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第26話 戦争

「姉上!」


「お姉さま!?」


 二騎のヴァルキリーがジークルーネの死を感知する。


 突然都庁を包んだ炎に驚きを超え、困惑していた死神たちがラグナロク首領の宣言によりさらに戸惑う。


「ジークルーネ様が?」


「まさかそんなはずが……!」


「しかし、本当にジークルーネ様の身に何かあれば……がぁっ!」


 突然切り伏せられるジークルーネ陣営の死神。


「何奴!」


「誰って俺だよ。知らねえの? “戦場荒らし”のクリーク。まあ知らねえってんなら……身体に直接叩き込んでやらぁっ!」


 剣士風の死神を防御ごと両断するのは、レザージャケットに白いシャツの男。


 手にしているのは両手剣。そのシャツは既に血で汚れていた。


 クリークと名乗る死神を包囲するようにジークルーネ麾下の死神が配置につくが、正面の一人が一瞬のうちに斬り捨てられた。


「おいおいおいおい! ご主人様のことが気にかかるのはわかるが、俺に集中してもらわないと困っちまうぜえ!」


 確かにジークルーネ討死の報を受けた死神たちは浮足立ち、本来の力を発揮できていない。


 だが彼らが全力を出したとしても、圧倒的な実力差で次々と死神を切り捨てるクリークは止められないだろう。


「死ねよ! クリーク!」


 まばゆい光と共に転移してきた白い鎧のヴァルキリー・ロスヴァイセがクリークへと斬りかかった。


「おうおうそうこなくっちゃなあ! 俺も首領みてえにヴァルキリーの首を持ち帰れば箔が付くってもんだろ!」


「ぶち殺すぞ! クソ犬!」


 自分が手駒を殺す分には構わないが、勝手に殺されるのは許さないというロスヴァイセの勝手極まりない性分。


 それが自軍を壊滅に追い込んだクリークへの怒りとして発露していた。


「何をしているロスヴァイセ! このままカグツチを野放しにするわけには!」


「違うわ! ジークルーネお姉さまが、死んじゃったからこそ! 生き残りの死神を取りまとめて、もっと上のお姉さまの! 指揮下に入らなきゃならないんじゃない!」


 クリークと切り結びながら叫ぶロスヴァイセの言い分はある意味正しかった。


 二騎でかかってもジークルーネを一太刀で切り伏せたカグツチを倒せるかなどわからない。


 死神を統括するヴァルキリーが全滅することだけは避けねばならないのだ。


 そしてそのヴァルキリーの一騎であるロスヴァイセ相手に優勢に立ち回っているのが“戦場荒らし”の死神クリーク。


 戦闘においてヴァルキリーとしての権能に頼る部分が大きいロスヴァイセでは少し荷が重い相手だった。


 そのヴァルキリーの支配から脱したクリークは、死神になってから最も自由に戦っていた。


 名前の通り戦争クリークの中でしか生きられないその男は、戦争が起こると敵味方の区別なく虐殺を行い、そうでないときは死神としての力を失いながら戦いに飢えていた。


 異能者は死神がヴァルキリーの支配から逃れるために生み出されたが、彼らを利用して「シニガミ・キリングフィールド」というゲームを始めたのはクリークの力を存分に活かすことにも繋がっている。


 ラグナロクという組織とヴァルキリー勢力の「戦争」ということになれば、彼は存分にその力を発揮させることができるからだ。


「よう。やってんなあ、クリーク」


「おうさ! 戦場だけが俺の居場所よ!」


 始めからそこからいたかのような自然さで現れたカグツチに気付くと、ロスヴァイセは死神たちを強制的に操り盾にして隠れる。


「ホント悪い冗談だわ。お姉さまがこんな駄犬に殺されるなんて……!」


「飢えた犬は人を祟り殺しだってするけどなあ」


「黙れっ!」


 ロスヴァイセは盾にした死神たちの中から最も弱い死神の背を貫き、カグツチ目がけて剣を突き出す。


 カグツチは避ける素振りも見せず、クリークがその一撃を弾き飛ばした。


(今、動きが止まった……?)


 ヴァルキリーの権能で周囲の死神たちを操りクリークの相手をさせながら、ロスヴァイセはカグツチに問いかけた。


「信じらんない……お前、まだ死神なのね」


「おかげさまで身体がピクリとも動かん。ま、身体が動かなくてもできることはいくらでもあるけどな」


 カグツチの狩衣の袖から噴き出した炎がロスヴァイセに襲い掛かる。


 周囲に操るべき死神のいないロスヴァイセ。彼女に炎が直撃したかに思えたその時、どこからか馬のいななきが聞こえた。


 ロスヴァイセは彼女の召喚した白馬によって炎から逃れていた。


 白馬を走らせそのままカグツチから距離を取る。この白馬こそがロスヴァイセの真の権能であった。


 死神を操る権能は強度に差はあれどヴァルキリーであれば皆持っている力である。


 支配欲の強い性格の問題なのか、ロスヴァイセが一番それを使いこなすことができたので彼女は表向きの権能として扱っていたのだ。


「あんなクソ犬に奥の手を晒すなんて、最悪……!」


 敗走しながらロスヴァイセには一つだけ確信したことがあった。


 カグツチは人間に死神の力を譲渡していない。


 事実としてヴァルキリーとしての権能で彼をその場に縛り付けることができた。


「お姉さまたちの力を借りればあんなやつ……!」


「認められるわけないだろうが、愚妹」


 謎の声とともにロスヴァイセは自身が何者かの手によって突然転移したことに気付く。そこは無を思わせる真っ暗な空間。


 ヴァルキリーが死神を招集するための空間だった。


 ロスヴァイセは馬から降り、傷つき倒れるグリムゲルデの姿を認める。


 グリムゲルデはカグツチを討つべく配下の死神を取りまとめていたところを、通りすがったカグツチに配下ごと焼かれたのだ。


 グリムゲルデが生き延びたのはただの気まぐれにすぎなかった。


 彼女はカグツチの眼中になかったということか。


「ジークルーネが死んだって? ホント面倒なことをしてくれたよ。お前ら」


「ヘルムヴィーゲお姉さま……!」


「みだりにヴァルキリーが世界の管理から外れると悪影響があるのは知ってるよな? わたしより上のヴァルキリーが現世に召喚されることは許されなかったんだよ」


 するとそこに白く輝く光が出現し、新たに目覚めたヴァルキリー・ヘルムヴィーゲが立っていた。


「お前らマジで使えないのな。記録を漁ったけどカグツチとかいう死神、最初の招集の時点で来てたんだわ」


 そう。カグツチは権能を人間へ譲渡していない死神である以上、権能剥奪がペナルティーの緊急招集がかかった際に彼がその場にいなければおかしいのだ。


 権能剥奪はどれだけ格の高い死神であろうとも死を意味する。


 とある死神視点の映像が空間に投影された。


 その死神は物珍しそうに死神たちを観察している様子。初めての招集なのだろうか。


 ヨーロッパ風のコートを着込んだ者、武士のような姿の者、そして霊体のように揺らめく実体のない者。


「こいつだよ。このゆらゆら薄いやつ。こんくらい気付け、馬鹿」


 公開処刑された錬金術師パラケルススは、権能の譲渡が終わらなかったため招集に応じたのでななかった。


 万が一に備え、カグツチの存在から自身に目を向けさせるために、ラグナロクの捨て石となるべく命を懸けたのだ。


「とりあえずこの死神、連れて来い。なんだこいつ? アマガセ? 知らねえ」


「アマガセ・カズヤ……!」


 グリムゲルデがよろめきながら立ち上がり、その名を口にした。


 天ケ瀬一矢。後にカグツチ攻略の要となる死神である。

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