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第十五話 先進都市ラフィールに見る残響

 マナを動力源とした装置〝マナ機関〟──その高度な技術を花開かせ、革新を続ける先進国ホド連邦共和国。


 その首都ラフィールへ、ルカとイリアは降り立った。



「ねぇ、ルカあれ何? 見たこともないものばっかり……!」



 興奮した様子のイリアが目を奪を奪われているのは、遠方にそびえる鋼鉄とガラスの塔だ。



「あの塔は〝セレスティア・タワー〟と呼ばれる庁舎──神聖国でいう教皇庁や、ナビア王国の城のようなもの。行政を司る中枢らしいわ」


「じゃあ、あれは? 塔から長く伸びて来てるやつ」


「高架状の通路よ。階層ごとに仕切られた塔のフロア……例えば、行政区、研究施設、そう言ったところへのアクセスをよくする為に作られているのよ」


「へぇ……すごいね! 管を伝って、馬車のキャビンみたいなものも行ったり来たりしてる」


「マナ機関の一つ、ゴンドラね。この街ではありふれた移動手段よ」



 イリアは物珍しさから子どものようにはしゃぎ、輝かせた瞳で左見右見とみこうみしている。

 初めてここ、最先端の技術都市ラフィールを訪れたなら、無理もない。


 近年、照明の魔術器、通信機リンクベル薬缶ケトルなど、生活の基盤を支え利便性を向上させるマナ機関は急速的に普及しているが、この街は街全体がマナ機関で出来てると言ってもいいくらだ。


 要所に見受けられる歯車や管から、マナのエネルギーが青白い光を放ち、立ち並ぶ建物も一風変わった外観が多い。


 聖都フェレティや王都ザフィエルとはまるで趣が異なる、革新的な都市である。



「ところで……体調は、もう大丈夫?」



 ルカが問い掛けるとイリアは微笑み、銀糸を揺らしてうなずいた。



「転移したあと、ダリウム神殿で一日休ませてもらったし、平気だよ」


「我慢して強がっているわけじゃないのよね?」


「うん。本当にもう大丈夫だから」



 と、本人は笑顔で言うが、ルカは気が気ではなかった。


 その理由は、ラフィールへ来るのに使った手段。惑星延命術式女神のゆりかごを利用した疑似的な〝転移魔術〟の行使にある。



(厳密には術式を構成する小径パスの繋がりを辿って、祭壇から任意の祭壇へ〝移動〟するから、魔術とは少し違うらしいんだけど……)



 問題はパール神殿の〝宝珠セフィラ〟が偽物だったこと。


 小径パス宝珠セフィラを起点に形成されているため、イリアは一時的に自らを宝珠セフィラに見立て、小径パスを繋げた。


 そうすることで移動には成功したが──宝珠セフィラの代わりとなった代償に、多量のマナを消費してしまい〝マナ欠乏症〟に陥ってしまったのだ。



(幸い、短時間で回復したけど……あんな話を聞いたばかりだし、心配するなって言う方が無理よ)



 ルカは小さなため息をつき、おもむろにイリアの頭を撫でた。



「無理はしないようにね。何かあったらすぐに言うのよ?」


「わかってる。ありがとう、ルカ」



 ほんのりと頬を染めて恥じらうイリアを可愛いと思うからこそ、心配事はつきない。

 ともあれ、自分たちに課せられた任務を投げ出すわけにもいかなかった。



(教団への不信はもちろんある。でも、正面からぶつかるのは危険だわ)



 今は任務を名目に各地を巡って、情報を集めることに専念しようとルカは考える。



「それにしてもやっぱり、この街も雰囲気が重いね。ナビアもそうだったけど、みんなの顔に元気がないわ」



 イリアが周囲を見渡して、不安げに眉を下げた。

 ルカも瞳を細めて、周囲へ目を光らせる。


 確かに、人々の足取りは重く、行き交う人に暗い影が落ちているように見えた。



「少し、街の人に話を聞いてみましょうか」



 ルカが提案するとイリアはうなずいた。


 この街での予定は明日、庁舎前で慰問の讃美歌シャンティールの披露だけ。夜までに一度、こちらの要人に到着の旨を伝えなければいけないが、それまでは時間がある。


 ルカは「ちょっといいかしら?」と、そばを通りかかった男に声を掛け、最近の様子を聞いてみる。


 すると——。



「魔獣の被害が近くで頻発してるんだよ。生活圏にまで魔獣が現れるんだから、困ったもんだ。帝国のスパイが操ってるって噂もあるし……ロクな話がないんだよ、まったく」



 このような話を聞く事が出来た。

 街ゆく住民や警備兵数名にあたっても、皆似たような不穏な話を口にする。


 さらに、〝エクリプス教団〟が裏で暗躍しているらしく、「彼らが魔獣をばら撒いている」「帝国と共に世界を滅ぼそうとしている」など、物騒な噂が絶えず耳に入った。


 ルカは顎に手を添えて思案する。



「エクリプス教団ね……」


「初めて聞く名だけど……ルカは知っているの?」


「あまり知られていないけど、帝国に古くから根付く宗教ね。〝力こそ全て。強さに勝る正義はない〟を教義に、殺戮、略奪、暴力による支配を肯定しているの。非人道的で過激な宗教よ」


「そうなんだ。全然知らなかった……ルカって物知りよね」



 感心した様子のイリアが、羨望の眼差しでこちらを見ていた。ルカは苦笑いを浮かべて頬をかく。



「うん、まあ……エターク王国故郷では立場上、色々と学ぶ必要があったから自然と、ね。勉強は好きでも嫌いでもなかったけど、知識は身に付けておいて損がなかったと、今では思うわ。……それでも、世界には知らないことが満ちあふれているけどね」



 女神の血族や、惑星延命術式女神のゆりかごのこともそうだ。

 まだまだ知り得ないことの方が多いのだと痛感させられる。



「もし、エクリプス教団が魔獣を意図的に利用しているなら、魔神まじんとも繋がってるのかな……」



 イリアが顔を曇らせてぽつりとこぼした言葉に、ルカは眉を寄せた。



「魔神って……それ、どういうこと?」


「あ、そっか。まだ話してなかったよね。でも、ここでする話じゃないかな……」



 イリアが人目を気にして口を噤んだ。


 それはもっともである。マナ機関の蒸気が発する音や、人の喧騒に話声はかき消されたとしても、不用心にする話ではない。



「そうね。ひとまず庁舎で挨拶を済ませて、それから宿で話しましょうか」



 ルカとイリアはうなずき合って、街の中央に堂々とそびえ立つセレスティア・タワーを目指す。


 ──ところが、その過程で〝奇妙な物〟を見つける。


 各所の壁やポールに無遠慮にも同じ紙が貼られていたのだ。

 不思議に思い見やると、そこには〝エクリプス教〟の名を大きく記した文言とともに、人の絵姿がえがかれていた。


 フードを被っているが、金髪で紅い瞳を宿す男性のイラストが目を引く。

 妖しい雰囲気を放つその絵の下には「偉大なるエクリプスの導師〝ゼノン〟ここに顕現する——」と仰々しく書かれていた。



(ゼノン……!? それに、この絵姿……)



 ドクリ、ドクリ、と胸が早鐘を打つ。

 あまりにも見覚えのある姿と名に、ルカは動揺せずにはいられなかった。


 嫌な汗が背を伝うのを感じながら、息を飲んで張り紙に近付く。


 ──こんなことがあるのだろうか、と目を疑う。だが、何度見ても彼にそっくりだ。



「ルカ、どうしたの?」



 張り紙を撫でて顔を強張らせていると、イリアが訝しんで問いかけてきた。

 ルカは自分でもわかるくらい、狼狽えて目が泳いだ。



「……これ、この紙に描かれている人。私の……婚約者だった人に、似てるの。名前も……ゼノンって、同じで……。でも、まさか本当に……」



 脳裏に、二年前のディチェス平原の争乱の悪夢が蘇る。


 光のない暗闇の中、冷たい地面に縫い止められて〝あの子〟──倒れ込む〝カレン〟の名を呼ぶ自分。


 彼女をけがし、もてあそび、むごたらしく死へ至らしめた敵将の愉悦に滲んだ高笑いが木霊して、ルカの中に湧き上がったのは絶望と、どうしようもない怒り。



(私は彼女の死を目の当たりにして、絶望と憤怒から、目覚めさせた力を暴走させて……ゼノンを……)



 その瞬間を、覚えている。


 力に飲まれゆく中で、「やめろ、ルカ!」と、自分を呼ぶ声を聞いた。駆け寄り必死に手を伸ばす彼の紅眼ルージュの輝きと、金の煌めきを見た。



(けれど、破壊の嵐を止めることが出来なくて──)



 ルカは過去の記憶に飲まれまいと、震える手で口元を押さえ、必死に平静を保とうとする。だが、どうしても呼吸が乱れた。



「ルカ、大丈夫?」


「……うん。まだ、確証はないもの。今考えても仕方ないことだわ」



 お世辞にも大丈夫とは言えないが、虚勢を張って笑う。

 イリアに心配をかけたくなかった。



(だけど、もし本当にゼノンが生きていて、エクリプス教団の指導者となっていたとしたら……)



 そう考えると、胸がざわついて落ち着かない。


 手が震えるのを抑えようと拳を握りしめる。すると、イリアがそっと手を重ねてきて「嘘ばっかり」と頬を膨らませた。



「全然大丈夫じゃなさそう。私には強がるなって言うのに、どうして隠そうとするの?」


「それは……」



 真っ直ぐ見つめて来る曇りなき瞳から、思わず視線を逸らしてしまう。



「お願い、一人で抱え込まないで。ルカが苦しむ姿は見ていられないの……」



 切実な想いを伝える言葉に、ルカはハッとした。自分が逆の立場だったらきっと、こんなにも身近で親しい相手から頼ってもらえないことを寂しく思うはずだから。



「……ごめん。ありがとう、イリア」



 心の奥に沈めた重苦しい感情──カレンを救えなかった後悔、ゼノンへの負い目、罪悪感で震えの止まらない手を、イリアの優しい手が包み込んだ。


 彼女のぬくもりは安心する。不安が消えることはなくとも心が軽くなって、向き合う勇気をくれた。



「何が起きてるのか、一緒に考えよう、ルカ」


「ええ。イリアの抱えている宿命さだめも、私の問題も……二人で悩んで、道を探していこう」



 ルカはイリアと視線を交え、お互いを支え合うように、手を繋ぎ合わせた。


 多くの事柄が絡み合う糸のように複雑な螺旋をえがいている。


 まだ何の解決策を見いだしたわけでもないが、たとえ運命がどんな形を取ろうとも、イリアとならば道を切り拓くことが出来る、そんな予感があった。


 世界の裏側で蠢く陰謀は根が深い。

 けれど歩みを止めることなく〝守りたい人の為に戦う〟ことをルカは今一度、心に固く誓った。

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