「だからなんで私が呼び立てられるのさ? 意味が分からないな」
「知るか。できれば近代魔術に通じる魔術師が欲しいそうだ。ヴァルキリーお抱えの魔術師は知識が古すぎるからな」
「ああ。興味本位でかじってみたこともあったけど、肌に合わなかったな」
アオイは入院している見知らぬ死神のカルテに落書きをしながら答えた。
椿が訪れているのはアオイの診療所。ラグナロク討伐軍が敗走した翌日であった。
ジークルーネが討たれラグナロク討伐軍が総崩れになった昨晩、椿は「契約満了だ」とだけ言って事務所に帰ってしまった。
事務所に寝泊まりしている一矢と行き場のなくなったメイジーは仕方なく椿探偵事務所に向かう椿を追うのだった。
留守番をしていたつぐみは始めこそ千年級の死神であるメイジーにおっかなびっくり接していたが、途中から意気投合したようで一緒にテレビを見ている。
「あのー、今回の一件についての手当ってあったりしたり……」
「そうだな。手当はヴァルキリーにでも請求するといい。私にだって何の実入りがなかったんだぞ。むしろマイナスだ」
武器庫を確認しながら不満そうに椿が一矢の要求をはねつける。
何が不満かと言うと、
死神狩りの死神、椿としては弾薬代だけがかかった形になる。
「あとお前に渡した聖火の手榴弾代も借金に上乗せしておく。それにお前、済んだ話みたいな言い方をしてるけどな、まだ何も片付いていないんだぞ。異能者がおとなしくなっただけでラグナロクがその気になれば東京壊滅なんかいつでもできるんだからな」
「ええ? それじゃ一生かかっても借金返済なんかできませんよ」
「安心しろ。死神の一生は長いからな」
反論しながら一矢は椿の言葉を反芻した。「
まだ何も片付いていない」という言葉。東京都庁を丸呑みする炎を操り、ジークルーネを斬り捨てた死神カグツチ。
その配下であるレックスもまた強力な死神だった。
彼の気まぐれがなかったら一矢の命はなかった。レックスのことを考えると湧き出る敵愾心の意味を一矢はまだ理解できていない。
そして得体の知れない伯爵を名乗る男や、ジークルーネ軍の死神を斬って回っていた死神もいる。
いつでも東京を壊滅させられるというのはあながち間違いではないと思った。
「そうそう、わたしが寝てる間に何があったのさー。ニュースでやってる都庁炎上って死神がやったの?」
つぐみがソファーに寝転がりながら二人へ問う。
テレビはどの局でも都庁が燃えたニュースが取り上げられている。防災の専門家がコメンテーターとして出演しているが、回答は要領を得ない。
普段ヘンゼルとグレーテルに連れ回されていたメイジーは、テレビというものに縁がなかったのか画面に何か映るたびにペタペタと手で液晶を触っていた。
椿とメイジーがつぐみに事情を説明しているのを聞き流しながらニュースを見ていると、政府は新たなテロ組織をでっち上げ、それによるものだとしたらしい。非常事態宣言も発令されるとか。ヴァルキリーの入れ知恵なのだろうか。
そんな中、開けっ放しにしていた窓から何かが突然飛び込んできた。
咄嗟に椿と一矢は拳銃を構え、つぐみは翼でメイジーを覆う。
「ポコちゃんだけど」
小さな女の子のような声で告げるのは二足歩行のトラ猫、ヴァルキリー・ロスヴァイセの使い魔。ポコちゃんだった。
「まずは窓から入ってくるのをやめろ。話はそれからだ」
「わかった」
するとポコちゃんは入ってきた窓から飛び降りた。十数秒後ドアを叩く音が聞こえる。
「ポコちゃんだけど」
「帰れ」
それだけ言うと椿はドアの鍵を閉めてしまう。
「じゃあでんごん。あまがせかずやつれてこい。ごしゅじんのあねぎみのもっとあねぎみがいってた。さからったらしぬ」
驚いた一矢が慌ててドアを開けると既にその姿はなかった。
と思うと自身の頭上に重さを感じる。ポコちゃんが乗っているのだ。
「あとまじゅちゅ……まじゅつしつれてこい。きんめだいまじゅつ。こっちはおかねはらう」
「近代魔術のことか?」
金という言葉に釣られた椿がつい反応する。弾薬代を少しでもヴァルキリーから回収するつもりなのか。
「それそれ」
「知っていることを話せ」
「ポコちゃんむずかしいことわかんない。じゃ」
一矢の頭を蹴るとその勢いで壁から壁へと飛び移り、階段を降りていくポコちゃん。
「どうして俺が……?」
「知ったことか」
「それで? 私が近代魔術に精通しているってでまかせ言ってヴァルキリーに売ろうって?」
「話が早いな。だがジークルーネが死んでどんな新しくどんなヴァルキリーが召喚されたのか、気にならないか?」
「そりゃあそうだ。けどそれより今は一矢くんの権能の方が気になるな。権能を借り受ける権能だって? それなら
勝手に合点がいった様子のアオイを見て椿が眉をひそめる。
「……どういうことだ?」
「
「アマガセのことは好きに調べていい。その代わりヴァルキリーの招集に応じろ」
それを聞いたアオイはわざとらしく悩む素振りをしている。
「当ててやる。うちのレッドフードについて調べたいんだろ? だがレッドフード……メイジーは私の部下じゃない。聞きたいことがあればアマガセに言え」
「あ。そ。じゃあそうさせてもらおっかな」
アオイは立ち上がると財布を白衣のポケットに入れ、スリッパを靴に履き替える。身支度を終えたつもりらしい。
「いつでもいいよ」
「手ぶらで行く気か?」
「手土産のこと?」
椿はとぼけるアオイを無視して周囲に呼びかける。
「椿だ。この魔術師を転送してほしい」
すると忽然とアオイは目の前から姿を消し、代わりに札束がいくつか放り捨てられるように転移してきた。
「今度のヴァルキリーは随分と景気がいいな」
ほこりっぽい床に落ちた札束を拾うと彼女は少し機嫌がよくなった。