完膚なきまでに叩きのめし、更に再々戦で
いくらツコウの方が優れているとはいえ、これだけの回数で負けが続くというのは戦闘において相性が絶望的に悪い……あるいは良いか? ……ためなのだがシャルグレーテは戦い方を一向に変えない。
ツコウはシャルグレーテが苦手だったが、そうした一本気は嫌いではない。
本人には絶対言わないが、身分にかかわらない友人とさえ思っている。
面白いことに、このお姫様の気性は城内では知らぬものとてないらしく、ツコウに対する執心も苦笑交じりに受け入れられたという。
「もう俺の不戦敗でいいから、帰れ。これから任務なんだ」
「む? 3日前に帰ってきたばかりではないか? 勝負と買い物ぐらい付き合え」
「増えてるぞ。
しかし、王室と過去に諍いがあった黒悔騎士団の待遇は冷たいままにして、そこの騎士と王女の交流を許すとはどういうことなのか。ケイラノスの王族というのは実に複雑怪奇だった。
叙任の際に見た国王の顔をツコウ思い出そうとしていると、シャルグレーテが何かを思いついたように勢いよく身を乗り出した。
「良し! 本当なら私も行くぞ!」
「……なんでそうなる?」
「
ツコウの言葉をそのまま応用して、してやったりとでも思っているのか。シャルグレーテは自慢げに胸を逸した後、騎士団寮舎から駆け出した。
「馬を借りてくる! そこで待ってろよー!」
「……いや、待つわけないだろ……」
呆れながら出発の準備を整えて、馬に跨ったツコウは城下町の門でシャルグレーテに捕まってしまうのだった。