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第3話 異世界ご飯事情

  店は人払いがされていた。騎士風の男が、テキパキと個室に案内すると部屋の隅に立つ。

イザークは肩の猫を気にしたが、ハイドロイドは構わないと笑う。


 直ぐにエプロン姿の男がコーヒーとショートケーキを運んできた。こちらにも甘味はあるらしい。

「もう少し待ってくれ。イザークにも食べられるものを用意させたから」


 にこりと笑んだハイドロイドは、また筆記用具を取り出した。今度はノートを広げる。

「ありがとうございます。俺――僕の持ってきたものは食べない方がいいんですよね?」


大貴族様相手に俺は多分良くない。せめて僕にしよう。

「ここの食べ物は魔素が強いからね。イザークはしばらく慣れるまでフエギスの食べ物を食べた方がいい。魔力酔いしてたようだけど、もう大丈夫かい?」

「はい、だいぶ良くなりました」


 魔力や魔素は魔法関連のことだろう。水を飲んだ時はグラグラしたが、少しの間だけだった。


「申し訳ないね、手順が悪くて。フエギスならマニュアルもあって専門機関もすぐに来るんだろうけど、魔族帝国に異世界転移者がくるのはおそらく初めてなんだ」

「魔族……?ハイドロイド様は、人間じゃない……んですか??」


「この国――アストリッド国の中央は鬼神領でね。私も鬼神だし、他には五鬼と呼ばれるブルーオーガ族、レッドオーガ族、イエローオーガ族、グリーンオーガ族、ブラックオーガ族が中心に暮らす国なんだ。勿論、他領の種族も仕事でこっちに暮らす者も多い」


 まさかの人外宣告。街中でも骨格たくましい人がやたら多いと思ったら、鬼族。見かけたケモ耳の人は獣人というやつだろう。

 続けてハイドロイドは、転移者は人間国のフエギスに多いこと。どの国でも伯爵家以上からは、全自動翻訳能力を備えてること。魔族領の食べ物が美味しいのは魔素が多いことや50年前の転移者サトウ導師が日本の調味料や食べ物を流行らせたことなどを教えてくれた。


 ノックの音がして、ベイツが腕に食べ物を沢山抱えて顔を出す。そこで初めて護衛騎士が動いてその荷物を受け取った。

「この国にもフエギス料理の店はあるから、買ってきてもらったんだ」


 野菜炒め、サンドイッチ、おにぎり、クレープなどが雑多ラインナップがオシャレな机に並んだ。ポッドにはラタトゥイユのスープが具だくさんで入っている。

「ありがとうございました、ベイツさん」

ハイドロイドに通訳されて、大柄なベイツはにこりとした。笑うととても優しそうに見える。


「肉や魚は魔物だから、今は抜いてもらったんだ。卵くらいは何とかいけるかと思って」

「ああ、だからラタトゥイユなんですね。野菜の水分だけでスープになるから」

 イザークはまめに料理をしてきた。自立するためには料理が出来るに越したことはないし、手に職付けるとしたら調理関連だと思っている。


 フランス料理、日本料理、中華、母が元カレに習ったというイタリア料理――家庭料理の範囲だが、それなりに知識はあると思う。

 魔物を料理出来るかはまだ分からないが、いざとなったら料理の仕事で働けばいい。その為には言葉を教わらないとならないが。


 帰りたいという気持ちより、今は異世界にきたワクワクとどうせまだ家は喧嘩で揉めて紛争地域だろうといううんざりが強かった。

 肩の上で、猫が丸まる。


「今、うちのメイドがフエギスまで水や食料を買いに行ってるから、もし料理が出来るなら夜はうちのコックに料理を教えてもらえるかい」

「わざわざ買いに……なんかすみません」

「大したことはないよ、転送魔法があるからね」


 ハイドロイドの微笑には色気がある。女子なら倒れてたかも――と思いながら、促されてラタトゥイユにスプーンを入れた。

瑞々しいトマトの味に、ズッキーニやセロリ、甘くなった玉ねぎ、ピーマン、少量のオリーブオイルと黒胡椒、ハーブが味をぼやけないように支えている。水を飲んだ時のような酔いは起きなかった。


「美味しいです、とても」

「それは良かった」

 コーヒーを飲みながらハイドロイドは微笑する。

――貴族の前で飲食するルール、あるんだろうな。

 フォークやスプーンと一緒に箸もある。カトラリーが和洋折衷しているのは、前の転移者のお陰か。

 学ぶことは山のようにありそうだ。


「この後、専門機関にも同じことを聞かれると思うのだけど、転移してくる前の状況なんかを聞いていいかな」

 イザークは家族喧嘩が酷くて家出したこと。フランスで生まれ育った兄と姉がフランスに戻りたがって口論したり、同居することになったフランス人の祖父とイギリス人の祖母が過干渉してくること、祖母と母の折り合いが悪いこと、一切合切を愚痴た。


 スマホを出して、イザークが作った料理に物を投げられてぐちゃぐちゃになった写真などを見せると、ハイドロイドの背後にいるベイツまで興味津々に覗き込む。

――そうか、スマホを持ち込んだのは俺が最初なのか。


 祖父母が使い方が難しいと嘆くので、WiFiを繋いだりしていたのはイザークの仕事だった。

 家出先は予定になかったが、気持ちは断固として固まっていた。


 非常災害用のごつい太陽電池の充電器を持ち出してきたので、オフラインでも写真やカメラなどは今後も使えそうだ。

 庶民の家のゴタゴタなど、貴族のハイドロイドには退屈――もしくは軽蔑されるかもしれないと思ったが、割と他人事ではない顔でイザークの話を聞いてくれる。


「ちなみに……帰還方法ってないんですよね?」

ラノベの定番では大体帰還は出来ないのが鉄板だ。

「研究はされてるよ。ただまだ成功例はない」

「そうですか……」


「こっちからあちらには行った記録がない――戻れないだけなのかもしれないが。少なくともあちらからこちらに来た転移者たちは次元を超えて来ている。体験してるわけだから、再現できるかもしれない、ということだね」

 つまり、イザークも転移してきたわけだから勉強すれば可能性があるはずだ。この先どこで暮らすのか分からないがハイドロイドの対応を見ている限り、いきなり放り出されることはないだろう。

 やりたい事が増えるのはいい。


 突然、視界にふんわりと封筒が出現した。

 ハイドロイドがごく当たり前のように封筒を掴むと、中身を開ける。

「やはりこうなったか……」


端正な顔が歪んだ。何事なのか。

「イザーク……王宮に呼び出しだ」

「お、王宮??!」 

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