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第八話 始まりの旅路、言えない真実

 ドラゴン襲撃から二日ふつかが過ぎた朝。聖都フェレティは一見、いつも通りの穏やかな光景を取り戻している。


 だが、噴水ふんすいと一部破壊された石畳の痕跡が生々しく残されており、人々の胸には未だ恐怖の残滓が消えずにいた。



「ルカ、本当に大丈夫? 辛いなら少し出発の日程を延ばしてももらっても……」



 眉を下げたイリアが、ルカを見上げる。

 勿忘草を思わせる淡いあおの瞳に、不安の色が差していた。


 一昨日の激戦で身体を酷使したルカを、少しでも休ませたかったのだろう。

 イリアはずっと落ち着かない様子で、出立の延期を提案していた。


 けれど、ルカは「大丈夫よ」と笑みを返す。



「任務の日程をずらせば、各地で待機している聖騎士やお偉いさんとの面会にも影響が出るわ。私はほら、傷はもう癒えているし、体調も良好よ」



 【塔】の祝福アルカナを解放した後遺症がまったくなかったと言えば嘘だが、今のところ問題ない。

 怪我に関しても、治癒術ですっかり治っているし、休息の甲斐あって回復している。


 ルカはイリアの肩を軽く叩き、安心させようと微笑んだ。


 それに対してイリアは「そう……わかったわ」と控えめにうなずいた。

 その表情はどこか暗く沈んでいる。


 ルカは邪推してしまう。

 単純に体調を心配してくれていると言うだけでなく、彼女は背負わされた〝宿命〟を憂いているのではないか、と。


 ルカはノエルから聞いてしまったのだ。


 「姉さんは、世界のために死ぬつもりだよ」と、待ち受ける未来とイリアが死を覚悟している事実を。


 その理由と意味を、問いただしたいと思いながら、ルカはまだ言葉にできないでいた。



(……本当は、このまま旅へ出る前に、聞かなきゃって思うけど……)



 イリアの見せる穏やかな微笑みを見る度、口を開きかけては、飲み込む。

 気丈に振舞う姿がルカの心を締めつけた。



(こんなの、どうやって話を切り出せばいいのよ……)



 言葉にしてしまえば、きっとイリアの笑顔は崩れ去ってしまう。

 二人の関係も、壊れてしまう気がして……何事もなかったかのように装うので精一杯だった。



「ルカ、転移門ワープポータルの準備ができたみたい」



 イリアが指差す方へ視線を向けると、転移室前の衛兵がこちらへ合図を送っていた。


 ルカはイリアと視線を交わし合い、教団本部と大聖堂を振り返る。


 雄大な世界樹のみきの麓に作られた、荘厳な白造りの建物。おおしげる葉が陰影を落としているが、絶えず粉雪のように舞うマナが光を生み出している。


 この光景は、来た時と何ら変わらない。



(でも、私は知ってしまった。イリアの宿命を……)



 あの時と同じ気持ちでただ「美しい」と、この光景を眺めることはできなかった。


 心の奥に暗い影を落としながら、ルカは足を踏み出す。


 転移室に入り石段を上ると、転移門ワープポータルの周囲で文官が手続きの確認を終え、東屋ガゼボに似た外観を持つマナ機関の装置内にかれた魔法陣が輝き始めていた。



「行き先はナビア王国・王都ザフィエル。第一の訪問先ですね」



 聖騎士から淡々と告げられ、イリアが「はい」と答えて魔法陣へ進む。



「ナビア王国は水の都って呼ばれているのよね?」


「ええ。これから向かうザフィエルは湖の上に作られた街。都市の形状から花の都とも言われているわ。聖都に負けず劣らず、美しいところよ」


「わぁ……ルカがそう言うなら、きっととても素敵なところね。楽しみ」



 「ふふ」と無邪気に笑うイリアを見て、ルカは何だか切なくなった。


 彼女はどんな思いで、その言葉を口にしているのだろう。

 少し前なら気に留めることのなかった些細な言動が、棘のように胸を刺す。


 魔法陣に乗ると、イリアが深呼吸しているのが見えた。



「イリア、手……貸そうか?」



 〝転移酔い〟を心配して申し出ると、イリアは「ありがとう」と囁き、手を絡ませた。


 ルカはふと思い返して気付く。

 聖都へ戻る日の朝、様子がおかしかったのも、具合悪そうにしていたのも全部、〝宿命〟が関係していたんじゃないか、と。


 「どうして、話してくれなかったの?」──そんな責め言葉が喉元まで出かかるが、必死に飲み込んで笑顔を作る。

 イリアもまた微笑みを返し、金色の転移の光が二人を包んだ。


 浮遊感ともにルカの視界が白く染まり、ぐわんと転移による独特の眩暈が脳を揺さぶる。

 けれど、手を繋いだイリアの体温が不快感を和らげていく。



(……今は、まだ聞けない。聞く勇気が、ない。でも、いつか必ず……逃げずに向き合って、イリアの想いを、本当の願いを聞き出してみせる)



 ルカはそっと瞼を閉じて、イリアのぬくもりを感じながら、転移の光に身を委ねた。


 こうして、〝破壊の騎士ルカ〟と〝女神の歌姫イリア〟は三国の各都市を巡るため旅立ち、新たな幕を開ける──。

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