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第十八話 消えぬ傷痕と偉大なる母の愛

 王都オレオール——ルカは己の過去と向き合うための一歩を踏みしめ、街の中心に位置する王城へと向かった。


 街に入った瞬間の冷たい視線は、王城へ続く通行門に来ても変わらない。

 身元確認の検問では、兵に舌打ちをされ「仲間殺しの罪人め」と憎悪の呟きを贈られた。


 見兼ねたイリアが眉を吊り上げ、反論の姿勢を見せたが、ルカは静かにそれを制する。


 騒ぎ立てたところで無意味だ。この問題は簡単に解決できはしない。

 もしかしたら一生かかっても、無理かもしれない。


 それほどの過ちを、犯してしまったのだから。


 その代わり——。



「案内は不要よ。勝手知ったる王城だもの、自分の足で出向くわ」



 嫌悪を隠そうともしない兵が先導しようとするのをルカは断った。


 かくして、ルカはイリアとともに謁見の間へと赴く。


 広く高い天井に、左右から陽光が差し込む様に設計された間は明るく見通しが良く、おごそかでありながら絢爛けんらんだ。


 金の縁取りが施された赤く細長い絨毯の敷かれた先には、近衛騎士の守る玉座がある。



(……私もあそこにいたことが、あった)



 苦々しく思い返しながら玉座に目を向けると、王の威厳いげんを示す豪奢な衣装をまとった、熟年の男性が鎮座していた。


 ルカは玉座の前まで来ると、胸に手を当て、イリアと共にこうべを垂れる。



「ご無沙汰しております、伯父おじう──国王陛下」


「お久しぶりです、陛下。女神の使徒アポストロス【太陽】のレーシュがご挨拶致します」



 男はレックス・ティル・グランルージュ・エターク。

 この国の王にして、ルカの伯父だが、公の場で為政者として対面している以上、私情は挟めない。


 〝紅眼ルージュ〟と呼ばれるエターク王族の特徴、柘榴石ガーネットにも例えられる瞳がルカを睨む。

 顎鬚が強面に拍車をかけ、王に相応しい風格を出していた。



「ああ、レーシュ殿。その節は世話になったな、感謝している。

 そして……久しぶりだなルカ。……今は〝ペイ〟と呼んだ方が良いか。あの忌まわしきディチェス平原の争乱より二年余り。故郷を捨てたお前と、こうして顔を合わせる日が来ようとはな……」



 棘のある言葉、渋い声には憤りが混ざっているのを感じる。


 無理もない。ディチェス平原の争乱で、多くの騎士や兵士が命を落とす元凶となったのは、ルカの力が暴走したせいなのだから。

 これは周知の事実であり、変えられない過去。



(ゼノン……カレン……)



 この城は二人と楽しく過ごした思い出がたくさん詰まった場所だ。



(私は伯父上から大切な人を……あまりにも、あまりにも多くのものを、奪ってしまった。恨まれて当然なのよ……)



 ルカは悔恨と哀しみを噛み締めて膝を折り、深く頭を下げる。



「陛下……申し訳ございません。私の力及ばず皇太子殿下と王女殿下をお守り出来なかったばかりか、あのような大惨事を……。負い目から帰国することさえ躊躇われ、今さら、本当に申し開きのしようも、ありません」


「……謝罪を並べたところで、失われた者たちは帰って来ない。お前が多くを奪った咎人だという事実が消えないようにな」



 胸が締め付けられて痛む。記憶にこびりついたあの日の惨状。

 それを思い返せば、言葉では言い尽くせない罪悪感があふれて、押し潰されそうになった。


 けれど、向き合うと決めた以上、いつまでも俯いているわけにはいかない。


 周囲に控える国の重鎮の貴族たちから賛同するような囁きも聞こえ、重苦しい空気が漂う。

 そんな中、ルカが次の言葉を口にしようと顔を上げたその時。



「まったく、この国はいつからこんなに狭量になってしまったのかしらね」



 よく通る凛とした高い声が響いた。弾かれたように声の主に視線を送る。

 すると、緩やかなウェーブのある桃色の髪を揺らし、淡いくれないの瞳を輝かせた女性が歩み出た。



「無論、ディチェス平原での惨劇は看過できない。だけど、一人にすべての責任を背負わせるなど馬鹿げているのではなくて? お義兄様」



 煌びやかな軍人の礼装をはためかせて、陛下の前に立ったその人は〝迅雷〟の異名を持つ魔術師ユリエル・フォン・グランベル。ルカの母親だ。


 「ユリエル元帥、無礼ですぞ!」と貴族の一人が声をあげる。

 その発言に、他の貴族も追従した。



「我々があの戦いでどれほどの犠牲を払ったか、お忘れか? 貴女も夫君……王弟レナート様を亡くされたではありませんか」


「それともレナート様の忘れ形見、娘だからと身内贔屓びいきしているのですか? 感心致しません」



 貴族のたちが低く唸るように言い放った。しかしユリエルはまるで取り合わず、鋭い瞳で周囲を睥睨へいげいする。




「身内贔屓びいき、ですって? ええ、その通りよ。だからなんだと言うの? 私は元帥、国軍のトップである前に、この子の母親なのよ。我が子を想う気持ちを、否定される覚えなどないわ!」



 語気を強めたユリエルの剣幕に、その場の人々が黙り込む。陛下も無言で、複雑な顔を浮かべている。


 さらに、畳み掛けるようにユリエルは続けた。



「もちろん、ルカが犯した過ちは消えない。やり場のない怒り悲しみを、あの子にぶつけたくなるのもわかります。けれど、ルカだけを責めても何の救いにもならないことは、お義兄様もわかっておいででしょう?」



 空気が張り詰める。


 どこにいても、誰を前にしても、ブレることなく己を貫き堂々と意見をぶつける母の姿勢は、昔から変わらない。

 頼もしく愛情深い母の姿を目にして、ルカの胸に込み上げるものがあった。


 陛下が苦い表情を浮かべて、拳を握りしめる。



「……わかっている、わかっているのだ……私にも責任の一端はある。だが、ゼノンとカレンをあの戦いで失い、後を追うように王妃まで──。

 ……すまない、これは、私情だな。一国の王らしからぬ恥を晒した」



 漆黒の前髪を掻き上げ、弱々しく瞼を伏せた陛下の呟きに、ユリエルが静かにうなずいた。それからルカへ向き直る。



「ルカ、あなたは誇り高きグランベル公爵家の……私の娘。卑屈になる必要なんてないのよ」



 穏やかな声色こわいろで語り見つめて来るユリエルの瞳は、まさしく子を想う母の慈しみ深さを表していた。


 母の想いに、胸の内と目頭に熱いものが込み上げる。

 だがこの場でさらけ出す訳にもいかず、ぐっと堪えた。


 陛下をはじめ、貴族たちは黙り込んでいる。


 微妙な空気が流れているが、ルカとイリアはユリエルに連れられる形で謁見の間を後にして、公爵家の邸宅へと向かった。



❖❖❖



 グランベル公爵家の邸宅の扉を開いて、真っ先に出迎えたのは「お姉様!」という嬉しそうな高い声。


 次いで肩まで伸びたふわふわの桃髪を揺らした少女が、勢いよくルカの腕の中へ飛び込んで来て、ルカは倒れないように抱き止めた。



「こら、危ないわよ。シャノン」


「ふふ、お姉様なら絶対受け止めてくれるでしょう?」



 喜びをあらわわにした妹シャノンが、ぎゅっと抱き着いて来る。


 ルカが肩をすくめていると、奥からもう一人。

 シェリルよりも長い桃髪を靡かせた、けれど容姿は瓜二つな少女が、微笑みを湛えて姿を現わした。



「お姉様、おかりなさいませ。お元気そうで何です」


「ただいま、シェリル。……二人とも、少し大人びたわね」



 ルカは顔をほころばせてシャノンと、静かに歩み寄ってきたシェリルを抱き締める。


 遠く離れた地でも、双子の姉妹を忘れた日はなかった。

 そして、こんなにも温かく迎え入れてくれる二人に、心の中で感謝する。


 邸内へ足を踏み入れると、懐かしい飾り付け、庭園から洩れる淡い花の香り、見知った使用人たちが快い挨拶で迎えてくれた。


 イリアがやや遠慮がちにルカの後ろをついてくる。

 すると、目敏く彼女の存在に気付いたシャノンがルカの耳元に問い掛けた。



「ねぇ、お姉様。もしかして、あれが噂の……?」



 ルカはうなずき、手振りを交えてイリアを紹介する。



「紹介するわね。彼女は〝女神の歌姫〟レーシュ。私の……教団でのパートナーよ」


「初めまして。レーシュは使徒名で、名前はイリア・ラディウスと言います。よろしくお願いします」



 イリアが柔らかく微笑むと、双子が頬を染めて息を飲み、ルカと同じ紅色の瞳を興味津々に爛々と輝かせた。



「イリアさんね、私はシャノン。よろしくね!」


「シェリルと申します。こちらこそよろしくお願いします」


「……それにしてもこんな逸材、滅多にお目に掛かれないわね、シェリル」


「ええ。イリアさん、少しお時間よろしいですか?」



 二人が食い入るようにイリアを見つめ、距離を詰めていく。

 双子の姉妹は、綺麗で可愛いものが大好きなのだ。きっと着飾りたいのだろう。



「イリア、もし嫌じゃなければ、二人に付き合ってあげてくれる?」


「え? い、いいけど……」



 イリアがたじろぎながらもうなずくと、パッと笑顔を咲かせた二人が「それじゃ、行くわよ!」「行きましょう!」と声を揃え、イリアの手を引いて邸宅の奥へと消えて行った。


 ルカは「行ってらっしゃい」とその背を微笑ましく見送る。



「あらあら、良かったの? あの子、ルカの大切な子なんでしょう?」



 一連のやりとりは見守っていたユリエルが、ルカの肩に優しく手を置いた。

 この短時間によく見抜いたな、と思いつつルカは唇に孤を描いて笑う。



「だからこそですよ。イリアには二人とも仲良く過ごしてほしいんです」


「そう。それなら、ルカは私とティータイムね。二年ぶりで積もる話もあるもの、じっくりと聞かせてちょうだい?」


「ええ、お母様」



 二年の時を経て──帰宅した邸宅は、以前と変わらずあたたかい。

 ルカは足を止め、家族のぬくもりが染み込んだ空気を、深く吸い込んだ。


 イリアがいたからこそ、ここまでこれた。

 重い罪を背負っていても帰る場所があるのだと、知ることが出来たのだ。



(ありがとう、イリア)



 ルカはイリアへの感謝と喜びを噛み締めて、再び歩みを進める。

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