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第十二話 真実への扉が開く

 ノエルの指示でやって来たという妖艶で残酷な少女アイン。

 ルカは「活路は開いてあげる」という彼女の言葉を信じ切れなかったが、疑心に反して約束は守られる。


 アインが姿を消して間もなく、宿の周りを捜索していた兵が慌てた様子で引き上げて行ったのだ。



「アインが上手くやってくれたみたい」


「何をどうやったのか気になるところだけど、行動を起こすなら今ね」



 ルカはイリアと顔を合わせてうなずき合い、店主に別れを告げる短い言葉を残して宿を出る。


 王宮の方が騒がしいのを遠巻きに窺いながら街を後にして、一路北のイシュケの森にあるパール神殿を目指した。



❖❖❖



 神殿への道のり——イシュケの森の中は、鬱蒼うっそうと生いしげる木々が陽光をさえぎっている。

 合間からわずかに木漏こもが入って来るだけで、なんとも鬱々とした雰囲気ふんいきだ。



(薄暗くてじめっとして……気が滅入る場所ね)



 イリアも落ち着かないようで、不安げに形の良い眉を下げている。

 彼女の魔術で周囲を照らしてもらっているが、わずかながら獣の気配もするため、気が抜けない。


 ルカは「はぐれないように」と繋いだイリアの手をしっかりと握りつつ、空いた手は刀の柄に添えて、警戒した。


 かくして、ルカはイリアと共に北へ、北へと進み──。


 道中、何度かあった魔獣の襲撃は返り討ちにして、森の奥深く。

 木々の茂みが薄くなった先に、朝の光を反射して煌めく雄大な青緑ティールブルーの湖と、その中央に尖塔せんとうを持つ優美な白亜の建築物を見つける。



「ルカ、あれがパール神殿だよ」



 ルカは遠目にも気品と神聖さを感じる景色に目を奪われて、感嘆の息をこぼす。



「綺麗……なのに、どこか厳かな気配があるわね。まるで人が近付くのを拒んでいるみたい」


「うん。その認識は間違ってない。ここは教皇聖下が〝聖地巡礼ペレグリヌス〟で訪れる、女神様の祭壇を祀った神殿の一つ。とても……大事な場所だから」


「五年に一度、世界各地に点在する十の祭壇を巡る一大イベントよね。次は四年後だっけ」



 例年、聖地巡礼ペレグリヌス〟が執り行われる時期は、教皇が自ら赴くとあって各国が歓待の祝賀に沸く。



(去年は教団で軟禁状態だったけど、エターク王国故郷にいた頃は、街の賑わいに心躍らせたわね)



 懐かしい思い出だ。

 教団にとっては祭儀でも、世の人々からすればお祭りに変わりない。


 ルカはイリアと手を繋いだまま、静かな湖上の風を受けて、神殿へと架けられた白い石材の桁橋けたばしを渡る。


 橋を渡りきると、今度は開け放たれた扉の先に、真っ白な壁と大理石の床で構成された建物入口エントランスと、教団の祭服カズラを纏う男の司祭が二人を出迎えた。



「お待ちしておりました。レーシュ様、ペイ様。教皇聖下よりお話は伺っております。どうぞお入りください」



 恭しく頭を下げる司祭の案内に従って、神殿へ足を踏み入れる。


 中は高い天井を支える太い丸柱が間隔よく立ち並び、間を通り抜ける度に響く足音は、厳かな静寂へ溶けていく。

 空間全体が清廉な光に、清らかな気配がほのかに漂っていた。


 胸の奥がすうっと浄化されて、けれど、どこか落ち着かない……そんな場所。

 ルカを息を飲んだ。



「聖地と言われているだけあるわね。空気が違う」


「……それは、そうだよ。ここは本当に特別な場所なの」



 イリアの手が震えている。悲しみの色を湛えて揺れる勿忘草色の瞳が、神殿の最奥を望んだ。

 彼女の視線の先にあるのは、重厚な石の扉。


 司祭は、その石の扉よりだいぶ前で足を止めて、



「わたくしに許されているのはここまでです。この先はお二人でお進みください。……女神様のご加護があらんことを」



 と、詮索も説明もなく下がって行った。


 アインは「行けばわかるわ」と言っていたが、あの先に一体何があるというのか。ルカは眉をひそめた。


 横目には、胸のペンデュラムを握りしめて、強張った面持ちのイリアの姿。繋いだ手の指先が冷たくなっている。酷く緊張しているのだろう。



「イリア、大丈夫なの?」


「……少し、怖い。この先にあるものをルカが目にしたら、どう思うかわからないから……」



 イリアは俯いて、珍しく弱音をこぼした。

 ルカはイリアの手を包み込むように握り返し、少し身を屈めて目線を合わせる。



「大丈夫よ。私は何を見ようと、貴女を責めたりしない。むしろ、知りたいの。イリアが隠してきたこと、ここにある真実を」



 揺るぎない決意と想いを込めて、ルカは告げた。知らずにいて後悔するよりも、知って痛みに苦しむ方が何倍もマシだ。


 イリアが深呼吸をして、唇を引き結ぶ。



「……ありがとう。ルカがそう言ってくれるなら……行こう」



 静かに並び立って、石造りの重厚な扉の前へと進む。

 扉には幾何学模様の魔法陣が浮かんでいる。ルカが開こうと扉を押してみるが、ビクともしない。



(封印の類いかしら?)



 一見、固く閉ざされているように見えた。だが、イリアが指先で扉に触れると、すっと金の波紋が広がって魔法陣が消え、いとも簡単に扉は開かれる。



「……開いた」



 ルカは瞠目した。原理はわからないが、何となくイリアが鍵になっている気がしてならない。


 扉の向こうに待ち受けていたのは、円形の広間。高い天井からは淡い光が降り注ぎ、白い壁には背の高いステンドグラスの窓が並んでいる。


 正面には──紫君子欄ムラサキクンシランの描かれた豪奢な祭壇と、女神像が設けられていた。


 神殿内でも一際、神聖な空間に感じる。



「ここは……?」


「祈りの間よ。本来は、教皇聖下きょうこうせいかにのみ許された場所。そして……」



 イリアが女神像の前へ進み、震える指で像に触れた。すると、部屋の中心が光を帯びはじめ、床面に文様が浮かび上がる。

 それがまばゆい金の輝きを放ち、視界を奪われた。


 数秒の後、光は収束し、床の一部が消失。地下へと続く階段が姿を現していた。

 この仕掛けには驚くばかりだ。圧倒されて声も出ない。



「下へ……行けるのね」



 イリアがうなずく。ルカは彼女と手を繋いだまま、階段を下りる。

 淡い光が自動的に灯り、闇を払って行く。狭い回廊をくぐり抜けるような道のりだ。


 階段を下りきった先に出迎えたのは、先ほどの祈りの間より少し狭い円形の部屋。壁には神話を思わせる古い壁画が描かれ、奥にはまた扉と封印の魔法陣が見える。



「神殿の地下にこんなところがあったなんて、驚きだわ。あの扉が終着点……かしら?」


「一応、そうなるかな」


「あの扉もきっと、イリアにしか開けられないのでしょう?」


「……正確には〝女神めがみ血族けつぞく〟である私とノエルの二人ね」


「女神の血族?」



 名称から何となく想像はつく。けれど、イリアの口からその意味をハッキリと聞きたかった。


 イリアは静かにルカの手をすり抜けて扉へと歩み寄り、おもむろに魔法陣へ触れる。

 すると、魔法陣が閃光せんこうを放って砕け、マナの残滓ざんしきらめかせた。


 彼女の髪色と同じ、輝く銀の粒子が舞う中で、イリアは告げる。



「アルカディア教団の主神である、この世界を創造した女神ルクス様。その血を引く子孫のことよ。私とノエルは、残された最後の末裔なの」



 彼女に隠された、真実の一つを——。

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