イリアの口から語られた言葉を、ルカは冷静に整理してゆく。
(──女神の血族とは、アルカディア教団の主神でもある、想像の女神ルクスの血を引く子孫。イリアとノエルはその末裔……か)
教団を興した開祖が、女神の子孫であるという話は、創世神話にも書かれている。しかし、正直なところ、眉唾物だと思っていた。
(まさか本当に、実在したなんてね……)
だが、そうと聞いて腑に落ちた部分もある。
イリアの神秘性とノエルの威厳。抗えない魅力と強制力を感じることがあったのは、その血筋が為せる技なのだろう。
思考して納得していると、イリアは開かれた最奥の扉の中へ迷いなく入って行った。
ルカも遅れずに後を追う。
扉の広がっていたのは、ここまで通って来た場所よりも、さらに不思議な光景だ。
部屋の全面に、木の根と見られるものが血管のように張り
床には魔法陣が展開され、その中心に丸く透き通った球体の据えられた祭壇がある。
「これは……」
ルカは目を見開いて、足を止めた。
薄暗くはあるが、マナの
この場所が何であるかはわからない。
けれど、地下を
ルカはぽつりと呟く。
「世界樹の根……」
「……そう。ここは大樹の根が集まる
創世の時代より世界の中心に
マナを
「すごいわ……世界樹のこと、知識として知ってはいても、実際目にすると感動的ね」
ルカは壁を這う根に触れた。
……まるで、生き物のように脈動している。それに人肌のように暖かい。
これこそがマナを循環させている証なのだろう。
イリアがこちらを見てわずかに微笑みながら、祭壇へ近づく。
そして、ペンデュラムをぎゅっと握りしめ、祭壇に据えられた球体へ触れた。
球体が一瞬発光して、そのちょうど真上に、新たに半透明の画面——文字らしきものが
ルカは「それは?」と尋ねながら、イリアの隣へ並び立つ。
すると、彼女は震える唇を開いては、閉じる。
その仕草を何度も、何度も繰り返した。
ここに来て、何かを伝えようとしている。けれど、恐れる気持ちが強いのだろう。
そんなイリアにルカは柔らかな口調で伝える。
「イリア、無理はしないで。話してくれたら嬉しいけど、どうしても難しい時はいいのよ。……ただ、何を知っても私が貴女を嫌うことはない。それだけは、覚えておいて」
「ルカ……」
まごうことなき本心だ。ルカは急かさず待つことにした。
不安を取り除くように寄り添い、イリアの肩をそっと抱く。
自然と流れでイリアもルカの胸に頭を預け、しばしの間、ぬくもりを重ね合った。
──そうして時間を置いてようやく、
「
イリアの声音には悲痛な響きが混じっていた。
「惑星延命術式……」
反復して、ルカの鼓動がドクリと跳ねる。
延命と言うからには、惑星の存亡に少なからず関わるものだろう。
ここでノエルが言っていた、イリアの宿命「姉さんは、世界のために死ぬつもりだよ」という言葉が思い起こされた。
(女神の血族、
まだ、完全に点が線には繋がらないが、見えて来た気がする。
イリアが背負っているという運命の意味が。
ルカはどこか遠くを見ているイリアの横顔をじっと見つめた。
「イリアが私に見せたかったのは……この場所?」
「……うん。ゆりかごは、世界を守るために女神様が遺した結界なの。だけど、術式を維持するのに必要な動力源……〝
歯切れ悪く言葉を止めた彼女は、唇を噛んでいる。勿忘草色の淡い青の瞳を涙に潤ませて。
「──私が……〝
「
「
イリアの瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。それでも必死に言葉を紡いでいるが、
ルカは咄嗟にイリアを抱き寄せた。
「イリア、いいのよ。無理、しないで。またゆっくり聞かせて」
「……うっ、うう……っ!」
あやすように背をトントンと叩くと、イリアは
胸が、痛くなった。こんな風にイリアを苦しめる〝宿命〟が腹立たしくて、許せない。
誰がこのような残酷な運命を定めたのか。
女神か、世界か、教団か、あるいは──そのすべてか。
激しい怒りが湧き上がる。
(冗談じゃないわ……生贄なんて、私は絶対に許さない)
ルカは眉を吊り上げて、奥歯を噛み締めた。
世界の存続に関わると言うのなら、彼女一人に背負わせるべきものではない。
(誰が何をどこまで把握しているのか……知る必要があるわね)
真実の一端を知って──ルカは運命に立ち向かう覚悟を胸に、静かに息を飲んだ。