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第二十五話 零れ落ちた光と導きの鍵

 ルカは街外れに出現した魔獣の群れをなんとか討伐し終え、駆け足で広場へ戻ってきた。


 同時多発的に発生した〝マナ欠乏症〟により多くの民衆が倒れ、大混乱に陥った聖都。だが、救護に駆けつけた騎士や神官のおかげで、最悪の急場はひとまず収まったかに見える。


 しかし、そこにイリアの姿がない。ルカは埃を舞わせて右往左往する人々を視界の端で捉えながら、声を張り上げた。



「イリア、どこ……!?」



 街の一角を探し回るが、それらしき人影はない。もしかしたら先に教団本部へ戻ったのかもしれないと考え、ルカは聖堂やイリアの自室、さらには謁見の間や密議の間まで足を運んだ。



(どこにいるの、イリア!)



 ところがどこを探しても見当たらない。

 リンクベルも繋がらず、焦燥感が募る。



(やっぱり、一人にするんじゃなかった……)



 イリアの頼みとはいえ、彼女の傍を離れたことをルカは後悔した。

 そして、こんな時に限って枢機卿や教皇ノエルの姿も見当たらず、教団内は騒然としている。



(一体何が起きているの)



 ルカはあてもなく廊下を走った。

 混乱に沸く信徒をかき分けて、誰か、誰でもいいから、何か知っている人はいないか、手掛かりを求めて。


 そうして、短くも長い時間駆け回り、見覚えのある司祭──ジョセフ付きの司祭とすれ違う。ルカは見逃さず、咄嗟にその肩を掴んで問い質した。



「貴方、ジョセフ猊下げいかの付き人よね?」


「そ、そうですが……」


「猊下、もしくはレーシュが何処へ行ったか知らない!?」



 襟元を締め上げるように詰め寄る。司祭は苦し気に顔を歪めて「レ、レーシュ様なら、祈りの間のノエル聖下の元へ」と、息を詰まらせながら教えてくれた。



「エル──教皇聖下の元へ……?」


「聖下が、枢機卿団カーディナルがたの反対を押し切って、何らかの実験を強行したらしいのです。聖都の混乱は、そのせいで……レーシュ様は、それを、止めに……っ」



 呼吸がままならずに、青ざめた顔をする司祭に気付き、ルカを手を離す。



「祈りの間ね。ありがとう!」



 ノエルが行った実験の概要も気になるが、今はイリアが祈りの間へ向かった、その情報だけで十分。



(イリア……!)



 ルカは言い知れぬ胸騒ぎを覚え、不安に駆られながら、祈りの間があるオーラム神殿へと急いだ。



❖❖❖



 訪れた神殿は、いつもと様子が違っていた。

 入口に配置されている騎士の姿はなく、扉が不用心に開け放たれている。


 地面には何かを引きずったような跡。それは神殿の中へ続いており、おそるおそる、中へ足を踏み入れた。


 途端に、不気味に静まり重苦しい空気が漂う空間に、気分が悪くなる。



(なんなの……この感じ)



 以前、パール神殿へ足を踏み入れた時は、清らかな気配に浄化される思いだったが、それとは真逆。ここにいるのは危険だと、本能が警鐘を鳴らしている。


 だが、視線の先に〝ある光景〟を捉えて、思考するよりも早く体が動く。ルカは刀を抜き放ち、地を蹴った。



「──イリア!」



 力なく項垂れる彼女が、漆黒の鎧を纏った帝国の兵と思わしき人物に抱きかかえられる姿が映ったのだ。その足元には、白銀の鎧を鮮血に染めた騎士の躯体が数体転がり、隣では使徒アインが愛らしくも妖艶な笑みを浮かべている。



「あら、レーシュの騎士ナイト様。存外に早かったですねぇ」



 アインが首を傾げると、髪に飾られた三日月形の金の髪飾りが光を反射して、目が眩んだ。



「アイン、どういうことなの? イリアを、放しなさい!」


「それはできない相談です。お姫様には役目を果たしてもらわないと。あのお方も枢機卿団カーディナルも、それを望んでいますからね」



 アインが黒いドレスの裾をつまんでお辞儀する。同時に、辺りに黒霧が立ち込め、その中から魔獣らしき影が複数飛び出した。


 ルカは条件反射で足を止めて、自分へ襲い来る影を斬り払う。それは実体のない幻影。一太刀で容易く霧散したが、一体、二体と斬り伏せるそのひと時が、致命的なタイムロスとなった。



「ごめん遊ばせ、騎士ナイト様」



 ルカが影と戯れている間に、濃い霧が瞬く間にアインと、イリアを抱えた騎士を包んだ。


 そうして、次の瞬間。影へ飲み込まれるようにして霧が晴れると──彼女たちの姿はどこにもなくなっていた。



「な──イリア……っ!」



 ルカは奥歯を噛み締める。やられた、と思った。

 一瞬でも足を止めてしまったことを悔やんでも悔やみきれない。



(手を伸ばせば、届く距離にいたのに……!)



 ルカは行き場のない思いをぶつけるように、渾身の力で刀を床へ突き立てた。

 こんなことをしても意味がない。わかっていても、そうするしかなかった。



「守るって、誓ったのに、私は……っ」



 自分の不甲斐なさに腹が立ち、唇を噛んで俯いた。そんな時だ。


 うっすらと光を放つ──馴染み深い〝それ〟が白い大理石の床に落ちているのを見つけたのは。



「これは……イリアの、ペンデュラム……?」



 イリアの瞳と同じ、淡い青色のペンデュラム。鎖の切れたそれが落ちていた。

 ペンデュラムは彼女が大切にしている宝物だ。母親の形見だと聞いたことがある。


 拾い上げると、ペンデュラムは突如として熱を帯び、激しく発光し始めた。



「え、光って……」



 ルカは瞠目する。その間にも、ペンデュラムの輝きは増してゆき、やがて閃光を放ったのちに集束。一筋の光となって祈りの間の扉を差し示した。


 まるで、しるべのようだとルカは思った。

 けれども、あの先は、女神の血族でなければ開けられない聖域のはず。ルカには立ち入るための資格がない。



(でも、何故だろう。……行ける、気がする)



 ルカは床に突き立てたままの刀を鞘に納め、光を放つペンデュラムを胸で握り締めて進んだ。

 固く閉ざされた扉の前へ立ち、幾何学模様の魔法陣が浮かぶ扉へそっと触れる。


 すると、触れた部分から水面に雫を落としたように金の波紋が広がって、魔法陣が消えた。鍵の外された重々しい扉がゆっくりと開かれる。隙間から吹き出す冷たい空気が、ルカの頬を撫でた。



「……開いた」



 ステンドグラスから差し込む清浄な光にあふれた、静謐なる祈りの間へ入室すると、今度はペンデュラムが地下を差し示した。



(地下には、宝珠の祭壇セフィラ・アルタールがある。そしておそらく、エルも……。ひとまず下りてみよう。エルに、アインの行動の意味を問い質すのよ……!)



 原理はわからないが、ペンデュラムがあれば封印を越えられる。ルカは淡い光を放ち続けるペンデュラムを手に宝珠の祭壇セフィラ・アルタールを目指した。

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