そこは初め、ただ壁に囲まれた砦を模した村に過ぎなかった。幾つかの戦いが起こり、村はいつしか本当に砦となった。
戦を逃れてくる移民達を兵とするために受け入れ、身分の上下を付ける習慣が生まれた。砦はいつの間にか、塔のように高くなり始めていく。塔の高さに合わせたように次第に人が溢れ始めていた。
塔の周囲に巡らされた壁は次第に高くなり、周辺の勢力を睥睨するようになる。そして、新しい住人を迎え入れる空間は無くなり移民達は壁の外に壁を作りあげる。
塔が城になる頃、その勢力は一帯を支配してまだ余裕がある程になる。こうして村は城になり、国が生まれた。移民を受け入れ続けた歴史から信教の自由が認められた珍しい国家として知られるようになる。
そこからさらに幾星霜。
大陸でも知らぬ者とていない大国、ケイラノスとなったそこは聖都と呼ばれた。
全ての神が集う地。多くの神殿をその身に宿す、白き都。ケイラノスの首都ドラドミス――この荘厳な街にも腐敗と魔は忍びよっていた。
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この国らしい真白い会議室。中央に置かれた円卓には、それぞれを象徴する色の甲冑に身を包んだ者達が座っていた。数は6人。ケイラノスの権威を示す騎士団の長である面々だ。人種も性別もばらばらだが、煮ても焼いても食えなさそうな顔つきだけは共通していた。
今は真北に位置する席を占める、白の甲冑を着込んだ男が弁を振るっているところだった。
今や押しも押されもせぬ大国のケイラノスには一般兵の軍とは別に6つの大騎士団が存在する。それぞれに役割が与えられており、平時はそれ相応の任務に就いていた。国難には通常戦力となることもあるが、例外中の例外であった。
それらは王によって任じられていた。奇妙なことにそれぞれの分野は、国軍の担当部署と食い合っていた。貴族派閥の息がかかっていることが多い一般的な軍兵が国王からの信頼が得られていないことの証でもある。
この円卓に集った者達がそれぞれの団長で、騎士団長が一堂に会する機会は定期的に持たれていた。
「全ては10年前から始まっている。以来、希少な動物に過ぎなかった魔物は増えて山賊のごとき頻度で出没するようになった。医学では説明もつかぬ奇病がもたらされ、このケイラノスの白を蝕まんとしている」
この場に集った顔ぶれからすれば当然のことを言うサイコロのような顔をした騎士団長を、皆が退屈を押し殺した顔で見ていた。当たり前の知識を事前に再確認するのは会議において有効だが、それだけに皆が聞き飽きていた。
長々と続く演説。要は騎士団の
「……というわけなのだが、諸卿らはどう考えられるか」
「同意します」
「同意」
「同意しまーす」
「異議なし」
「右に同じ」
馬に装備に、と騎士というのはやたらに金を食う。資金がもっと欲しいという願いに異議があるはずもない。いくらあっても足りないほどなのだ。
長いだけの茶番だが、これをしないと上申もままならない。騎士団は一般の兵と分かれて存在するので、定期的に集まって形だけでも団結しなければならなかった。幸いなことに、建前だけでなく実際的にも騎士団長同士の関係は良好である。
「型通りのやり取りはこれまでにして……実際問題、騎士の消耗が激しすぎる。かつてと違って、貴族の子弟を誰彼構わず入れるわけにもいかなくなったのだからな」
「最近は兵団に都合よく使われているからねぇ。兵より強いことを売りにしてた先代達のせいだけれども……魔物って年々強くなって、増えてる気がするし一般兵には荷が勝ちすぎるでしょ」
対面になっている群青の甲冑男と
それを聞いて、先程まで演説していた白い甲冑の男は椅子に勢いよく腰掛け、角張った顎に拳を当てた。
「それは損耗することが滅多に無い我々への当てつけかね?」
「
その様子を“赤”の騎士は微笑ましく見守っていた。髪の色まで赤であり、城内の女性の注目を集める端正な顔立ちの彼がそうしていると、空気まで甘くなるようだった。
「それを言ってしまうと、“黒”も騎士の損失は少ないでしょうに」
「我らの役目上、仕方が無いこと。そもそも減らせるほどに数がおりませんもの」
その“赤”に話を振られても、“黒”の女は惹かれた様子を全く見せなかった。最近増えてきた華やかな女騎士達にあって、“黒”の騎士団長は痩せこけて不健康な印象を与える。実際、付けられたあだ名はそろって辛気臭いものばかりだ。
曰く“死神”“内偵者”“裏切者”“告発人”……これらは彼女だけが専有するものではなく、“黒”――
「魔物が増えたのは10年前から……って何かあったっけ?」
「めぼしい事件と言えば、北のなんとかいう遺跡が崩壊したことと、後はウロボロス教団の総大司教が変わったことぐらいだった」
一気に増大したため、流石に各国家も調査したが細かいことは分からずじまいだった。
その説明を聞いた女騎士団長がふぅんとだけ言う。話題に出した割に興味はそれほど無かったらしい。
「それら自体は大したことでもありませんが……魔法の実在が確認されたことと、それが付与された遺物……今で言う魔導具の研究が進んだという点では大変革でした」
「魔法使いを組織化するという話はどうなったのだ? それが上手く行けば我々王党派が先に縁を結びたいものだが」
「現状では保留。魔法が使える人間を何と呼べば良いのかも正式には決まっていないが、生まれる確率自体低すぎて一定数を揃えられんそうだ。辺境で生まれて農夫で一生を終えたりもするだろうし、してきただろうからな」
長々と会議は続く。騎士団長の後ろに控える者達は話すこともできないため、かなりの忍耐を強いられることになった。
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会議は終わった。退出した黒悔騎士団長の後ろを付いて歩く騎士は、腕を回しながら憂鬱そうな顔をした。会議中も団長の後ろに直立不動していた青年だった。ツコウという名で、従者ではなく正規の騎士である。
黒い髪を少し長めに刈揃えた頭が、奇妙に黒の制服と調和している。顔立ちは整ってはいるが、常にぼうっとしているような曖昧さがあり、何を考えているのか全く分からないと周囲から言われる男だ。
外見からは窺えないが、彼の内心は文句で満ちていた。
……これからの方針は別に良い。だが、雑談まで会議室で行うことは無いだろうに。
いや、そもそも自分が参加しなくて良いなら何だって良いのだが。
「ブラーギ団長、いくら鍛えても肩が凝るのは、なぜでしょうね?」
「鎧を着ているからでは?」
「胸甲だけとは言え確かに。次いでに制服が堅苦しく無ければ尚良いですね」
「非番の日以外は着用の義務があります。守りなさいね」
口調こそ丁寧だが、自身の上官に気安く話しかける。
ツコウは単純に戦士として見るならこの上ない人物だったが、騎士としては問題が多かった。最たるものが思ったことはとりあえず口に出す点だ。騎士に限らずとも外面すら取り繕えない者など、扱いにくくてしようがない。
集団に混ぜると問題を引き起こすことも多かったので、単独行動する騎士が必要な黒悔騎士団に預けられることとなったのだ。
城を出て、騎士団の寮舎へと向かう。途中で顔を合わせた兵や騎士は、騎士団長に対する礼を示したが、苦そうな顔を隠しきれてはいなかった。黒悔騎士団の任務もそうだが、騎士団長ブラーギは重いフルプレートを着こなしながらも不健康が極まったような面相をしているので、顔を合わせるだけで運気が下がるような思いがするのだ。
「面倒ですね。陛下の配下騎士団なんだから、城内に寮舎があればいいのに。そう思いません?」
「何代か前の騎士団長が謀反を企んだことがあったそうです。以来、王城の壁より内側に駐屯することは許されていません。守られているかは疑問ですが、各騎士団の団員が何名まで入って良いかも決まりがあったはずですよ」
「面倒くさい法があったもんですね」
「貴方は良くも悪くも
黒悔騎士団の寮舎は周囲を堀に囲まれている。水路を曲げて、わざわざ作られた流れる堀。籠城の際の水源確保兼防備だが、ツコウからするとむしろ黒悔騎士団を出さないためのものに見える。
軋む音と共に跳ね橋が降りてくる。団長のブラーギは見間違えないので流石に誰何せず、引退した老騎士が橋を降ろしてくれるのだ。ちなみにツコウは2度ほど嫌がらせで橋を降ろして貰えなかったことがある。
「では貴方も共に団長室へ」
「うへぇ。もう仕事ですか。前回の任務から帰って来て3日しか経ってないんですけど」
「どうせろくなことに余暇を使わないでしょう?」
そうですけど、と言いながらツコウはそれでも大人しく付いていった。
そちらもどうせろくな任務じゃあるまいに。そう思いながら。