「決まりだな。二人を連れていけ」
グリムゲルデの指示によってヘンゼルとグレーテルが引き立てられていく。
最初は抵抗の色を見せていた二人も、グリムゲルデの「そうか。ヴァルハラに行きたいか」という言葉でおとなしくなった。
(この世界のヴァルハラって一体どんな場所なんだ……?)
勝利の余韻に浸る間もなく、「ヴァルハラ」という言葉の威力に驚かされる一矢。
そこにメイジーが飛び掛かるように抱きつく、疲弊しているとはいえ彼女は千年級の死神である。その勢いに一矢は弾き飛ばされるように転んでしまう。
「ご、ごめんなさい! あの、大丈夫? カズヤさん?」
「大丈……夫。でもありがとう俺に合わせてくれて」
「とんでもないわ! でも、グレーテルをやっつけるなんてすごいのね! これであの子たちも反省してくれるかしら……?」
一矢がメイジーに指示した内容は至極明快だった。
「武器は出し続けて」
メイジーにはその言葉の意味がわからなかった。
ただ言われた通りに霊力を必要以上に消費しないように、大バサミを顕現させながら霊力奪取に耐えてその時を待っていたのだ。
そして一矢は二人の権能のことを事前に知っていた。
答えは椿が渡した鞘付きのサバイバルナイフにあった。
鞘の中に兄妹の権能について記した紙切れが入っていたのだ。
ヘンゼルとグレーテルは椿の標的でもあったが、
そういった事情で彼らの権能についてはとっくに調べがついていたのだ。
彼女はそれを決闘裁判が決まった際に急ぎメモし鞘に仕込み、権能の種を教えた上で一矢と共に戦うつもりだったのだ。
結果として一矢はレッドフード改めメイジーと共に勝利を収めたわけだったが。
「お前、自分の権能について何か掴んだな?」
「まあ。なんとなく。多分俺が死神に転生した時に、椿さんの
「馬鹿げた話だ」
倒れた一矢を上からのぞき込みながら椿は首を横に振った。
がそれ以外に納得のしようがないのも事実だった。
「貴様、生まれたてにしては面白い死神だな。わざわざ力を確かめた意味はあった。百年生き延びたら仮面兵に入れてやらんこともない」
不意にグリムゲルデに声をかけられる一矢。メイジーにぶつかられて倒れたままだった一矢は慌てて起き上がった。
「だがあまり調子に乗らないことだ。私が貴様ならもうラグナロクの一級品とやり合おうなどとは思わない」
「グリムゲルデ閣下がその生まれたてに助言を下さるとは。上司として誇らしいものだな」
ロスヴァイセ憎しでグリムゲルデにまで嫌味を言う椿。
「アマガセ・カズヤ。貴様にはあの兄妹の分も働いてもらうことになる。勝手に死ぬなよ」
そう言うとグリムゲルデは椿と一矢に背を向け宣言した。
「決闘裁判は終わった! これよりロスヴァイセと姉上の軍に合流する! 遅れるなよ!」
東京都庁舎周辺。そこに多数の死神が集められている。
南北に連なる巨塔に挟まれた中心部にヴァルキリーたちはいた。
ジークルーネ軍の本営である。
そこには人払いの結界が張られているようで、死神らしき存在以外は見当たらなかった。
「弁明する機会を与える。我が愚妹ロスヴァイセ。何故お前は麾下の半数を失った?」
「お姉さま! お願いだから聞いて! 忌々しい人間どもを駆除した後に奇襲されたの! クリークがいたのよ! あの“戦場荒らし”のクリークが!」
「死神を爆弾にして自ら戦力を削った後にな。人間の言葉を借りれば、お前の軍は『壊滅』したと言うのだ!」
ジークルーネがロスヴァイセを叱責する。
グリムゲルデは何も言わないが仮面の下から非難めいた視線をロスヴァイセに浴びせていた。
「……グリムゲルデ、お前は?」
「はい。本陣を奇襲され、逃げられました。逃げた賊は伯爵と合流し、足跡が掴めません」
ジークルーネはグリムゲルデを平手打ちした。仮面が外れ屋上の上を転がる。
「ロスヴァイセならまだしも、お前がいて何故そうなる!? 我々はただ戦力を
「申し開きのしようもありません」
「もうよい。既に賊軍の主要メンバーは掴めた。私の軍で総攻撃を仕掛ける。お前たちは使える死神を推薦しろ」
二人のヴァルキリーが戦っている間に、ジークルーネはラグナロクの本拠地や構成人員を調べさせていた。
首領の正体こそ不明なままだったが、“英雄”レックスや“戦場荒らし”クリークのような武闘派の死神や、サンジェルマン伯爵、“現代最高の魔術師”ジョシュア・クロウリーといった非死神の魔術勢力の存在も確認されている。
「しかし姉上……」
「無茶よお姉さま!」
「黙れ!」
ジークルーネの目は怒りと屈辱に燃えている。その怒りは最高潮に達しているように見えた。
「我らヴァルキリーが末妹三騎。この程度の事態を抑えられずにいて姉上たちに顔向けなどできぬ!」
ロスヴァイセは逃げるように、グリムゲルデは一礼し、転移してその場を後にするのだった。
そして次の瞬間、東京都庁全体が巨大な火柱に包まれた。
庁舎の近くにいた死神の中には一瞬で灰になる者もいた。火柱はしばらくして消えたが都庁全体が燃え、火を放っている。
炎に飲まれたジークルーネは咳き込み、剣を屋上に突き立て立ち上がりながら、全身にどれほどのダメージがあるかを確認する。
「まさか、本当にラグナロクの首領はスルトなのか……!?」
「残念だが人違い、いや神違いってやつだ。俺はスルトじゃない」
「何者だ!?」
ジークルーネの前方から声がした。
それは臙脂色の狩衣を着込んだ男とも女ともつかない美貌の持ち主。だが口調や声からして男だとジークルーネは判断する。
炎の勢いで背中まで伸ばした黒髪をたなびかせながら、男が続ける。
「いただろ? 産まれたと同時に母親を焼き殺した神殺しが、この日本に」
「では貴様は……!」
「
時折、抑えきれないのか狩衣の所々から火が吹き出る。
そして炎に包まれたその手に持つのは父が彼を斬り殺した剣。
「馬鹿な……! 貴様の狩るべき神など千年以上前に不在となった! 獲物のいない死神は格を落とし脱落する運命にある! それが自然の摂理だ!」
「そうさ。千年以上お前たちの言う『死神の格』とやらを落としながら生きてきたんだよ」
彼は神そのものであり、本来は「人間を世界の管理者に組み込むシステム」としての死神ではなかった。
しかし自らを産んだ
そうでもしなければそのままどんな悪神になるかわからなかったからだ。
結果としてその判断は誤っていた。
神殺しの死神として転生したカグツチは多くの神を殺し、生き残った神々は逃げるように姿を消した。
「悪いがラグナロクという言葉は利用させてもらった。その方がお前さんたちはむきになってくれると思ってな」
空中を一歩ずつ踏みしめるように近づいてくるカグツチは、何とか剣を構えたジークルーネに
そしてジークルーネというヴァルキリーは命を散らした。
「ヴァルキリー三姉妹が筆頭、ジークルーネ。ラグナロク首領、カグツチが討ち取った!」