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第21話 敗走、退場、逃避行!

『チーム・マキシマムは脱落しました』


 スマートフォンの通知画面に表示された文字を見てもリーダーの感情は動かなかった。


 自分たちカタストロフィを狩るために、あれだけの死神が投入されたのだ。


 ラグナロクの助太刀が無ければとっくに皆殺しにされていた。マキシマムも同じ境遇だったのだろうと推測する。


 ヴァルキリー勢が撤退した後、乗り換えたミニバンを運転するのはレックスと名乗ったラグナロクの死神。


 ドクターがシールドの回復に能力を回しているので、メンバーは不眠不休というわけにもいかず休息を取っている。


 山を割って作ったような道を運転しながら、純白のコートが特徴的なその死神は唐突に語り始めた。


「マキシマムはやられたか。護衛に生き残りがいるといいが」


「どうしてラグナロクがプレイヤーを守る。お前たちの首領は異能者は死神の戦力を削るための駒だと言っていたが」


「それは彼の考え方だ。我々の参謀は君たち上位チームの護衛を首領に献策した。それを彼が受け入れたということだ」


 リーダーが話している最中にも感じるのは、死神に相対した破滅の瞬間に感じた喜びの余韻。彼はその感情が何だったのか考えながら会話を続ける。


「主力を引きずり出すための囮か?」


「そうだ。悪いが君たちを利用させてもらう。だが我が名に懸けて、君たちを守り抜くことを誓おう」


「狩りの流儀か。おかげさまで俺たちは死に場所も選べなくなったわけだ」


 リーダーは自分から出た言葉に少し驚く。


(俺は死にたがってるのか?)


「狩りの流儀ではなく俺自身の信条だ。死神として狩りをする必要がなくなったからな」


「じゃあただの流儀でいいだろ。それより追っ手を倒してくれ。チラチラと目障りだ」


 彼らの後方には車を追走する仮面の死神たちがいた。


 グリムゲルデ直属の兵が走りながら追ってくる。


「そうはいかないな。ヴァルキリーも馬鹿じゃない。俺が持ち場を離れたときに打つ手くらいあるはずだ」


「目的地がどこかは知らないが、終点まで一緒に行くつもりならそれでいいけどな」


「いいや。彼らがいる」


 突然走行中の車の屋根に何かが落ちてきて大きな音を立てる。同時にとてつもない重量の物体が道路に落下し、車を揺らした。


 屋根に落ちたのは娘々ニャンニャン。道路に足をめり込ませているのは腐乱死フランシスだ。二騎のヴァルキリーから逃れて転移してきたのだ。


 そして駐車場での戦いの後にマキシマムの護衛にあたっていた赤マントが特徴的な死神。


 “闘牛士”ロメロが同じタイミングで合流する。


哎呀アイヤー! 中に乗せろヨ!」


 フロントガラスから覗き込むように文句をいうのは娘々ニャンニャン


 腐乱死フランシスは両手を広げて雄たけびを上げる。追走部隊の足が止まる。


腐乱死フランシス! ロメロ! 後で合流しろヨ!」


 追跡部隊に襲い掛かる腐乱死フランシスとロメロに娘々ニャンニャンが叫ぶと車は彼から遠ざかって行った。




 レックスは雄弁な男ではなかった。


 彼が無言でしばらく運転している間に辺りは暗くなる。


 その時間を使ってリーダーは自分の考えをまとめていた。


 死神についてのことではない。どうして死を目前にして幸福を感じたかという問いについてだ。


 ただ殺される目的で行動を起こしたのではない。


 リーダーには覚悟があった。気に食わない秩序をどうにかしてやりたかった。


 どうして秩序が気に食わないのか。それはリーダーの関与しないところで決められ、押し付けられるものだからだ。


 だが普通の人間はそこに不満を持つことはあっても、ここまでの行動を起こさない。


 彼のように起こす力を持ったとしても。


 それをできるところが彼が異能者としてラグナロクに選ばれた理由でもある。


 ならあの死に際の感覚はなんだったのか。目を背けたい現実をリーダーは直視した。


 ヴァルキリーが率いる死神の強さを見て、自分の限界を感じ取ってしまったからだ。


 秩序を象徴するヴァルキリーに本気を出させたところでどこか満足してしまったからだ。


 幸福だったのではない。


 彼は中途半端なところで妥協して死のうとしたのだ。


 リーダーは自分自身に怒りを覚える。そんな覚悟で秩序の破壊者気取りだったのか。


 ヴァルキリーに一発かますとは何だったのか、と。




 すると突然車が急ブレーキで止まった。娘々ニャンニャンが屋根の上から文句を喚きたてる。


 暗闇の中で前方に人影があるのがリーダーにも見えた。


「お前らの仲間か?」


 すぐさま思考を切り替えレックスに問うリーダー。


「違う。合流場所はここじゃない」


 レックスは車から降りながら答える。


「やあ賊のみなさん。僕はヘンゼル。君たちのお友達と交流を深めていたところさ」


「そうね。わたしは妹のグレーテル。“これ”はあなた方のお友達でしょう?」


 金髪の兄妹の兄の方が手にした大きな肉塊を放り捨て片足で踏んだ。


 腐乱死フランシスの首だった。


 リーダーは敵側の死神を注視する。仮面の死神たち、ヘンゼルとグレーテルと名乗る兄妹、駐車場にいた赤いフードの少女、そして銃を構えた若い男。


 彼らは腐乱死フランシスを殺し、山を抜け先回りしていたのだ。


娘々ニャンニャン、やるぞ」


「わかってるヨ。頑張ったナ、腐乱死フランシス


 娘々は腐乱死フランシスの亡骸に向けて優しく声をかけた。この様子ではおそらくロメロも生きてはいないだろう。


「俺もやる。あの銃の死神、弱いだろ」


呆子まぬけ。死ぬつもりカ?」


 リーダーが車外に出る。死ぬ気はなかった。何故か彼の身体には闘気が満ち溢れていた。


 パラケルススたちが考案した術式を利用して生まれた異能者は、能力を使い続けることや精神的成長で能力が強まる。


 そして人間の精神的成長というものが必ずしも人間社会の益となるようなものだけとは限らない。


 リーダーは自分自身と向き合うことで能力を強化することに成功したのだ。


「好きにしろ。お前の見立ては正しい。戦えるのなら戦ってほしいが、手助けできるかはわからん」


「好きにするさ」


 リーダーはマチェーテを抜き、銃を持つ死神の前に立つ。


 その死神の名は天ケ瀬一矢といった。

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