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これが恋しいという気持ちなの?

「それって、いわゆる、アレだよね」

 サークル仲間の蘭ちゃんは、言いにくそうにはぐらかしながらも、好奇心いっぱいのようで目はキラキラしている。

「セフレでしょ」

 キッパリ言い切ったのは、紫穂ちゃんだ。


 私と先輩の関係を、客観的に判断して貰いたくて友達に話してみたのだ。もちろん自分の事だとは言わずに、一般論として。

「セフレ……」


「そんなハッキリ……サトーちゃんには刺激が強すぎるよ」

「こういうのは、しっかり理解した方がいいんだよ、中途半端じゃモヤモヤするでしょ。セフレっていうのはセックスフレンドの略でね、愛がないのに身体だけの関係を続けるってこと」

「愛がある場合もあるけどね」

「でも他に本命がいるわけでしょ、そんなの本当の愛じゃないよ」

 二人は、そうだよねと頷きあっていた。そして、ただ聞いているだけの私に力強く言った。

「もしその友達に相談されたら、そんな関係やめるように言いなよ」

「うん、そうする」


 友達の話として自分のことを相談するのはよくあると思うけど、二人は全く疑っていなかった。私がそんな事をするはずがない、いや、出来るはずがないと信じているからだ。嘘ついてごめん。


 やっぱりそうだよね。

 こんな関係、とっとと解消した方がいいんだよね。

 私がついていかなければ、先輩は無理強いはしないと思う。

 私じゃなくたって、先輩なら他にいくらでも……

 うぅ……

 そこまで考えて気分が落ち込んでしまう、あれ私、なんでこんな気持ちになるんだろ。


 トン!

 見慣れた指が机を叩いた。

 顔を上げたら先輩の顔。

「またボーッとしてる」

 そう言って通り過ぎる。

「あぁ、確かに佐藤はいつもあんな感じだよな」

 そう言ったのは爽やかイケメンの先輩、名前は何だっけ。氷室先輩を狙ってるのかアレコレ話しかけている。なんか嫌な感じだ。二人は離れていった。


「ねぇ、氷室先輩と仲良いの? 声かけられるなんて」

「へ、そんなことないよ。たまたまじゃない?」

「そっか、まぁサトーちゃんのボンヤリは有名だからね」

 紫穂ちゃんの発言に蘭ちゃんも頷いてる。

 え、そうなの?


「最近さ、男の先輩たちが騒ついてるのは、氷室先輩がフリーになったかららしいよ」

 えぇ、そうなの?

「へぇ、争奪戦始まるのかな? ま、私たちには関係ない話だよね」

「サトーちゃん聞いてる?」

「へ、う……うん、そうだね」





 みんなが揃って、今日も読書会が始まる。実はそろそろ私の書いた小説が読まれるんじゃないかと思っていたが、ビンゴだった。

 何を言われるかドキドキだ。


「甘いな」

「そうだね、いろいろとね」

「でもハッピーエンドは読んでいて気持ちいいよね」

 意見を言う誰もが私の方をチラチラ見ている。まるで書いたのが私だと知っているかのように。

 え、バレてるの? 

「名は体を表すと言うしね」

 誰かが小さな声で言う。

 やっぱりか。

 私は苗字が佐藤だから、サトーちゃんとかシュガーちゃんとか呼ばれることもあるし、名前も天寧あまねだから『あまちゃん』とも、たまに呼ばれるし。


「氷室はどう思う?」

 司会進行の先輩が振った。

 ドクンと心臓が跳ねた気がする。

 氷室先輩の感想、聞きたいような聞きたくないような。

「ん、確かに甘すぎるし、基本がなってない」

 冷たい風が通り過ぎた……気がした。

「氷室は相変わらず厳しいなぁ、まぁでも、伸び代はあるから」

 フォローする方も苦笑いになっていて、申し訳なく思う。未熟な私のために、すみません。


 帰ろうと思ったら外は雨だった。出口に佇んでいる人影がひとつーー

「氷室先輩? もしかして傘持ってないんですか?」

「朝は晴れてたから」

「天気予報は見ないんですか?」

「……」

 見ないのか。

「どうぞ」

 私は鞄から折り畳み傘を取り出し広げ、差し出した。

「いいの?」

「バス停まで一緒ですから」

「そう、ありがとう」


 今日こそは自宅へ直行するんだ、そう決めていたのに。

 だって雨で傘持ってないんだから仕方ないよね、先輩が風邪でもひいたらいけないし。

 そんな言い訳をしながら一緒にバスを降りていた。

 送り届けたらそのまま引き返そう、そう心に決めながら歩いた。

「それじゃ先輩、帰りますね」

「待って、肩濡れてる」

「大丈夫です、これくらい」

「ダメ」

 クイっと引っ張られて転けそうになる。

「あっぶな」

「お風呂入ろ」

 入ろってなんだ? ニュアンス的に、一緒に入ろうということのように聞こえたけど合ってる?

 先輩の顔を見れば、微かに口角が上がっている。

「いやいや、いいです」

 って言ってるのにズルズルと部屋の中に引き込まれていった。




「いや、いいです。自分で脱げます」

 私の服を脱がそうとする先輩からなんとか逃れる。

「すぐに出るので入って来ないでくださいね」

 念を押したのに、私が身体を洗い終える頃ドアが開かれた。私はサッとシャワーで泡を流し湯船に飛び込んだ。

 全くもう、人の気も知らないでこの人は。

 チラリと先輩を見れば、当然のようにシャワーを浴びていて、やばっ。私はすぐに目を背けさらにギュッと目を瞑る。後ろ姿なのに一瞬見えただけなのに心臓がバクバクいってる。

 先輩が洗い終える頃を見計らって、お先に出ますね、と飛び出した。

 バスローブが準備されていたけれど、私の服は大方乾いていたのでそれを着て待つ。


「お風呂、ありがとうございました。雨も止んだみたいなので帰りますね」

 先輩が何か言う前に、それだけ言って部屋を出た。

 これでいいんだよね、そう言い聞かせて。


 家に帰って、一人でご飯を食べてテレビを眺めていた。

 スマホが震える。知らない番号だ、誰だろう。

「もしもし」

 ぼんやりしていた頭が、一瞬でシャキッとなった。

「せ、せんぱい?」

「ん、傘忘れてったよ」

「あぁ……はい」

 そういえば、早く出なきゃって思ってたから、傘なんて覚えてなかったな。

 そうか、それで電話をくれ……た?

「どうする?」

「え?」

「傘」

「あぁ、予備の傘あるので大丈夫ですよ、次に会うまで先輩が持っていてください」

「ん、わかった」

「先輩って、傘持ってます?」

「……」

「ないんですね」

「探せばどこかにあるかも」

 いや、もうそれ、ないのと一緒だから。

「もう、今までどうしてたんですか? しばらく、私のを鞄に入れておいて下さいね、あ、折りたたみ方知ってます?」

「わかるわよ、それくらい」

 拗ねた声が聞こえて、何だか新鮮だ。

 そしてガサゴソと音がしたと思ったら。

「あれっ」

「どうしたんです?」

「傘が」

「もしかして出来ないんです? 私の、三つ折りですよ」

「みっつ? あぁ」

「大丈夫ですか?」

「不恰好だけど、なんとか」

 傘と格闘する先輩を想像してしまう。

「先輩、もしかして不器用?」

 笑いを噛み殺しながらの言葉に。

「うるさい」

 やっぱり、絶対拗ねてる。

 こんな先輩初めてで、可愛いなぁと思ってしまった。それに電話越しだとたくさん喋ってくれて嬉しい。

「先輩」

「なぁに」

 あ…………今、私何を言おうとした?

 顔が熱くなる。





「えっと、あの、そうだ! どうしたら文章の基本が身に付きますか?」

「そんなの、わからないわよ」

「へ?」

 なんでよ、先輩が言ったんじゃん。

 基本がなってないって。

「私も基本が全く身に付いてないから」

「え、そう……ですか?」

「だからあのサークル入ってるんだし。みんなと一緒に上達するために」

 あぁ、先輩はダメだししたんじゃなくて、客観的に指摘してくれただけだったんだ。

 先輩って、言葉が足らないために誤解されること多いんじゃないかな。


「先輩?」

「どうした?」

「えっと、電話ありがとうございました」

「うん」

「おやすみなさい」

「ん、おやすみ」



 今日は家へ帰ってからもずっとモヤモヤしていて、それが何故なのかよくわからなくて、ただぼんやりしていた。

 先輩からの電話で驚いたけど、気持ちが一変した。声が聞けただけでも嬉しかったんだと思う。さらにいつもよりもたくさん話が出来たもんだから舞い上がって。

 思わず言いそうになった言葉。

 ーー先輩、好きですーー


 そして、もっと先輩の事を知りたい、いろんな表情を見てみたいと思う。


 もしかして、これが恋しいという気持ちなの?



To be continued

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