イザークは木が鬱蒼と茂った神社の階段に座り込んだ。
今日はもう家に帰るものか、と12歳なりの決意でリュックを背負っているが、行先は特になかった。
日本生まれ、日本育ちだが金髪碧眼のイザークは母が日本人、父がフランスとイギリス人のハーフ、祖母イギリス人の多国籍血統。
幼稚園から周りには「ガイジン」「外国人」と指さされて仲間はずれにされて育ったので、どこか達観している。
毎日のように起こる家族内の喧嘩の多さにうんざりして、とうとう神経がブチ切れた。懐中電灯、漫画とスマホと着替えとコンビニパン、おかしとお茶がリュックの中身。
漫画喫茶に寝泊まりする年齢には達していないし、親戚は概ね海外に居る。
膝を抱えて、野宿しようかと決意した。まだ家族への怒りが腹に煮えたぎり、こっそりと帰宅するのはプライドが許さない。
空はじわじわと闇が迫り、空模様も嫌な気配がする。――ふと、小さな明かりが見えて、イザークは顔を上げた。
神社と参詣道の隙間から、その光は微かに漏れてくる。
フラフラと立ち上がったイザークは、導かれるようにその明かりに踏み出した。瞬間、瞬くほどの眩しさがして、思わず目を閉じる。
体をつんざくような何かが一瞬で駆け抜けていく。
次の刹那、イザークが目を空けたところは――見たこともない景色だった。
暗い神社から、見たこともない賑わった大通りに座っていた。
舗装された道路、歩く人々の服はイギリス歴史ドラマで見たようなクラシカル。建物はテレビで見たチェコの街並みに色彩が似ている。
なにより、髪の毛が赤や青、緑や水色などカラフルで大柄な人達しかいない。現代日本の要素は欠片もなかった。
――どういう、こと?
混乱して、立ち上がろうとしても足がもつれる。 見たこともないような巨大な馬車が通り過ぎ、イザークはまた座り込んでしまった。
空の荷車を引いた男女が慌てたように駆け寄ってくる。
「――――?」
言葉が、分からない。
英語で話しかけてみた、次いでフランス語、そして日本語。どれも伝わらない。困ったような顔で話しかけてくるその言葉は聞いたこともないフレーズで。
紺色の髪の男性の方がイザークとどこか通りの向こうを逡巡するように交互に見ていたが、オレンジ髪の女性に押されるようにして駆け出して行った。
残ったオレンジ髪の女性は、背負っていたリュックと思しきものから陶器の筒をイザークに差し出してくる。
受け取ると、見た目の陶器製とは違って軽かった。身振り手振りで蓋をあけるように促されると、水筒なのが分かる。
言葉は通じないが、水を飲めという思いやりらしい。
蓋を開けると、三分の一ほど水が残っている。有難く飲むと、突如体が傾いた。
酔うというか、どこか痺れるというか。味は美味しいのに、体が受け付けないようだ。
座り込むイザークと介抱する女性が目立つのか、チラチラと店らしいものから人が覗きにきているが、イザークがふらつくのを見てどよめきが起こる。
――なんでこーなった
ここはどこなのか分からないし、水すら飲めないなら詰みだ。ジ・エンドしかない。
すると、ピンクの毛並みの猫がどこからともなくイザークの傍に寄り添った。
スナネコに似た猫はゴロゴロと喉を鳴らし、イザークの肩にのるとみゃっと鳴く。
「君が迷子かな?どちらからきたのかな」
反対側から、言葉が、聞こえた。
ふらつく体を抑えて、イザークは声がしたほうを仰ぎ見た。
「イザーク・グレイです。こんな見た目ですが、日本人です」
声の主は飾緒と襟章がついた白い軍服、かなりの長身。かぶった軍帽をぬぐと白銀の髪が流れた。随分と顔面偏差値が高い。
「ハイドロイド・トッティーモエランディールと言う、初めまして異世界転移者」