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第3話 襲撃、反撃、逃走劇!

 ガリガリガリ。


 メリ…メキ…


 深夜。いつもの時間。


 包丁で一矢の部屋のドアを削る音がし始める。


 敵のやり口は探偵椿響子の種明かしによってよく理解できた。弓美の霊はただ一矢を殺しに来たのではない。


 一矢を存分に恐怖させ、絶望させ、殺し、悪霊に堕とすことを目的に操作されている。


 なのですぐにドアを破って、その手に持った包丁で一矢を刺し殺すことはありえない……と信じるしかない。


「恐れるな……怖がるな……『収穫』に来るまで耐えろ……耐えろ……」


 しかし、仕掛けがわかっていても穴の開いたドアから見える青白い死人の顔を見るのは気持ちのいいものではない。


 ドアが壊れ始めてから、弓美の包丁にこもる力は強くなっているように思えた。


 仕上げに入り始めたのだ。


 弓美の霊と一矢を隔てる最後の防衛線である部屋のドアには大きな穴が開いていて、弓美が包丁を一振りするごとに木片がパラパラと落ちていく。


 バリバリッ……


 大きな木片が部屋の中に落ちた。


 勢いでつんのめるように、弓美の上半身が大穴から部屋の中に入る。


(今だ!)


 一矢は抱きしめるように抱えていた武器、霊体への呪いがかかった弾丸が装填されているショットガンを構えた。


「……姉さん。ごめん」


 椿に何度も叩き込まれた体勢でショットガンを構え、撃った。


 ドアごと後方に吹き飛ぶ弓美の霊。


「かずや……かずやかずやかずやかずや」


 弓美がうわ言のように繰り返す。


 否、主の操作により恐怖を与える言葉しか話せないようになっているのだ。


「……これは? 最後の障壁を破ったことまでは確認したのですが。とんだ番狂わせもあったものですね」


 声とともにいつの間にか部屋に現れていたのは、真夏にも関わらず革のロングコートを着込んだ細身の人物。


 声からして男。オールバックにした髪型が特徴的で、顔は鼻から下が黒い布で覆われている。


「お前か……! ドクトゥール・スペクトル……!」


「おやおや。既に死んでいるはずの人間が生きていて、自由意志によって言葉を発している。これはよくない。よくないですよ。誤りは、正さねば」


 霊を狩る死神、ドクトゥール・スペクトル。その死神は嘲りを隠しきれない声を発し、コートに隠れていた右腕を構える。


 五指にはそれぞれ鋭利な爪が伸びた金属の指輪がはめられ、一矢の心臓を狙っていた。


 一矢は咄嗟にショットガンを構えるが、遅い。


 一矢に向かって死の爪が突き出された瞬間。二人の間を割るように、窓をぶち破ってきた存在がいた。


 スペクトルは直撃の瞬間に身を翻し、とっさに距離を取る。


 一方で部屋に突っ込んで来た漆黒の影、つぐみは一矢の手を取り、引きずるようにして窓から飛び降りる。部屋はマンションの六階にあった。


「わああ、ああ!!」


「口閉じて! 舌噛んじゃう!」


 即座につぐみのセーラー服の襟から、彼女の全身と同じ黒色の大きな両翼が展開する。


 勢いよく飛翔するつぐみ。二人はスペクトルの下から逃亡することに成功したのだった。


 この一矢の身を挺した陽動作戦。これこそがスペクトルを倒すため椿が考案した秘策だった。




 時は一矢が椿の事務所を初めて訪れた日にまで遡る。


「先に言っておくとこれらの武器は違法に入手したものですので、余計な詮索はしないようにお願いします」


 椿とつぐみは金庫から運び出した銃器を次々と一矢の目の前の机に並べていく。


「……死神と戦うための武器、ですか?」


「ええ。私は死神ではありますが特別な権能を持ち合わせておりませんので。これらで死神に対応します」


 一矢は訝しむ。霊を操る超常の能力を持つ死神に、通常の重火器か通用するものなのだろうか。


「これらの武器が通用するようにするのが、私の得意分野ですから。このように依頼に合わせて選定する必要はありますが、ご心配はいりません」


 一矢の視線に気付いたのか、椿が補足する。そして机に並べられた銃器の中でも一際大きなショットガンを手に取り、彼に手渡そうとした。


「俺も一緒に戦うんですか……?」


「ええ、それが得策かと。今まで奴を無為に追ってきたわけではありませんから、奴の思考は手に取るようにわかりますよ。少なくとも犬死することはありませんからご安心を」


「ツバキさん、このくらいでいいかな?」


 銃器を運び出したつぐみが問いかける。


「十分だ。それで、天ケ瀬さん。共に戦っていただけますか? そうでなければ成功確率の低いプランに変更する必要がありますが」


「……失敗したら一体どうなるんです」


「死にます。確実に」


 椿は平然と残酷な事実を告げる。


(このままおとなしくしていても弓美に殺されて、しかも俺も悪霊にされて親しい人物を手にかけることになる。そんなことは絶対に嫌だ……!)


 一矢は覚悟を決め、ショットガンを受け取った。


 ずしりとした重みが両腕にかかるが、これが自分の命を預ける本物の武器であることを思うとその重みに少し安心感を覚えた。


「それで、どういう手はずで敵と戦うんですか」


「奴の『こだわり』を利用しましょう」


「こだわり…?」


 敵の死神にどんながこだわりあって、それがどう自身の生存に繋がるか。


 全く理解が追いつかない一矢は思わず聞き返す。


「簡潔に言えば死神にはそれぞれ狩りの流儀があり、それにプライドをかけています。そしてスペクトルのこだわりは『獲物が死ぬのを見届ける』こと。なので天ケ瀬さんには囮になっていただき、ギリギリまで霊を引きつけて奴を呼び出してもらいます」


「……これでそのスペクトルを殺せってことですか?」


 ショットガンを握りしめた一矢の手のひらが汗ばむ。


「違います。その銃は霊から身を守る自衛用です。霊があなたを殺せる間合いに入ったら撃ってください。そしてスペクトルが現れるのを見計らって奴からあなたを遠ざけます。」


「じゃあ、スペクトルがその流儀を守らない可能性は?」


「ありません。千年近く狩りをしてきた者が突然そのやり方を変えることはないでしょう。少なくともこの十五年間、奴はずっと同じ形で狩りをしてきました」


 一矢にはその死神のこだわりやら流儀にどれほどの価値があるかはわからないが、対死神専門を名乗る椿の言葉を一々疑っても仕方ない。一矢は気持ちを切り替えた。


「……わかりました。なんでもします。でもその代わり絶対助けてください。俺のこと」


「絶対の保証はできませんが、努力しましょう。手始めにまずはその銃を扱えるようにしてください」


 一矢はショットガンをしげしげと眺める。これに自分の命がかかっていると考えると自然と手に力がこもる。


「では早速私は仕掛けに出かけます。操作方法はつぐみに聞いて下さい」


「出かけるって、どこへ……?」


「スペクトルをおびき出す我々のホームですよ。私の所有地で大がかりな準備を行います」




 時は戻り、一矢はつぐみに引っ張られ空高くを飛んでいる。それはかなりのスピードで、息をするのにも一苦労だった。


 目的地は椿の所有するという埠頭の倉庫。


 彼女が言うことが正しければそこでドクトゥール・スペクトルと対峙することになる。


 一矢の死に場所になるその倉庫に。

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