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第十三話 惑星延命術式≪女神のゆりかご≫と宿命

 イリアの口から語られた言葉を、ルカは冷静に整理してゆく。



(──女神の血族とは、アルカディア教団の主神でもある、想像の女神ルクスの血を引く子孫。イリアとノエルはその末裔……か)



 教団を興した開祖が、女神の子孫であるという話は、創世神話にも書かれている。しかし、正直なところ、眉唾物だと思っていた。



(まさか本当に、実在したなんてね……)



 だが、そうと聞いて腑に落ちた部分もある。

 イリアの神秘性とノエルの威厳。抗えない魅力と強制力を感じることがあったのは、その血筋が為せる技なのだろう。


 思考して納得していると、イリアは開かれた最奥の扉の中へ迷いなく入って行った。

 ルカも遅れずに後を追う。


 扉の広がっていたのは、ここまで通って来た場所よりも、さらに不思議な光景だ。

 部屋の全面に、木の根と見られるものが血管のように張りめぐらされていた。


 床には魔法陣が展開され、その中心に丸く透き通った球体の据えられた祭壇がある。



「これは……」



 ルカは目を見開いて、足を止めた。


 薄暗くはあるが、マナのきらめきに満ちていて、かつ文字の書かれた光る青い画面があちこちに浮かんでいるお陰で、最低限の光源はたもたれていた。


 この場所が何であるかはわからない。

 けれど、地下をう木の根については思い当たるふしがある。

 ルカはぽつりと呟く。



「世界樹の根……」


「……そう。ここは大樹の根が集まるかなめ、〝宝珠の祭壇セフィラ・アルタール〟と呼ばれる場所よ」



 創世の時代より世界の中心にそびえ立ち、神秘的力のみなもとであるマナを生み出す大樹たいじゅ

 マナを循環じゅんかんさせるため、大樹たいじゅが世界に根を張っているのは有名な話だ。



「すごいわ……世界樹のこと、知識として知ってはいても、実際目にすると感動的ね」



 ルカは壁を這う根に触れた。


 ……まるで、生き物のように脈動している。それに人肌のように暖かい。

 これこそがマナを循環させている証なのだろう。


 イリアがこちらを見てわずかに微笑みながら、祭壇へ近づく。

 そして、ペンデュラムをぎゅっと握りしめ、祭壇に据えられた球体へ触れた。


 球体が一瞬発光して、そのちょうど真上に、新たに半透明の画面——文字らしきものが羅列られつされた操作盤パネルが浮かび上がった。


 ルカは「それは?」と尋ねながら、イリアの隣へ並び立つ。


 すると、彼女は震える唇を開いては、閉じる。

 その仕草を何度も、何度も繰り返した。


 ここに来て、何かを伝えようとしている。けれど、恐れる気持ちが強いのだろう。

 そんなイリアにルカは柔らかな口調で伝える。



「イリア、無理はしないで。話してくれたら嬉しいけど、どうしても難しい時はいいのよ。……ただ、何を知っても私が貴女を嫌うことはない。それだけは、覚えておいて」


「ルカ……」



 まごうことなき本心だ。ルカは急かさず待つことにした。


 不安を取り除くように寄り添い、イリアの肩をそっと抱く。

 自然と流れでイリアもルカの胸に頭を預け、しばしの間、ぬくもりを重ね合った。


 ──そうして時間を置いてようやく、薄紅うすべにに色付く唇がゆっくりと言の葉を形作ってく。



惑星延命術式わくせいえんめいじゅつしき——通称つうしょう〝女神のゆりかご〟。ここは世界にじゅう……いえ、十一じゅういちある宝珠の祭壇セフィラ・アルタールの一つで、惑星にほどこされた〝惑星延命術式女神のゆりかご〟を維持するためのかなめなの」



 イリアの声音には悲痛な響きが混じっていた。



「惑星延命術式……」



 反復して、ルカの鼓動がドクリと跳ねる。

 延命と言うからには、惑星の存亡に少なからず関わるものだろう。


 ここでノエルが言っていた、イリアの宿命「姉さんは、世界のために死ぬつもりだよ」という言葉が思い起こされた。



(女神の血族、惑星延命術式女神のゆりかご、宿命──)



 まだ、完全に点が線には繋がらないが、見えて来た気がする。

 イリアが背負っているという運命の意味が。


 ルカはどこか遠くを見ているイリアの横顔をじっと見つめた。



「イリアが私に見せたかったのは……この場所?」


「……うん。ゆりかごは、世界を守るために女神様が遺した結界なの。だけど、術式を維持するのに必要な動力源……〝宝珠セフィラ〟が失われてしまい、代わりが必要で……。だから、いつか、私──」



 歯切れ悪く言葉を止めた彼女は、唇を噛んでいる。勿忘草色の淡い青の瞳を涙に潤ませて。



「──私が……〝神聖核コア〟は、生贄は、私じゃないと……いけなくて」


神聖核コア?」


祝福アルカナに、選ばれて……【女教皇】が、……だから……っ」



 イリアの瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。それでも必死に言葉を紡いでいるが、嗚咽おえつ混じりで、単語がポツポツと聞こえてくるだけだ。


 ルカは咄嗟にイリアを抱き寄せた。



「イリア、いいのよ。無理、しないで。またゆっくり聞かせて」


「……うっ、うう……っ!」



 あやすように背をトントンと叩くと、イリアはせきを切ったように泣き崩れる。


 胸が、痛くなった。こんな風にイリアを苦しめる〝宿命〟が腹立たしくて、許せない。


 誰がこのような残酷な運命を定めたのか。

 女神か、世界か、教団か、あるいは──そのすべてか。


 激しい怒りが湧き上がる。



(冗談じゃないわ……生贄なんて、私は絶対に許さない)



 ルカは眉を吊り上げて、奥歯を噛み締めた。

 世界の存続に関わると言うのなら、彼女一人に背負わせるべきものではない。



(誰が何をどこまで把握しているのか……知る必要があるわね)



 真実の一端を知って──ルカは運命に立ち向かう覚悟を胸に、静かに息を飲んだ。

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