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第二十二話 禁書庫の隠者が示す三つの理

 ディラ・フェイユ教皇庁きょうこうちょうの敷地に建てられた大図書館。ルカが雄大な建物の中へと足を踏み入れると、視界に数多の書物が整然と並べられた書架が飛び込んできた。

 吹き抜け構造の二階にも所狭しと書架が林立している光景は圧巻だ。


 ルカは「うわぁ……」と感嘆をもらすイリアとともに司書の案内を受け、図書館の最奥の扉をくぐり──地下にある禁書庫へと辿り着く。


 幾重にも施錠と結界が張られた地下書庫の扉が開かれると、古めかしい埃のにおいが鼻を突いた。かすかな魔術灯の青白い光が、延々と並ぶ書架を照らしている。


 司書は「禁書庫に保管されている品は一切の持ち出しが禁止されております。くれぐれもご注意を」との言葉を残して、一礼したのちに下がって行った。



「ここが禁書庫……思ったよりも数が多いわ。少し骨が折れそうね」


「ルカ。探すのは、女神の血族の記録、魔神との戦いの歴史、術式の理論書あたり……かな?」


「そうね。惑星延命術式女神のゆりかごに頼らない方法、たとえばそれに代わる別の術式を構築する、もしくは根本の原因である魔神まじんを排除するための手掛かりを見つけられれば……。手分けして頑張りましょう」



 ルカがイリアへ視線を落とすと、彼女も瞳を見つめ返し、力強くうなずいた。


 ここにならばきっと何か手がかりが見つかるはず。

 ルカはそう信じて、書架の間を進んだ。


 それらしき古い巻物や書物を手に取って開く。いずれも分厚く、中には題名のないもの、今は使われていない古代語で書かれたものもあり、解読に時間がかかりそうだ。


 数十分が過ぎた頃。備え付けられた机で書架から抜き出した文献を漁っていると、隣に座るイリアが「そっちはどう?」と声をかけてきた。が、ルカは首を横に振る。

 決定的な解決方法へと至るものには、まだ出会えない。



「中々、見つからないね。収穫と言えば、初代の【世界】の使徒〝タヴ〟が魔神まじん権能けんのう──〝破壊の力〟を奪った記述を見つけたくらいかな。タヴはエターク王国の祖になったことも書かれていたわ」


「私の中に眠ると言う力ね。エターク王族は少し特殊な力を持って生まれる者が多いけど、タヴの血脈であることが関係してるのかしらね」


「多分、ね。紅眼ルージュと呼ばれるエターク王族特有の紅い瞳も、もしかしたら……」



 歯切れ悪くイリアは口をつぐむ。それについてはルカも一つの仮説に行きついた。



「魔神の先兵と言われる魔獣は、赤い瞳をしている。なら、私たちも──と考えるのは、自然の流れよね」



 確証はないが恐らく。魔神に何かしら感化されているのだと思われる。



「ゼノンが魔神の意思を宿すことになったのも、そのせいかもしれないわね。……それがわかったところで、どうしようもないのだけれど」


「ルカ……」



 イリアが淡く優しい勿忘草色の瞳を揺らして見つめて来る。ルカはそんなイリアのすべらかな頬を撫でた。



「そんな顔しないで。私は大丈夫だから。それよりも、ゆりかごをどうにかする方法を探しましょう」


「……うん。ありがとう、ルカ」



 頬へ添えた手に、イリアの手が重ねられる。柔らかく微笑んだ彼女と数秒見つめ合う。


 赤らんだ頬、手のひらから伝わる体温、色付く唇──トクトクとルカの鼓動が早まる。

 イリアの眼差しは、まるでその先を期待しているかのよう。思わず、顔を寄せてしまいそうになった。


 だが、今はそんなことをしている場合ではない。ルカはあふれ出そうな想いを理性で押さえつけ、名残惜しくも手を離す。

 照れ隠しに顔を逸らすと「……ルカ?」と戸惑いがちに名を呼ぶ、高音域ソプラノの声が聞こえた。



「ほら、時間も限られているし、気合い入れてやるわよ」



 ルカは文献に視線を落として、パラパラとページをめくる。イリアが小さな声で「……ルカのバカ」と呟いた気がするが、聞こえないフリをした。



(……一度手が出たら、止められそうにないもの。我慢よ)



 そこからさらに数十分。ルカは雑念を振り払うように没頭した。


 けれど、進捗は芳しくない。



「……秘匿されてきたから、と言うのもあるのでしょうけど、これまで誰も成し得なかった道を探すのはやっぱり簡単じゃないわね」



 ルカは目頭を揉んでため息を吐く。



「いっそ一度全部壊して、作り直せたら楽なのにね。それこそ、創造の女神ルクスの御業のように……」


「ルカってば……そんなことしたら、世界が滅びてしまうわ。私は、自分が助かる代わりに、誰かを犠牲にするやり方は、嫌だよ」


「わかっているわよ。私は、イリアの意思を尊重する。だから、貴女と世界、どちらも救える道を探すわ」



 肩をすくめて、笑って見せる。と、イリアがほっと安堵した表情を浮かべた。


 意思を尊重するとは言ったが、あくまで〝イリアが生きる〟ことが前提だ。その上で世界を救う──それが、ルカの考える最善である。



(もし、打つ手がなくて、イリアを生贄に永らえるしかないなら……。その時は、理想郷アルカディアも終わりね。私は、イリアを犠牲にしてまで生きるつもりはないから)



 そんなことを考えていると、



「ふぅん。破壊して再構築——か。その考え自体は、間違いじゃないかもね」



 不意に誰かの声がした。

 驚いて振り向くと、書架の死角に隠れるように座り込んだ小柄な男の姿がある。


 神学校で規定された白いダボダボのローブを纏い、淡く薄い水色の長い髪をボサボサに伸ばした風変わりな人物だ。まだ若い。神学校の生徒、だろうか。


 つかみどころのないがこちらを見据える。

 反射的にルカとイリアが身構えると、男はゆるりと手をひらひら振って「攻撃的なお姉さんたちだね」と飄々ひょうひょうと呟いた。



「貴方……! ここで何をしているの?」


「安心してよ、敵対する意思はないから。ボクは研究が大好きなだけの変わり者。名乗るほどでもないんだけど……あえて名乗るなら、〝隠者ヨッド〟と言えばわかる?」



 軽い調子で言ってのける男に、ルカとイリアは警戒心を解けないまま「隠者ヨッド……」と呟く。それは女神の使徒アポストロスの使徒名だ。しかし、在位する使徒の中に、この男の姿を見たことはない。


 ヨッドと名乗る男は、ローブの埃を払って立ち上がり、にこりと笑った。



惑星延命術式女神のゆりかごのシステムを改変したいんだよね? 破壊して再構築。いい考えだと思うよ。ただ、そのためには手札が足りないね」


「……なにか、知っているの?」


「もちろん。ヨッドは〝知の賢者〟だからね。アカシャを通じて、歴代の知識を蓄積しているよ。ボクの話、聞いてみる?」



 ヨッドが長い前髪をかき分けて、額に刻まれた聖痕を露わにする。あれはゆるぎない使徒の証。

 ルカは構えを解いて、彼の話に耳を傾けることにした。



「ルカ、いいの……? 彼は……」



 背後でイリアが狼狽えている。気持ちはわかるが、可能性があるのなら何であれ利用するまでだ。



「ええ。〝敵〟かどうか、判断するのは彼の話を聞いてからでも遅くないわ。……聞かせて、ヨッド。貴方の考えを」



 ルカはヨッドの黄金眼レジュー・ドール紅眼ルーシュで射抜き、問う。

 彼は軽く肩をすくめて「いいよ」と笑い、手に持った古びて分厚い本を開いた。



「……惑星延命術式女神のゆりかごを再構築するのに必要な要素は、三つ。一つは〝破壊の力〟。これは貴女が持っているね」



 ルカが戸惑いながらも、こくりとうなずくと、ヨッドは笑みを深めて目を細める。



「二つ目は〝創造の力〟。これは、【法王】……女神の代理人であるノエル聖下が持っている」


「ノエルが……?」


「うん。あらゆる病を癒すと言われる教皇の奇跡〝浄化の光ディ・ピュリフィ〟の真髄は、治癒ではなく。ながーい歴史の中で、忘れてしまっているみたいだけどね」



 これまでに聞いた事のない内容に、ルカは息を飲んだ。にわかには信じがたい。けれどそこにこそ、イリアの運命を変える鍵があるのだろう。



「最後の一つは……何?」



 呟いて、静かに残りの言葉を待つ。柔らかな黄金眼レジュー・ドールの眼差しが、イリアへと向けられる。



「最後は〝調和の力〟。女神の器たる【女教皇】を宿した者……貴女の〝歌〟が鍵になる。この三つの力の合わせ技で、理論上はどうにかなるはずだよ。理論上は……ね」



 ヨッドは開いた本を音を立てて閉じて、妖しく笑う。



「つまり、こういうこと。破壊の力で惑星延命術式女神のゆりかごを壊し、創造の力で再構築しつつ、調和の力で世界のマナを繋ぎ合わせるんだ。ま、実際に上手く行くかどうかはやってみないとわからないし、博打みたいなところもあるけどねぇ。ボクの話を信じるかどうかは、貴女たちの自由だよ」



 ヨッドは緊張感の欠片もなく言い終えると「じゃあ、ボクは研究に戻るから」と、薄暗がりへ溶けるように消えていった。何とも読めない人物だ。


 静まり返った室内で、イリアが「今の話……どう思う?」とルカに問う。

 ルカは黙って拳を握り、瞼を伏せる。



「……正直、鵜呑みには出来ない。でも、希望があるなら試してみたいわ」



 課題も多く、この案を提唱しても反発は必須だろう。イリアも神妙な面持ちだ。だが、諦めたらそこで終わってしまう。



「イリア、やってみましょう。たとえわずかな可能性でも、賭ける価値はあるわ」


「……わかった。ルカを信じるわ。私たちの力で、世界を変えよう」



 三つの力を繋ぎ合わせ、女神の宿命を塗り替える──その儚い可能性を握りしめ、ルカとイリアは並んで闇を抜け出す。


 曇天の先に微かな光が差し込むように、不確かな希望こそが未来への道標になると信じて。

 破壊と創造を、調和へと導くために──。

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