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第十四話 末裔は〝叛逆〟を宣言する

 その日、ノエルは教団本部・枢機卿会議の間カーディナル・レユニオン〟の演台に立った。


 まばらに灯る燭台のもと、半円形の会議卓を一瞥する。

 そこには各国の地方領主や貴族、教団の高位司祭らが召集され、緊張の面持ちで背筋を伸ばしていた。


 また、通信の魔術器リンクベルを利用した中継により、各国の王あるいは代表もこれより行われる〝告白〟を拝聴する形だ。


 ノエルの視線を受けた彼らの反応は様々だ。

 崇拝する者、畏怖する者、怪訝な表情を浮かべる者、小声で囁き合う者たちも見受けられる。



(少し侮られているな。公に姿を晒すのはこれが初めてだからか? あるいは成人も迎えていない子どもだからとバカにしているのか……)



 教皇は、女神の血族の男性の中から、【法王ほうおう】の祝福アルカナにより選出される女神の代理人。


 一族の存在が世間に知られていなくとも、教団は〝世界樹の守護と世界の秩序を守る〟ことを教義・使命として、各国への慈善活動を惜しみなく行ってきた背景がある。



(これまでの貢献と影響力を考えれば、絶対的存在であるはずなんだけどね)



 権力に溺れるつもりはないが、舐められては困る。


 ノエルは瞳を鋭く細め、無駄話に興じる一人を視線で射殺すつもりで威圧してみた。

 すると、おもしろいぐらいに青ざめて、震えあがるではないか。



(そう、求めているのはこれだ)



 ノエルは無表情を貫きながらも、心の中で笑った。

 再度、場内を見渡してから、静かに言葉を発する。



「皆、顔を揃えてくれて嬉しいよ。私はノエル・ルクス・アルカディア。当代のアルカディア教団教皇である。

 早速だが、本題に入ろうか。今日ここに集まってもらったのは、教団が長年に渡り秘匿してきた〝世界の真実〟を白日の元に晒すためだ。これは世界の存亡に関わること。どうか、最後まで聞いて欲しい」



 傾聴する人々が、にわかにざわつく。だが、まだ序の口。



「皆も一度は見聞きしたことがあるだろう、女神が世界を創造したという逸話を記した創世神話を。あえて不明瞭な記述がなされている文面も存在するが、神話は史実である。その事実を念頭に置いて、着目して欲しいのが神話の終盤。〝闇〟を祓って戦いを終わらせた女神が、力を使い果たし眠りにつく場面だ」



 「だからどうした」「何をいまさら……」と言った囁きが聞こえて来る。

 世界の成り立ちや、自分が何によって生かされているのか、多くの者は興味がないのだろう。


 だが、ノエルは語る。仰々しくも身振り手振りを交えて、虚構の楽園の真実を──。



「女神は眠りについたのではない。世界を守るため、自らをいしずえにあるものを遺したのだ。それこそが惑星延命術式──通称〝女神のゆりかご〟、この理想郷アルカディアを喰いつくさんとする〝闇〟の浸食を防ぐ、惑星規模の結界だ」



 初めて耳にする単語に、眉をひそめる地方領主の姿を横目で眺めながら、続ける。

 本当に驚愕するのはここからだ。



「私たちの世界はこれがなくしては存続し得ない……! そして、このゆりかごを維持するために多くの同胞……〝女神の血族〟と呼ばれる一族が〝生贄〟として身を捧げてきた歴史を、皆は知らない!」



 〝生贄〟という言葉が効いたのか、さすがに場内が騒がしくなっている。

 ここでノエルは感情の昂りを演出するように、演台に拳を打ち付けて見せた。



惑星延命術式女神のゆりかごを維持するためには犠牲……言い換えれば、莫大なマナを必要とする。長年、女神の血族がそれを担ってきたが、その一族も私と姉──世間では〝女神の歌姫〟と呼ばれる女神の使徒アポストロスレーシュを残すのみ。もはや限界に来ているのだ。

 そこで今後は〝世界中の人々から少しずつマナを徴収し、延命を図る〟という新たな案を私は検討している」



 会議卓に座する人々からどよめきが起こる。


 〝世界中の人々〟という単語に、一部の領主や司祭が露骨に顔を歪めた。いくら少しずつとはいえ、マナを徴収される側の反発は明白だ。


 すると、地方領主の一人が手を上げ、恐る恐る問う。



「教皇聖下……これまでの話が真実であったとして、まさか、民衆にも公表するおつもりですか?」


「無論だ。秘匿する必要がどこにある?」


「そんなこと世間に広まれば……ただでさえ魔獣の増加や帝国の侵略で混乱しているのに、収拾がつかなくなりますぞ。生贄の話など、民衆が知って得をするものではない!」


「そうです。大衆がパニックになり、国を巻き込んだ大騒乱に発展しかねません。われわれは現状を保つしか──」


「静粛に願えますか」



 ノエルは普段よりも低く凛とした声を響かせた。場内が凍りついたように静まり返る。



「……〝現状を保つ〟? 姉さんを犠牲にして、術式を回し続けろと? 後のないこの状況でも、我が身可愛さに女神の血族他人に犠牲を強いるのか。女神の血を引いているのだから、それが当然だとでも言うように。

 ……私はごめんだ。これ以上、道化を演じるつもりはない」



 苛立ちと軽蔑を帯びた視線を、強張った表情で固まる各地の有力者らに送った。

 脳裏には、姉が〝神聖核コアとしての宿命さだめ〟を拒否できず、死を受け入れる姿が焼き付いている。悲しみと怒りでないまぜの感情が、ノエルの胸を突き刺し、耐え難い苦痛を与えた。



「──しかし、聖下。新たな案を実行に移せば、一般民衆は課せられる負担に耐えられましょうか?」


「彼らが拒めばどうなります? 各国で反乱が起こりかねませんぞ」



 貴族然とした壮年の男たちが動揺を隠せず問いかける。



「反乱してもらって構わないと言えば、納得するのか?」



 ノエルは彼らを一蹴し、冷たい笑みを浮かべた。



「血族を生贄に捧げてきた時代が正しかったと、本気で言えるのか? 私が提案するのは、誰かの貴い命ひとつではなく──全ての人々から〝ほんの少しずつ〟マナを借りる形だ。負担などわずかなものだろう?」


「ですが……!」



 再び反発の声が上がる。ノエルは演台を拳で叩いた。



「生贄として姉さんが死ぬくらいなら、いっそ世界など滅んだ方がマシだ!

 ……そう、私は思っている。賛同の是非はご自由に。どうせ〝女神の血族〟が死に絶えればゆりかごは崩れ、この理想郷アルカディアも長くは保たないのだから」



 場内が静まり返る。

 ノエルが殺気に満ちた眼差しで一同を睥睨へいげいすると、誰も反論を口にしなかった。



(……結局、こいつらは口先だけで、姉さんの犠牲を当然視する。腐り切った連中ばかりだな。こうして情報を与えてやっても、ただ怯えおおのく者が大半。枢機卿団カーディナルにすり寄る者も多いだろう)



 嫌悪感ばかりが募っていく。

 姉を犠牲に、生贄を是とする腐敗した幹部や貴族には容赦しない。

 いずれ、相応の罰を与えてやろうと心に決める。



「……私からの話は以上だ。貴方がたがどう思おうと、私の決意は固い。せめて、恩を仇で返す愚か者で無いことを願うよ」



 ノエルがそう告げて踵を返すと、有力者らは頭を垂れた。

 彼らの震える息遣いと、恐怖の視線を背に感じながら、部屋を後にする。



❖❖❖



 苛立ちを隠せぬまま廊下へと出たノエルは、まっすぐ教皇の執務室へ向かった。


 部屋の扉を開けると、執務机の側に控えている男の姿があった。


 金色の髪を前髪ごと後ろへ流し固めた髪型に、厳つい顔立ち、がたいの良い体躯に白銀の聖騎士の鎧を纏う壮年の男。


 彼は聖騎士長アイゼン。ノエルの叔父おじにあたる存在である。



「〝審議しんぎ〟はいかがでしたか?」


「話にならないね。現状を正しく理解し、迫る脅威の正体を知ろうともせず、保身に走る者ばかりさ。枢機卿団あいつらもそうだ。裏で〝仇敵〟であるはずの帝国と交渉を進めているのだから、恥知らずにも程がある」



 ノエルは胸糞の悪い余韻を吐き出すように言い捨てた。アイゼンを追い越して、乱雑に椅子へと腰を下ろす。



「創世の時代、女神の使徒アポストロスと女神が戦った闇──〝魔神〟に飲み込まれた世界でも、便宜を図ってもらえるように……ですか」


「ああ、馬鹿げたことをする。魔神あれは女神と違って、感情や人への愛着など微塵もない。ただ、破壊を撒き散らすだけの存在だと言うのに。ヤツらの先兵である〝魔獣〟と魔神を盲信する帝国を見て、わからないものかね」


「わからないのでしょう。……いえ、正しくは自分以外のことなど、どうでもよいのです。我欲に憑りつかれた人間とは、かくも残酷になれるのですよ」



 アイゼンが紫みを帯びた濃い青、瑠璃のような瞳を哀し気に伏せた。



「安易に姉さんを術式の〝神聖核コア〟として捧げようとするのも、ヤツらにとってはただの時間稼ぎ。はらわたが煮えくり返りそうだよ」


「心中お察しいたします。それでも今は、耐えねばなりません」


「……わかっている」



 叔父も枢機卿団カーディナルに辛酸を舐めさせられてきた過去がある。きっと、自分よりも深い哀しみと怒りを抱えているはずだ。


 ノエルは深いため息を吐く。


 怒りが収まる気配はないが、今は無闇に衝突を起こしても混乱を招くだけだ。

 枢機卿団カーディナルとの全面対決は避けて通れないが、粛清にはタイミングが重要である。


 現状の〝神聖核〟システムではなく、〝リベレイション計画〟──術式改変によるマナの徴収──の完遂と同時に、腐敗した内部を一気に浄化するのだ。


 その時を楽しみに思い描いて、ノエルは椅子に背をもたれた。



「そういえば、アインから何か連絡はあった?」


「はい。聖下の指示通り〝ナビア国王は処理した〟……と。イリア様とペイも、うまくパール神殿へ誘導できたようです」


「そう。帰って来たら〝よくやった〟と褒めてあげないとね」



 ノエルは「フフ」と口角を上げて笑う。



「ですが、よろしかったのですか? 一国の王を軽率にしいするなど……」


「あれは、姉さんに手を出そうとする者への見せしめだよ。まあ、さほど効果はないかもしれないけど。それに、ナビア国王は後ろ暗い話が絶えず、革命軍が蜂起一歩手前だったという情報もある。戦争が起きれば、疲弊するのは民だ。感謝こそされても、責められる謂れはない」


「しかし、今回の件が明るみになれば、聖下を不審に思う者も出て来るでしょう。現に教団内で一部の聖騎士が枢機卿団カーディナル側へ付く動きがあります。加速度的に、女神の使徒アポストロスを中心とした教皇派、聖騎士と各国の貴族を取り込んだ枢機卿団カーディナル派で、教会が二分してゆくのでは」


「叔父上、心配はありがたいけど、それこそ望むところだろう? 僕たちは来たる日に備え、準備を急ぐだけだよ」



 ノエルの瞳に、冷たい光が宿る。

 姉を失う恐怖に比べたら、政争に耽り陰謀を張り巡らすことなど、なんてことはない。



(僕のすべては、姉さんの為に在るのだから)



 例え世界を敵に回しても、この想いは止められない。

 何を犠牲にしようとも、姉を救ってみせる。

 これはある意味、軽蔑する枢機卿団カーディナルと同じ自己中心的な思考だ。


 そんな非情で冷酷な自分を世界は拒絶し、姉は非難するかもしれないが、後悔はない。


 ノエルは立ち上がり、手を差し伸べる。



「歪んだ秩序を是正しよう、アイゼン。ともに虚構きょこうの楽園をくずすんだ」



 ほんのわずかな沈黙を経て、アイゼンは膝を折り、その忠誠を示すように頭を下げた。



「……はい。私の剣は貴方と共に」



 ノエルは胸に掲げた十字架を握りしめ、血路を歩む覚悟を新たにする。

 心優しんゆうな姉を救うための決意は、もはや誰にも揺るがせはしない。

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