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第五話 コーデ対決!? 影より迫る灼熱の脅威

 ルカはイリアとエルと紅茶専門店〝ル・モンド〟で雑談を交えての買い物を楽しんだあと、次は服飾店ブティックへと向かった。


 オーダーメイドだけでなく既製品も多く取り扱う店内には、様々なデザインの衣装が所狭しと展示されており、瞳を輝かせたイリアが視線を右往左往させている。


 ルカは、そこでこんな提案を口にする。



「ねえ、イリア。お互いにお互いの衣装を選んで、試着してみるのはどう?」


「すごく良いと思う! ルカの魅力を引き立てるドレスを見つけなくちゃ」



 一瞬で笑顔の花を咲かせたイリアが、ぐっと胸の前で拳を握り締め意気込んだ。



「どちらがより似合うコーディネートになっているか、勝負するのも面白いかもね」


「それなら、エルが審判役ね。審美眼けんびがんには自信があるでしょ?」


「まあ、別にいいけど……」



 エルが照れくさそうに頬をかく。

 「決まりね」と両手を叩いたイリアが、楽しそうに店内を物色し始めた。


 ルカは彼女が笑顔を見せてくれて良かったと安堵する。


 ル・モンドではエルのペースに合わせて彼と話していたせいか、寂しそうな表情を浮かべる場面があり、気になっていたのだ。


 かくして、コーディネートを競うことになったわけだが──。


 勝負は、予想外の結果で決着する。



「──ダメだね。全っ然ダメ。二人ともセンスなさすぎ……! なにをどうしたらそんなダッッサイチョイスになるのさ」



 それぞれの選んだ衣装を着たルカとイリアを見たエルの第一声がこれだ。


 ルカは首を傾げる。



「そこまで言うほどかしら? 私はイリアの選んでくれたこのドレス、気に入ったけれど……」


「本気で言ってる? あんた、仮にも公爵令嬢だろ?」


「あはは……この手の分野は疎くて。社交より刀を振っている方が性に合っていたし」


「その辺、誰かに丸投げしてたってわけか。背が高いし、スタイルも良いからマーメイドタイプのドレスなのは合ってると思うよ。……でも、その柄はない、ありえない。なんでレオパード柄なんだよ!」


「ダメ? ひょうって素早くてカッコイイから、ルカに似合いそうだなって」



 イリアの返答に対してエルが盛大にため息をこぼし、頭を抱えていた。



「姉さんの衣装も、瞳と同じ青なのは調和が取れてるし、フレアドレスなのはいい選択だけど……無駄にフリルとリボンがありすぎ。可愛くしたい気持ちはわかるけど子どもじゃあるまいし、ゴテゴテしてて逆にダサイよ」


「……確かに」



 ルカはうなずく。ドレス単体で見ると可愛らしく見えたが、実際に着た姿を見ると過度な装飾が邪魔である。



「もう少しシンプルなデザインの方が、イリアの神秘的な美しさを表現できるわね」


「そう言うこと。姉さんは、着飾らなくても十分綺麗だからね。衣装が主役じゃなく、容姿を立てるものを選ばないと」


「なるほど。勉強になるわ」



 ルカは再度うなずいた。


 しかし、イリアはいたく気に入ったらしく「ドール人形みたいで可愛いと思うよ?」と天使の微笑みを見せている。


 そんな彼女にエルは閉口し、憐憫れんびんに満ちた眼差しを送っていた。


 ──結果として、コーディネート対決は〝引き分け〟の判定で終わる。


 最後にエルが「お手本」と言って、それぞれに似合う衣装を見繕ってくれたのだが、それはもうぐうの音も出ないほどしっくりと来る仕上がりだった。



(私もあれくらいできるようにならないとね)



 そのあとは宝飾店やカフェに寄って──。


 時折、突き刺すような人々の視線や、エルの横槍を受けながらも、ルカはイリアと楽しい時間を過ごした。


 教団本部へ帰路につく頃には、すっかり夕暮れ時。

 空は澄んだ青から茜色へ変わりつつある。



(なんだかあっという間だったわ……)



 ルカが名残惜しさを感じていると、後ろを歩いていたはずのイリアがいつの間にか横に並び立っていた。



「ルカ、今日は付き合ってくれてありがとう」


「こちらこそ。こうやって外へ出るのもいいものね」


「エルがついて来たのは驚いたけどね。……あの子、ちょっとひねくれてるから、嫌な思いしなかった?」



 耳元に唇を寄せて、こっそりと囁かれた言葉。ルカはくすぐったさを感じながら、首を横に振る。



「あれくらい可愛いものだわ。イリアが大好きなんだなぁって、見ていて微笑ましかったわよ? 仲が良いのね」


「唯一の血縁だからかな。もうそろそろ、姉離れして欲しいところだけどね」



 イリアが眉を下げて笑った。吹き抜ける風にさらわれて、銀糸が靡く。

 夕陽に照らされた頬は赤みを帯び、触れるか触れないかの距離に彼女の手がある。


 ルカは手を繋ぎたい衝動に駆られたが、背後からエルの冷たい視線を感じて手を止めた。


 こうして二人だけで話しているのも、彼からすれば面白くないことだろう。



(弟くんに嫌われたくないし……我慢よ)



 今は時間を共有できるだけで満足しよう、と自分に言い聞かせた。

 ──その時だった。



「……ルカ、あれ……!」



 イリアが進行方向を指差して、ルカの腕をぎゅっと掴む。

 指先を追って行くと、遠くの空が奇妙に歪む様子が視界に映り込んだ。


 蜃気楼のような揺らぎ——いや、もっと不気味な、黒い靄がうねっている。

 直感が告げていた。


 〝何か来る〟と。


 直後、街に警鐘が鳴り響く。

 カン、カンカンカンカンカン——と、一度鐘が鳴ったあとに五度続けて甲高い音が。


 このパターンの鐘の音が知らせる緊急事態は一つ。

 魔獣の出現だ。



「ルカ、行こう!」


「ええ、急ぎましょう。エルは──」


「僕も行くよ。心配しなくても、自分の身を守るくらいの力はある」



 歳不相応に落ち着き払ったエルの態度にわずかな違和感を覚えるが、考えている時間はない。


 ルカは「私かイリアの側を離れないようにね」と伝えて、駆け出した。


 視界の先、石畳の向こうから逃げ惑う人々の姿と、悲鳴が聞こえてくる。



(まさか、街中に……?)



 ルカは非常時に備えて帯刀していた刀の柄を握り締め、戦闘態勢を取った。

 聖都には魔獣を寄せ付けない防護結界が張り巡らされているはずなのに、一体何が起きたのか。


 大通りを抜け、教団前の噴水広場が見えた瞬間、飛び込んできたのは、巨大な影と灼熱しゃくねつの赤色。


 その姿はトカゲ等の爬虫類はちゅうるいにも似ており、四本の脚に鋭い爪を備えている。背には翼、頭頂部に角が生え、全身がごつごつと分厚いうろこおおわれていた。


 ルカは立ち止まり、息を飲んだ。



竜種ドラゴン……!? こんなの伝説上の生物じゃない……!」



 細長いはしばみ色の眼が、驚きと恐怖で混乱する住民や衛兵をギロリと睨む。鋭利えいりな牙の見え隠れする口が開かれ、炎がちらつく。

 ブレスの予備動作だと思われる。



(まずいわ!)



 ルカは刀を抜いて走るが、軌道を逸らすための攻撃は恐らく間に合わない。冷や汗が頬を伝う。


 そこへ透き通った歌声が響き渡る。



『聖なる守りの讃歌 神なる光は旋律せんりつに宿る

 厄災をはばめ 清浄なる聖鎧せいがいの守護』



 凛とした面差しのイリアが右手を掲げると、視覚化したマナがまばい光を放ちながら広範囲に広がってゆく。


 その最中にドラゴンから灼熱しゃくねつの吐息が吐き出されたが、純白の翼を思わせる光の障壁が炎熱を遮断。衝撃を拡散してブレスを防いだ。



「間一髪ね」



 ルカはほっと息を付く。幸いにもイリアの結界魔術のお陰で、人的被害はなさそうだった。


 けれど、安心するにはまだ早い。ルカは地を蹴ってドラゴンとの距離を詰め、斬り掛かる。

 だが、固い鱗に阻まれて刃が弾かれた。


 それでも果敢に斬り付けるが、小さな傷をいくつか刻むに留まる。



「想像以上に硬い……っ!」



 ドラゴンとの戦闘経験などない。どう攻略すればよいのか、わからなかった。

 攻めあぐねていると、ドラゴンの眼がルカを捉え、尾が振り上げられる。



「ルカ、下がって!」



 イリアの声を聞き、ルカは後退した。

 刹那、元居た場所の石畳が粉々に砕け、地面がえぐられる。


 肝が冷えた。あれを受けようものなら、ひとたまりもなかったはずだ。



「近接戦は不利ね……私が止めるわ。ルカは詠唱歌うたを紡ぐ間、援護を……」



 イリアが一歩前へ踏み出そうとする。

 だが、その腕をエルが素早く掴む。



「その必要はない。姉さんは下がっていて」


「何を言ってるの? こんな時こそ私が──」



 イリアがエルを振り切ろうとすると、エルが左手のひらを彼女へ向けて、告げた。



「〝〟大人しく従え。これは〝〟だ」



 威圧感いあつかんのある低い声が響く。まるで脳へ直接働きかけるような音だ。


 イリアは一瞬の抵抗を見せるも、すぐに瞳が虚ろになり、脱力してかくんと地面に膝をついた。



「エル……?」



 ルカは何が起きたのかわからず、困惑した視線をエルへ送る。と、輝きの消え失せた氷のような瞳が真っ直ぐルカを射抜いた。



「ルカ、あれを一人で討伐しろ」


「な……っ!? あんな巨体を、刀一本で倒せと……?」


「出来ないとは言わせないよ。お前にはその〝力〟があるのだからね」



 エルの口角が弓なりに上がる。

 彼の表情はこれまで見たどれよりも冷淡で威厳に満ちていた。まるで別人だ。



「ドラゴンを倒すんだ、〝ペイ〟」



 ドクリと心臓が脈打つ。

 自分へ〝命令〟を下すエルから目を逸らすことも、抗うことも許されない。己の意思に反して、受け入れざるを得ないと悟る。



「承知……しました」



 そうして、ルカは震える手を抑えながら、刀の柄を強く握り、ドラゴンの方へと走り出した。

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