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第2話 派遣騎士

 ツコウは団長の執務室に足を踏み入れて、笑いを堪えた。幾度見ても慣れない光景なのだ。

 疫病神どころか身内殺しとまで呼ばれる黒悔騎士団……その団長の私室兼執務室には子供、それも女の子が好みそうなぬいぐるみなどが目立たない位置に置かれている。団長のブラーギ自身、死神というあだ名が似合う外見の女性なので凄まじい違和感が襲ってくる。

 それもこれだけ綺麗に縫われた代物は市場でも滅多にお目にかかれない。なんとブラーギお手製であるから、知っている者にとってはさらに面白い。とはいえ見事な出来栄えで、その技術だけで食っていけるであろう。


 もっともツコウは純粋に光景を笑うため、ブラーギにそれを責められた事はない。趣味嗜好自体、人それぞれなのだからツコウにとってそこの主がどうこうというのは興味が無い。

 噂では団長の趣味嗜好を笑った者は物理的に首が飛んだというが……真実ならツコウは渓谷で綱渡りする阿呆の類だ。



「今月はウサギの気分でしたか」

「ええ、良い季節です。熊とどちらにしようか迷ったのですが……」



 一見では見えない位置にある小さな椅子に腰掛ける、擬人化したウサギのぬいぐるみをツコウは目ざとく見つけた。屈んで目を合わせて、ふわふわした両手を掴んで、こんにちはと声をかけてから離す。

 それをブラーギは不思議そうな顔で見ていた。



「ウサギは分かりますが、熊はどうなんでしょう? 私が想像すると実際の熊を思い浮かべてしまって、どうにも可愛くは思えません」

「ウサギだって狩人からすればただの肉にしか思えないでしょう。それと同じです」

「ははぁ……なんとなく分かるような分からないような」



 ブラーギが椅子に腰掛けて、仕事をする姿勢へと変わった。

 それを見てからツコウもゆっくりと団長席の前に立つ。


 ブラーギが部屋の主として行動した時、そこに威厳が湧き出る。痩せこけた頬が勤勉さの現れに映り、不吉な目つきは全てを見逃さぬ全体を見る者の目に変わる。国内の問題に対処する黒悔騎士団には常に悲劇が付き纏う。冷徹に切り替えられない者は死ぬだけだ。

 そのはずなのだが……例外がいる。それがよりによって団長の目の前なのだから笑うに笑えない。


 ツコウは確かに騎士団長の前に立って指示を待っている。しかし、そこに敬意や緊張が欠片もない。外見は優等生らしい男なのだが、本当にただ立っているだけである。姿勢は微妙に右へ傾いているし、かゆいところでもあるのか時折手がぴくりと動く。


 しかし意外なことにブラーギは何も言わない。陰気な女騎士団長が部下を測る際の基準は一つ。役に立つ駒か、そうでない愚図か。それだけだ。真剣な態度も敬意も求めない。結果を出しさえすればいい。


 そして、その基準で言えばツコウという男はこの上なく優秀だった。使い所は考えなければならない理由があったとしても、個人単位で騎士を動かす黒悔騎士団では最上の人材だ。その理由は……


 ケイラノスの騎士団や戦士団には“一剣いっけん”という地位が設けられている。正式には第一剣士であり、選抜基準は強さの一点。名前は剣士だが得物が何であろうと構わない。ただ強くあることを求められる。武を喧伝すると共に、身分差を超えることができるという宣伝でもある地位。平民出身の腕自慢達は皆がこの地位を狙っていると言って過言ではない。


 そして黒悔騎士団の“一剣”はこのツコウだ。それどころかケイラノス全土に数多いる強者の中で、最強とさえ言われている。多少、規律遵守に難点があろうとも一切問題無い立ち位置を、この未だ若いと言える男が所有していた。

 これほどの人材になると、放逐する方が非難される。それを分かっているからツコウは小癪な態度を取っている。



「さて、改めて……黒悔騎士ツコウ。貴方には南方にある村の調査を命じます。迅速に準備を整え出立するように」

「ある村……じゃ分かりませんよ。全く別の村に行ってしまいそうだ」

「話を急ぎすぎです。これから話すのですから、それぐらい我慢して聞いてくださいな……正式な名前が無いのですよ。近くの者からはタルサス村と呼ばれているそうです」



 覚えがある名称だったので、近くの地図を頭に描いたツコウは納得した声をあげる。首都からかなり離れた場所にある地名だったので、咄嗟に思い出せなかったのだ。



「ああ、タルサス砦の近くにあるんですね?」

「そうです。名が無いのは街道から外れているからですね。タルサス砦建造の際に、集まった商人や人足達から取り残されてしまった者達が作ったとか」

「そこが何か?」

「連絡が取れない。気になった砦の兵が数名赴いたが、それも帰ってこない。原因不明。まぁうちに回ってくるいつものお仕事です」



 黒悔騎士団の役割は“国内の問題に対処、騎士を柔軟に運用”。あからさまなことだが、わざわざ曖昧にしてあるのだ。何も分かっていない問題に首を突っ込んで解決するのが役割と捉えて、歴代の団長は仕事としている。

 今回も原因不明。何かあったのだろうが、部隊単位で人を動かせば空振りだった際に費用が無駄になる。そこで、黒悔騎士団が哀れなカナリアとして突撃するのだ。黒悔が行うのはこうした仕事が中心だ。後は明確に汚れ仕事である事態だが、それは稀だった。



「例によって最近増加している魔物の仕業やもしれません。そこで一番腕の立つ貴方に行ってもらいます」

「毎回思うんですけど、強くなったことで損してないですか私って」

「その分、給金が高いでしょう。本音を言えば虎の子の貴方にばかり無理をさせるのは、私とてどうかとは思いますが……ハァ。定数が少なく定められていますからねぇ」



 六大騎士団に名を連ねながら黒悔騎士団は人員が100そこそこ程度しかいない。通常の騎士団ならば十分だが、任務に比べると少なすぎてまともに動けない。騎士の個人単位での派遣が仕事とされているが、実際には集団を送り込むことすらできないというのが正確な所だ。


 ……実を言えば、先に語られた謀反を試みた騎士団というのが黒悔騎士団だったのだ。世襲制の国家における恨みつらみは積もりこそすれ減ることはない。王族に睨まれたまま、ブラーギの代まで続いてきた。主君からすれば、これも罰の一貫なのだろう。親の罪は子の罪というわけだ。

 先祖の罪が降ってくるブラーギが一番投げ出したいであろう。



「まぁ良いですよ。では、行ってきます」

「はい、武運を祈っておきます」



 祈るのはタダだ。

 それにしても自身の上司に「良いですよ」は無いだろうとブラーギは思う。無いと思うのだが一切不満なく動くツコウは発言に我慢すれば、最高の駒なのだ。王国最強騎士……上手く使えれば家名の泥を落とすことすらできるかもしれない。


 不思議なのは幾ら最強と言えども、毎回ほとんど無傷で帰ってくるところだ。神に愛されてでもいるのだろうか? そうならば、敵対だけは絶対に避けねばならない。ブラーギは小さくため息をついてから、各地へ散った騎士への指令を手紙に書き始めた。

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