王都オレオールを訪れてから二日──。
その間、ルカはイリアとともに、公爵邸でユリエルと双子の姉妹と和やかな時間を過ごした。
そして今日。エターク王国・王都オレオールでも、ナビアやホド連邦と同じように〝
場所は城壁のすぐ内側に広がる
石畳が広がるそこには即席の舞台が設けられ、周囲を騎士が警戒に当たっている。
その一角で、ルカの見守る中、銀糸の髪を珍しく襟足の左右で二つに結んだ彼女が、背筋を伸ばし、呼吸を整えた。
「変……じゃないかな?」
そわそわとした様子で問いかけるイリアの衣裳は、純白の教団服ではなく、双子の姉妹が用意した青を基調としたもの。
短めのフリルスカートは少し大胆さもあるが、背を飾るレースのリボンが神秘的な印象を与えた。
「大丈夫。とっても似合っていて、可愛いわよ?」
「本当? こういう衣装は、着慣れなくて……」
「本当よ。自信を持っていいわ。頑張ってね」
「うん。私の歌で、みんなの心を少しでも癒せたらいいな」
王都の空気も重く沈んでいる。
ザフィエルやラフィールよりは活気づいているが、二年前の帝国との爪痕は大きい。大切な人を失った人々の恨み辛みが街の陰に漂っている。
イリアが舞台へ上がり、帯刀したルカが護衛として壇下に立つ。
「みなさん、集まっていただきありがとうございます。私は
微笑みを浮かべて観衆へ言葉を投げかけるイリアを無視して、「この人殺し!」「何であいつがここにいるんだ」「悪魔! あの人を返して……!」と、敵意の込もった視線や侮辱の野次があちこちから聞こえてきた。
(……これは彼らの心の叫び。私が一生背負い続けていくもの)
ルカはそれらを静かに受け止める。どう償えばいいかは、まだわからないけれど、耳を塞いではいけない。
不穏な空気を心配して、視線を送るイリアにルカは気付く。だが、「大丈夫」とうなずいて合図した。
意図を察したイリアがうなずき返し、しっかりとペンデュラムを握る。
「みなさんの怒り、嘆き悲しみはわかります。でも、どうか……聴いてください」
そう語りかけて、紡ぐ。透き通った
『……夜空に輝き漂う 銀色の羽根
月が照らすは 静寂の道
命の終わり 迷える愛し子を誘うように
こぼれ落ちた雫が 柔らかなる調べを奏でる……』
これは
哀しくも優しい音が広場の隅々へ染み渡り、頑なな人々の心を溶かしにかかる。
しかし──その〝始まりの一節〟が終わりかけた時だった。
ゴゴゴッ……!
と、低い地鳴りを響かせて突然、地面が揺れた。
観衆に動揺が走って、誰かが悲鳴を上げる。
すぐに霧雨のような微細な震動ではなく、地の底から突き上げる大きな揺れへと変わった。
ルカは素早くイリアのもとへ駆け寄り、彼女を腕の中に庇いながら膝を折る。
「イリア、大丈夫?」
「地震……? でも、何か……軋んで……っ。まさか、結界が──」
顔を歪ませたイリアが、小声で何かを呟いた。
けれど、観衆のどよめきが高まっていて聞こえない。
揺れはどんどん強くなっていく。上へ下へと激しく波打ち、やがて地面に亀裂が走った。
まるで〝何か〟が這い出ようとしているかのような、嫌な感覚を覚えていると──大地が裂けて、〝漆黒の大穴〟が口を開けた。
(あれは……!?)
空間が歪んで見える。ただの地割れではないと悟り、ルカは息を呑んだ。
直後、揺れが緩やかな収束を見せると同時に、漆黒の大穴から禍々しいオーラをまとった魔獣が次々と姿を現わす。絶望を思わせる吠え声が轟く。
「ま、魔獣……っ! 逃げろ!」
「ぅわあああっ!」
民衆が一斉に逃げ惑った。騎士たちが慌てて陣を組み、応戦態勢に入ろうとするが、混乱が先に立つ。
「一体、何が起きてるの……!?」
理解の追いつかない状況にルカは惑った。が、己の本分を忘れてはいない。
唸り声を上げて迫る、灰毛の狼に似た魔獣・
イリアを背に隠す。そして、鞘に納めた刀の柄頭を握って、魔狼が食らいつこうとした瞬間、抜刀。
〝居合・一閃〟の下に斬り捨てた。
そのまま、立て続けに襲い来る魔狼を、流れるように捌く。
漆黒の大穴が蜃気楼のようにゆらめく度に、様々な魔獣がそこから現出している。
ルカは軽く舌を打った。
「なんなの、あれ……キリがないじゃない!」
「わからない……けど、
「了解。援護と護衛は任せて」
イリアが「お願い」とうなずいて胸に手を当てる。
ルカは刀を構え、向かって来る魔獣を視界に捉えた。
『──
凛々しく、美しい旋律を、イリアが紡ぐ。マナが銀の
『天空を
神なる稲妻が裁きを下すだろう』
ルカは歌声を背に受けながら、一体、二体、と現れる魔獣を斬り伏せていく。
『響け 雷鳴の賛歌
恐れよ 聖なる鉄槌』
イリアの纏うマナが紫の色を
数を増やして牙を剥く魔獣を、彼女に近付けさせはしない。絶対に。
『天より轟き 紫電の旋律となれ』
術の完成はもう間もなく──。
ルカが火の粉を払うように刀を薙いだ。次の瞬間。
『いざ
天から
広場を埋め尽くす勢いの魔獣に向かっていくつもの稲妻が、容赦なく降り注ぐ。
「さすがね」とルカは口角を上げた。
彼女は民衆に〝女神の歌姫〟として知られる一方、戦場では〝
イリアの殲滅魔術を受けて、着実に魔獣の数が減って行く。
(よし、この調子なら……!)
──押し切れる。
そう確信して、ルカは柄を握る力を強めた。
だが、事態は思いがけない方向へ進むことになる。
「……へぇ、すごいね。これが女神の器たる〝
愉悦の滲む
咄嗟に視線を投げると、また大穴が揺らぐ。
そして瞬きのうちに、金色の光を帯びた白いローブ姿の集団が出現する。
その先頭に立つ男の姿を、ルカは見逃さなかった。
「……ゼノン……?」
まばゆい金髪に、
張り紙やラフィールで見た姿と同じ、過去の記憶にも焼き付いて忘れられない、懐かしい人。
「久しぶり、ルカ。……会いに来たよ、私の
爽やかな笑顔を浮かべて、けれどもかつてとは違う禍々しい雰囲気を纏う彼に、ルカの鼓動が大きく跳ねた。