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第三話 聖都デートは三人で?

 枢機卿すうききょうジョセフより、新たな任務を下されたルカとイリアだったが、転移門ワープポータルの使用許可など諸々の準備に時間を要するため、出発は明後日みょうごにちとなった。


 本部と同じ敷地内にある寄宿棟、割り振られた自室へと戻ったルカは、無駄に広いベッドへ身を沈める。


 イリアはと言うと、今年新たに教皇位へ就いた〝ノエル聖下〟に呼び出されて行ってしまった。


 本来であればルカも同行すべきなのだが〝イリア一人で来るように〟とのお達しに、逆らえるはずもない。



(まあ、仕方ないわよね。急逝した先代の教皇ルキウス聖下は暗殺の噂があるし……。ノエル聖下は身の安全を考えて、ごく一部の人間にしか素性を明かしていないのよね)



 それは女神の使徒アポストロス──女神がアルカナという祝福を授けた者といえど、例外ではなかった。



(特に私は〝力〟のせいで警戒されてそうだわ。信用してもらうにも、大した実績がないものね)



 ルカはしんと静まる室内の、天井を仰ぎ見る。


 ──やることがない。

 この持て余した時間をどう過ごそうか、と思い悩んだ。


 教団ここにはイリア以外、親しい人物がいない。

 その上、迂闊に外を出歩こうものなら、好奇と畏怖の視線に晒される。



(部屋で大人しくしているしかない……かな)



 けれど、必要最低限の家具と設備しかない殺風景な空間では、出来ることなど限られていた。


 せめて鍛錬場が使えればいい暇つぶしになるのだが、人目が多いので難しい。

 かと言って、まだ陽は高い位置にあり、眠るにも早い時間だ。



「うーん……」



 困り果て、しばし枕を抱き寄せて唸っていると──。


 コンコンと部屋の扉を叩く音がした。

 続けて「ルカ、部屋にいる?」と聞き馴れた高音域ソプラノの声が聞こえ、ルカは飛び起きる。



「いるわよ、ちょっと待ってね」



 寝転んでいたので、結い纏めた髪がぼさぼさになっていないか、気にかけながら扉へ向かう。

 開け放った先には予想通り、純白の衣装を纏い、銀糸を揺らす彼女が立っていた。



「お待たせ、イリア」


「ううん。……もしかして、寝てた?」


「起きてたわよ。なにをしようか悩んでいたところ。教皇聖下への拝謁はもう済んだの?」


「うん。久しぶりに戻った私の顔を少し見たかったんだって」



 ルカは「そうなのね」とうなずく。きっと終わってすぐに自分の元を尋ねてくれたのだろう。それが嬉しかった。



「ねえ、ルカはこのあと……何か用事ある?」



 イリアがそわそわと、上目遣いに尋ねて来る。本人は狙ったつもりはなさそうだが、あざとい。

 容姿も相まって、計り知れない威力だ。

 同性ながらくるものがあり、胸が高鳴る。


 ルカは「特にないわよ」と答えつつ、心中を悟られないようにするのが大変だった。



「それなら、一緒にお買い物へ行かない? ルカと行きたいお店があるの」



 イリアがパッと花のような笑顔を咲かせる。周囲の目線という不安はあるものの、そう言われて断れるわけがない。


 「わかったわ」と、ルカは二つ返事で承諾していた。



❖❖❖



 聖都フェレティの街中は、暖色系でいろどられた古く由緒ある建築物が軒を連ねていた。外観の意匠も素晴らしく、とても目を惹く光景だ。


 上空を見上げれば、巨大な大樹の幹と鬱蒼うっそうと茂る葉が空を覆っている。

 だというのに不思議と暗さを感じないのは、絶えず大樹から生み出されるマナの煌めきが、街全体を包んでいるから。



「……何度来ても、神秘的な街ね」



 ルカは感嘆をもらして、遠くに見える世界樹の枝葉を見上げた。

 粉雪のようなマナが舞い降りる景色は、まるで絵画のように美しい。



(初めてこの地を訪れたのは、お母様とだったわね。当時は子どもだったから、両手を広げてはしゃいだのを覚えてる)



 懐かしい思い出だ。同時に、今は会うことの出来ない家族を思い出して、少し寂しい気持ちになってしまった。


 すると、感傷に浸るルカを引き戻すように、背後からほんのりと低い声が響く。



「……止まってないで、さっさと歩いてくれるかな」



 振り返るとそこには、教団で規定された白いローブを羽織り、フードをすっぽり被った少年の姿がある。


 合間から覗く髪の色は朝露の銀、瞳は見る角度や光の具合によって色を変える灰簾石タンザナイトのような青色。どちらも彼の隣を歩むイリアと同じ色合いだ。


 それもそのはず。何故なら彼は──。



「エル! そんな言い方しないの。ワガママ言ってついて来たのはエルでしょう?」


「姉さんが心配だからだよ。こんな護衛一人だけ連れて外を歩くとか、どうかしてる。自分の立場わかってる?」


「それは私のセリフよ。エルこそ、こんなことしてあとで怒られても知らないからね」


「別に……。そんなのどうとでもなるし」



 可愛げの欠片もなくそっぽを向いたエルを、腰に手を当てぷっくりと頬を膨らませたイリアがにらむ。

 ルカは初めて目にする〝姉〟としての彼女の姿に、瞠目した。



「……まさか、イリアに弟がいたなんてね」


「ごめんね、ルカ。秘密にしてたわけじゃないんだけど……」


「そんなこと気にしてないわよ。ただ、ちょっと腑に落ちたというか」



 時々、自分を子ども扱いすることがあったのは、彼女に弟がいたからなのだろうと納得する。

 とはいえルカも妹がいる身なので、何となく悔しいと思ってしまう。


 そんな風にイリアと話していると、ビリビリとした視線を感じた。

 エルだ。彼はルカが視線に気付くと、不機嫌そうにふいっと顔を逸らした。


 苦笑いするしかない。

 出会った瞬間から敵対心剥き出しだったな、とルカは廊下での邂逅を思い返す。




 ──それは、ルカとイリアが教団本部の関係者が使う裏門から外へ出ようとした時のこと。



「待って、姉さん!!」



 と、大きな声が響き、振り返ると駆け寄る一人の少年の姿が見えた。

 額から汗を流し、息を切らした彼が、勢いのままイリアに抱きつく。


 見知らぬ少年の登場に動転したのは、意外にもイリアの方。ルカも驚きはしたものの比較的冷静だった。


 「この子は?」とイリアに尋ねる。

 けれど、狼狽えるだけで返答はなく、代わりに大きなため息を吐いたエルが渋々と



「エル・ラディウス。姉さんの弟。神学校の見習い司祭だよ。〝破壊の騎士〟サマ」



 強い語気と鋭い瞳でルカを睨め付け、言い放った。


 初対面だというのに不躾な態度だ。

 けれど、ルカの妹も同じような行動をルカの友人に見せたことがあった。


 理由を尋ねると「お姉様を取られたみたいで、嫌だった」と話してくれたのを覚えている。


 だから、ルカは経験をもとに〝イリアと親し気にする自分が気に入らなかったのだろう〟と解釈した。


 その後は「姉さんをどこへ連れて行くつもり?」と問い詰められて、「買い物へ行くだけよ」と告げたところ「僕も行く」となし崩し的に出掛けることになり──今に至るというわけだ。



(姉弟……か)



 イリアとエルはよく似ている。その事実を疑うまでもない。

 背が近い事もあって、並んで歩くとまるで双子の姉弟のようだった。


 二人の姿に、ルカは自分と故郷にいる妹たちの姿を重ねてしまい、ちくりと胸が痛んだ。

 そんな思いを振り切るように、イリアへ問い掛ける。



「エルは神学校に通う、見習いの司祭なのよね?」


「う……うん、そうなの。この時間はまだ学校の時間だから、抜け出したのがバレたらって思うと……ね」



 エルはポーカーフェイスだが、イリアの視線が宙を泳いだ。とても分かり易い反応である。


 しかし、彼女が理由もなく嘘をつくような人柄でないことは重々承知していた。

 ルカは深く言及することなく「なるほどね」と流してしまう。



(何となく、複雑な事情がありそうだし……いずれ、話してくれるわよね)



 この段階では、イリアの弟への認識はその程度のもの。


 それが後々、大きな試練となって立ちはだかることになろうとは──ルカも予想だにしていなかった。



「とりあえず、行きましょうか。イリアが言ってたお店はこの大通りをもう少し進んだ先でしょう?」


「うん、ルカも気に入ってくれると思うわ」


「そう? 楽しみね」



 ルカはイリアと笑い合いながら、活気に満ちた路地を進む。


 そんな何気ないやり取りを、氷のように凍てついた殺気を放つ灰簾石タンザナイトの視線が見つめていたことには、気付かないフリをして目的の店へ急いだ。

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