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第十九話 裂ける大地に甦る影

 王都オレオールを訪れてから二日──。

 その間、ルカはイリアとともに、公爵邸でユリエルと双子の姉妹と和やかな時間を過ごした。


 そして今日。エターク王国・王都オレオールでも、ナビアやホド連邦と同じように〝賛美歌シャンティールの披露〟が行われる日がやって来た。


 場所は城壁のすぐ内側に広がる商店街マーケットと、一般居住区の間にある広場。

 石畳が広がるそこには即席の舞台が設けられ、周囲を騎士が警戒に当たっている。


 その一角で、ルカの見守る中、銀糸の髪を珍しく襟足の左右で二つに結んだ彼女が、背筋を伸ばし、呼吸を整えた。



「変……じゃないかな?」



 そわそわとした様子で問いかけるイリアの衣裳は、純白の教団服ではなく、双子の姉妹が用意した青を基調としたもの。

 短めのフリルスカートは少し大胆さもあるが、背を飾るレースのリボンが神秘的な印象を与えた。



「大丈夫。とっても似合っていて、可愛いわよ?」


「本当? こういう衣装は、着慣れなくて……」


「本当よ。自信を持っていいわ。頑張ってね」


「うん。私の歌で、みんなの心を少しでも癒せたらいいな」



 王都の空気も重く沈んでいる。


 ザフィエルやラフィールよりは活気づいているが、二年前の帝国との爪痕は大きい。大切な人を失った人々の恨み辛みが街の陰に漂っている。


 イリアが舞台へ上がり、帯刀したルカが護衛として壇下に立つ。



「みなさん、集まっていただきありがとうございます。私は女神の使徒アポストロス【太陽】のレーシュ。今日は……」



 微笑みを浮かべて観衆へ言葉を投げかけるイリアを無視して、「この人殺し!」「何であいつがここにいるんだ」「悪魔! あの人を返して……!」と、敵意の込もった視線や侮辱の野次があちこちから聞こえてきた。



(……これは彼らの心の叫び。私が一生背負い続けていくもの)



 ルカはそれらを静かに受け止める。どう償えばいいかは、まだわからないけれど、耳を塞いではいけない。


 不穏な空気を心配して、視線を送るイリアにルカは気付く。だが、「大丈夫」とうなずいて合図した。

 意図を察したイリアがうなずき返し、しっかりとペンデュラムを握る。



「みなさんの怒り、嘆き悲しみはわかります。でも、どうか……聴いてください」



 そう語りかけて、紡ぐ。透き通った高音ソプラノの響きを──。



『……夜空に輝き漂う 銀色の羽根

 月が照らすは 静寂の道


 命の終わり 迷える愛し子を誘うように

 こぼれ落ちた雫が 柔らかなる調べを奏でる……』



 これは鎮魂歌レクイエムだ。

 哀しくも優しい音が広場の隅々へ染み渡り、頑なな人々の心を溶かしにかかる。


 しかし──その〝始まりの一節〟が終わりかけた時だった。



 ゴゴゴッ……!


 と、低い地鳴りを響かせて突然、地面が揺れた。

 観衆に動揺が走って、誰かが悲鳴を上げる。


 すぐに霧雨のような微細な震動ではなく、地の底から突き上げる大きな揺れへと変わった。

 ルカは素早くイリアのもとへ駆け寄り、彼女を腕の中に庇いながら膝を折る。



「イリア、大丈夫?」


「地震……? でも、何か……軋んで……っ。まさか、結界が──」



 顔を歪ませたイリアが、小声で何かを呟いた。

 けれど、観衆のどよめきが高まっていて聞こえない。


 揺れはどんどん強くなっていく。上へ下へと激しく波打ち、やがて地面に亀裂が走った。


 まるで〝何か〟が這い出ようとしているかのような、嫌な感覚を覚えていると──大地が裂けて、〝漆黒の大穴〟が口を開けた。



(あれは……!?)



 空間が歪んで見える。ただの地割れではないと悟り、ルカは息を呑んだ。


 直後、揺れが緩やかな収束を見せると同時に、漆黒の大穴から禍々しいオーラをまとった魔獣が次々と姿を現わす。絶望を思わせる吠え声が轟く。



「ま、魔獣……っ! 逃げろ!」


「ぅわあああっ!」



 民衆が一斉に逃げ惑った。騎士たちが慌てて陣を組み、応戦態勢に入ろうとするが、混乱が先に立つ。



「一体、何が起きてるの……!?」



 理解の追いつかない状況にルカは惑った。が、己の本分を忘れてはいない。


 唸り声を上げて迫る、灰毛の狼に似た魔獣・魔狼まろうが視界に入った。

 イリアを背に隠す。そして、鞘に納めた刀の柄頭を握って、魔狼が食らいつこうとした瞬間、抜刀。


 〝居合・一閃〟の下に斬り捨てた。


 そのまま、立て続けに襲い来る魔狼を、流れるように捌く。

 漆黒の大穴が蜃気楼のようにゆらめく度に、様々な魔獣がそこから現出している。


 ルカは軽く舌を打った。



「なんなの、あれ……キリがないじゃない!」


「わからない……けど、詠唱歌うたうわ。魔獣の数を減らさないと」


「了解。援護と護衛は任せて」



 イリアが「お願い」とうなずいて胸に手を当てる。

 ルカは刀を構え、向かって来る魔獣を視界に捉えた。



『──つむぐは、天よりとどく雷鳴の賛歌』



 凛々しく、美しい旋律を、イリアが紡ぐ。マナが銀のきらめきを放ち舞い踊っている。



『天空をかけ雷霆らいてい 立ち塞がる者

 神なる稲妻が裁きを下すだろう』



 ルカは歌声を背に受けながら、一体、二体、と現れる魔獣を斬り伏せていく。



『響け 雷鳴の賛歌

 恐れよ 聖なる鉄槌』



 イリアの纏うマナが紫の色をび、パチパチと小さな放電音を放つ。

 数を増やして牙を剥く魔獣を、彼女に近付けさせはしない。絶対に。



『天より轟き 紫電の旋律となれ』



 術の完成はもう間もなく──。

 ルカが火の粉を払うように刀を薙いだ。次の瞬間。



『いざかけよ 神聖なる雷光ディ・アラージュ・エクレール!』



 天から轟音ごうおんめいを響かせ、燦然さんぜんと紫に明滅する雷電が落ちた。

 広場を埋め尽くす勢いの魔獣に向かっていくつもの稲妻が、容赦なく降り注ぐ。


 「さすがね」とルカは口角を上げた。

 女神の使徒アポストロス【太陽】のレーシュ──イリアが冠する祝福アルカナの力は、殲滅と浄化。


 彼女は民衆に〝女神の歌姫〟として知られる一方、戦場では〝旋律せんりつ戦姫せんき〟と呼ばれ、おそれられていた。


 イリアの殲滅魔術を受けて、着実に魔獣の数が減って行く。



(よし、この調子なら……!)



 ──押し切れる。

 そう確信して、ルカは柄を握る力を強めた。


 だが、事態は思いがけない方向へ進むことになる。



「……へぇ、すごいね。これが女神の器たる〝神聖核コア〟と成り得る者の力か」



 愉悦の滲む低い音域の声バリトンボイスが漆黒の大穴の奥から聞こえた。

 咄嗟に視線を投げると、また大穴が揺らぐ。


 そして瞬きのうちに、金色の光を帯びた白いローブ姿の集団が出現する。


 すそに、翼ある杖に双頭の蛇がからみつく紋様の施されたローブの合間から、漆黒の鎧を覗かせた彼らは──帝国の兵だ。間違いない。


 その先頭に立つ男の姿を、ルカは見逃さなかった。



「……ゼノン……?」



 まばゆい金髪に、柘榴石ガーネットを思わせる紅眼ルージュの瞳。

 張り紙やラフィールで見た姿と同じ、過去の記憶にも焼き付いて忘れられない、懐かしい人。



「久しぶり、ルカ。……会いに来たよ、私の婚約者フィアンセ



 爽やかな笑顔を浮かべて、けれどもかつてとは違う禍々しい雰囲気を纏う彼に、ルカの鼓動が大きく跳ねた。

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