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期待しちゃってもいいんですか?

「じゃぁ何、その子はセフレに恋しちゃったの?」

「チャレンジャーだねぇ」


「そう……みたい、ようやく自覚したというか」

 例によって、蘭ちゃんと紫穂ちゃんに相談をしていた。

 気付いてしまった、先輩への想いについて。


「私はやめといた方がいいと思うなぁ、その子が傷つくだけじゃない?」

「でも、サトーちゃんはその子を応援したいんでしょ」

「うん、初めての恋みたいだから、悔いのないように」


「どっちかだよね」

「そうだね」

 二人でアイコンタクトし納得し合っている。

「え、何が?」

 私は、食い気味に大きな声を出してしまった。

 蘭ちゃんが、まぁまぁと私を落ち着かせようとしながら話してくれる。

「たとえばアプローチをかけたとするでしょ」

「うん」

「脈があればそのまま恋人関係になれるかもしれないし、なければセフレ関係も解消」

「あぁ、そう思えば、その子にとってはいいかもね。ズルズル引きずるよりは」

 紫穂ちゃんの発言は、振られる前提のような気もするが。


「たとえば、どういうふうにアプローチするの?」

 私としては一番聞きたいのはソコだ。

「それは、ほら。もうすぐバレンタインだし、ね?」

「そっか、なるほど」

 バレンタインに告白、出来るかな?


「ねぇ話は変わるけど、バレンタインにさぁ、先輩たちにチョコあげない?」

 紫穂ちゃんの提案に、イベント事が好きな女子が多いせいか、1年の子ほぼ全員が同意した。

「いつもお世話になってるしね」

「お返しも少しだけ期待して?」

「女子の先輩にもあげるよね?」

「それは、もちろん。ジェンダーレスで」


 そうして私は、氷室先輩にチョコをあげる担当になった。

 希望したわけではなく、偶然である。

 あみだくじで決めたのだから、本当に偶然である。





 バレンタイン当日、サークル終わりに先輩方にチョコを配った。それぞれの担当の先輩へ。

「おぉ、ありがとう」

「今年の1年は気が効くねぇ」

 義理とはいえ、プレゼントされて悪い気はしないものだから。仲の良い仲間たちが、これで更に親密になれれば安いものだ。

 さて、氷室先輩はと探すと、少し離れた場所に座っていて。

「先輩」

「なに?」

「これ、みんなからです。受け取って下さい」

「ありがとう、可愛いラッピングだね」

 包装は担当者の役割だったので、先輩をイメージして心を込めて私が包んだから、褒められたようで嬉しい。

 先輩はバッグにチョコをしまって帰り支度をはじめる。今日は更にもう一つエコバッグを持っていた。珍しいなと見ていると、中身が少しだけ見えた。

 たくさんのチョコレートのようだ。貰った……んだよね。

「先輩、それ」

「ん?」

「ごめんなさい、チョコ以外のものにすれば良かったですね」

「いいよ、私甘いもの好きだから」

「全部、食べるんですか?」

「うん……欲しいの?」

「やっ、違いますよ」

 ふっ、と微かに笑った気がしたけど、気のせいかな。


「どうする?」

 帰り道、珍しく先輩から聞かれた。

 前回、私が逃げるように帰ったからだろうか。

「今日は、話があるのでお邪魔したいです」

 そう言うと、不思議そうな顔をしていた。


 部屋へ入ると、これまた珍しく紅茶を入れてくれている。

 私が話があると言ったからだろう。

 その間私は手持ち無沙汰で、部屋の中を何気なく眺めていた。

 ふと、本棚によく知っているブックカバーがあるのに気付いた。私も同じものを持っているからだ。

 確か私が小学生の時に、親戚の本屋さんで配っていたもの。

「それ、可愛いブックカバーでしょ」

「あ、ごめんなさい。勝手に」

 思わず手に取っていた。

「気に入ってるのよ」

「私も同じの持ってます」

「そう、奇遇ね」

「あの、この本見てもいいですか?」

「ん、気になるなら貸すわよ」

「いえ、題名だけで」

 何度も読んだ形跡があって、大切にしている本のような気がしたので、借りることはしなかった。

「そう……お茶どうぞ」

「はい、いただきます」




「それで?」

「え?」

「話があるって」

 わっ、紅茶飲んでまったりしてる場合じゃなかった。


「あの、これを」

 私は、自分のカバンから紙袋を取り出して、テーブルへ置いた。

「良かったら、あ、要らなかったら捨ててもらっても……」

 あれだけたくさんのチョコやプレゼントを貰っている先輩なので、私のなんて必要ないかも、不恰好だし、口に合うかもわからないし、ここまで来といて自信なくなってきた、あぁ出さなきゃよかったな。


 私がそんなことを思っている間に、先輩は袋から取り出したソレに、パクッと齧り付いた。

「えっ」

 いきなり食べるなんて思わなかったから、呆気にとられていた。先輩が咀嚼する様を目の当たりにして、なんというか贅沢だなぁなんて考えていた。こんな先輩の姿見られる特権、手放したくないな。

 そう思ったら、紫穂ちゃんの言葉が気になってきた。

 告白してもしも振られたら、もうここには来られない。

 うぅ、胸が苦しくなってきた。


 そうこうしているうちに、先輩はあっという間に食べ終えていた。

「マフィン?」

「あ、はい。チョコマフィンのつもり」

 なんせ形が不格好なもので、先輩が疑問形なのも頷けるのだけど。

 それよりも感想が気になる。

「甘いね」

「そ……ですね」

 チョコマフィンだから砂糖の分量控えめにした方が良かったのかな。

「あれ、もしかして食べたかった?」

「いえ、全部食べてもらえて……光栄です」

 そう、他の人のチョコよりも真っ先に食べてくれたのだから、少しは期待してもいいのかもしれない。

 でも。

「で、話って?」

「えっと、それはまた今度でいいです。帰りますね、紅茶ごちそうさまでした」


 はぁ、やっぱり怖くて言えなかった。

 しかも、また逃げるように帰ってきてしまった。

 落ち込んでバスに乗っていたら、スマホに通知が届いた。

 先輩からのメッセージだった。すぐに返信して、何度かやり取りをした。

 私は心がポカポカして、思わずスマホを抱きしめた。





 気分が良くなった私は、バスを降りた後、本屋へ寄った。

 さっき先輩の部屋で見た本を探すためだ。あいにく見つけられず、家へ帰ってから電子書籍になっていないか調べ、ダウンロードして読んでみた。


 切ない話だった。

 お互いに気持ちはあるのにすれ違い、ようやく思いが通じても相手の幸せを願って身を引くという。

 バッドエンドでも心に染みる、そんなお話を私も書いてみたい。

 もう甘い話は卒業だ、私が書いたって知ったらみんなが驚くような話を書いてやる。

 読んだ本にすぐに影響される私は、その日からまた創作に取り組んだ。



「そうだサトーちゃん、例の友達はどうだったの?」

「バレンタインでの告白、成功した?」

 蘭ちゃんと紫穂ちゃんとは、最近は集まればその話をしている。

「それが出来なかったみたいなの、いざとなったら怖くなったみたいで」

「そっかぁ」

「まぁ、今の関係を壊したくないのかな」

「でも、嬉しいこともあったみたいでね」

「お、なになに?」


 バスの中で受け取ったメッセージだ。

『もしかして、手作りだった?』

 あんな歪な形をしたマフィンが市販なわけないと思うのだけど、先輩は今気付いたのかな。

『はい、お口に合いましたか?』

『うん、他にも作れるの?』

『いくつかは』

『じゃあ、また作って』

『はい、喜んで』

 嬉しかった。

 羽が生えたように一瞬体が浮き上がった気がした。


「へぇ、でもそれって、やっぱり都合の良い女っぽくない?」

「えっ」

 浮かれていた私は返答に困る。

「紫穂ちゃんバッサリ言っちゃったね」

 蘭ちゃんは苦笑いしながらも。

「胃袋は掴んだ感じじゃない」とフォローしている。

 そうか、客観的にみればそういうことなのか。

「そう……なんだね、浮かれないように友達に言っておくね」

 二人には気付かれないように小さくため息を吐いた。




 浮かれようが落ちこもうが、時間は過ぎていくわけで、私は出来るだけ先輩の事を考えないようにしていた。

 それには、小説を書くことがちょうどよくて、いつもよりも早く書き上げる事が出来た。普段の私なら書かないような場面もあって、読み返したら泣いてしまった。自分で書いたのに……不覚だ。

 よし、これなら私が書いたってバレないだろう。


 サークルでは提出した私の小説が早速読まれ、概ね好評だった。もちろん、いくつかの指摘もあって今後に活かせそうだ。

 予想通り、みんな私が書いたものだとは思っていないようだった。

「あれ、作者名書いてないぞ?」

 しまった、名前書き忘れてたけど、まぁいいか。そのまま名乗り出ることもなく、お開きとなった。


「あっ」

 バス停では見かけなかった先輩が、扉が閉まる寸前で乗り込んできたと思ったら、私の座る席の近くで立ち止まった。

 しっかり視線が合ってしまって、私は俯いた。

 一度外してしまうと、もう先輩の方を向くのも怖い。バスの揺れに任せて眠ったふりでもする? あれこれ考えていたら「ねぇ」と頭上から声が降ってきた。

「今日の小説はよく書けてたわよ、まだ少し甘い部分もあるけど。集中して書けたんじゃない?」

「え、なんで……」

 思わず顔を上げていた。

 まるで、私が書いたものだってわかっているかのような話し方だったから。

 先輩は小首を傾げた。

 私の驚きに、驚いている風に見えた。

「なんで私の作品だと思ったんですか?」

「え、そんなの……わかるわよ」

 理由なんて……と言いかけて黙った。

 他の人はわかってなかったのに、先輩だけがわかるの?

 先輩……私、期待しちゃってもいいの?



「今日はいいわよね」

 いつもと同じ先輩の部屋、いつもより熱い先輩の眼差し。先輩の手が私の手首を掴む。

 先輩への恋心を自覚してから、初めて触れられた部分は、そこから熱が発生しているように熱く。


 私は初めて、果てた時に涙を流した。



To be continued


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