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第二話 教団からの招喚

 小都市リグラタを後にしたルカとイリアは、エターク王国の都市アルブムへと向かった。


 そこには希少な転移門ワープポータルがある。アルカディア教団本部からの招集に応じるため、ふたりはこの門を使って一気に聖都へ移動する段取りだった。


 リグラタからアルブムまでは数時間の道のり。


 ルカたちは陽の昇り始める町外れの街道を馬車で揺られながら進む。

 対面に座るイリアがぼんやりと、窓の外を見つめている。


 出立前もそうだが、どことなく様子がおかしい。

 理由を尋ねたくても、すでに一度「大丈夫」と言われた後だ。



(きっと答えてくれないわよね……)



 ルカは小さなため息を一つこぼした。


 やがて、馬車はアルブムへと辿り着き、二人は馬車から降りて立派な城門を抜ける。


 人々の活気がある往来をすり抜け、石造りの転移室前にいる衛兵へ転移門ワープポータル使用の許可証を提示。厳重なチェックを受けたあと、二人は中へ足を踏み入れた。



「聖都フェレティへの移動ですね、承りました。どうぞお進みください」



 門を管理する文官の確認に、イリアが「お願いします」と微笑んで頷く。


 東屋ガゼボに似た外観を持つマナ機関の装置内にかれた魔法陣へと乗る。光の刻印が床一面を走り、眩い閃光に包まれたと思うと、体が一瞬浮き上がるような感覚に襲われ——。


 瞬きの内に、聖都フェレティ側の転移室へと到着していた。

 隣でふらり、と倒れそうになるイリアをルカは支える。顔が真っ青だ。



「ありがとう、ルカ。何度経験しても、転移する時の感覚に慣れなくて……」


「どういたしまして。……転移酔いね。教団本部へ行く前に、どこかで少し休む?」


「ううん。ジョセフ猊下げいかを待たせるわけにはいかないし、歩いているうちに良くなると思うから」



 イリアが首を横に振った。転移酔いはマナ──魔術など、神秘的力の源であるそれを体内に多く保有する者に起きやすいらしい。


 イリアはしきりに「大丈夫、大丈夫」と繰り返し、気丈に振舞おうとしているが、ルカも経験があるのでわかる。内臓が掻きまわされ、シェイクされるかのようなあの感覚は、相当辛いはずだ。



「ならせめて、こうして行きましょ。辛い時は遠慮なく寄りかかってね」



 ルカはイリアの手を握って微笑むと、小声で「ありがとう」と呟く声を背に、転移室を後にした。


 聖都は歴史ある建造物が立ち並ぶ美しい街だが、今はイリアの体調が心配で目を向ける余裕などない。


 ルカは素通りするように街並みを進んでゆき、ほどなくして教団本部がある教皇庁の敷地へ足を踏み入れた。


 一般にも開放されている石畳の広場には、この世界の創造神である女神像と噴水があり、巡礼者や信徒たちで賑わいをみせている。



(さすが、アルカディア教団の総本山ね)



 感心して周囲へ目を向けると、人々の視線が自分へ注がれていることに気付いた。



「なあ、あれ〝破壊の騎士〟じゃないか……?」


「何かの任務で呼ばれたのかな。怖いわね……」



 ひそひそとした囁きが耳に入ってくる。ルカは居心地の悪さを感じたが、卑屈になっても仕方ないと背筋を伸ばす。



「行きましょう、ルカ」



 にこりと笑ったイリアが、今度は噂話を振り切るようにルカの手を引く。


 陰口を叩く彼らに対して怒っているように見えるのは──気のせいじゃないと自惚れてもいいだろうか。


 そんなことを思いながらルカはイリアと手を繋いだまま、教団本部の大聖堂へと向かった。


 入口にはジョセフ付きの司祭が待っており、彼に案内されて中を進む。

 大聖堂の回廊は、高い天井に優美なステンドグラスがはめ込まれ、外からの光を受けて無数の色彩を放っている。


 しばらくして荘厳な扉の前に辿り着くと「猊下げいかがお待ちです。どうぞご入室下さい」と、司祭の手によって扉が開かれた。



「……待っていましたよ。女神の使徒アポストロス太陽たいよう】のレーシュ、そして【とう】のペイ」



 謁見の間として使われる部屋の奥、玉座のような豪勢な椅子に腰を下ろした男がルカとイリアを出迎えた。

 ふくよかな体躯に白く煌びやかな祭服カズラまとい、その上に金で縁取られた赤のストラを着用している。


 聖職者と呼ぶには少し、が——彼こそは主席枢機卿すうききょうジョセフ・ライネス。教皇に次ぐ権威を有した、教団の重鎮だ。


 ルカとイリアは中央に敷かれたレッドカーペットを進む。ジョセフの前へ辿り着くと、胸に手を添えてひざまずき、こうべを垂れた。


 そして、イリアが静かに告げる。



「ただいま戻りました、猊下げいか。リグラタでの任務もつつがなく終えることが出来ました」


「そのようですねぇ。よくやってくれました、レーシュ。女神様もきっとお喜びのことでしょう」


「女神様のしもべとして、当然のことをしたまでです」



 「うむ」と満足そうなジョセフの相槌が聞こえた。



「ペイも問題はないようですね? 聞けば〝魔犬〟を瞬く間に狩ったとか。さすが、元エターク王国の近衛騎士。腕が鈍っていない様で安心しましたよ」



 棘のあるジョセフの言葉を飲み込みながら、ルカは「恐縮です」と述べる。


 波風を立てる必要はない。

 自分が宿す〝力〟のせいで疎まれているのは、承知の上だ。



「この様子なら大丈夫そうですね。表を上げなさい」



 顔を上げると、ジョセフの視線がルカを射抜いた。

 そのまま数秒、まるで値踏みするかのように見つめられたのち「ペイ」と使徒名を呼ばれ、言葉が続けられる。



「希望通り、貴女を正式にレーシュの守護騎士に任命します。身命を賭して彼女を守りなさい」


「ありがとうございます。女神様の名に誓って、必ずや」



 ルカは深々と頭を下げた。今までは賛美歌シャンティールを届ける慰問巡礼の〝護衛役〟であったが、これより先は正式にイリアの〝騎士〟となる。

 その喜びに頬が綻んでしまいそうだった。



「レーシュも異存はないですね?」


「もちろんです。すべては女神様の御心のままに」


「……よろしい。では、貴女たちに早速、次の任務を命じます。

 先日、世界各国より、魔獣の被害拡大を受けて支援要請がありました。順次、聖騎士を率いた使徒を派遣しますが、貴女たちはそれに先駆けてナビア王国、ホド連邦共和国、エターク王国の首都を訪問するように。

 レーシュの歌を民衆に届けるのです」



 任務の目的はリグラタの時と同じく、疲弊した人々を癒し、激励することだろう。

 目的地の一つに故郷が含まれているのは心中複雑だが、今は教団に帰属する身だ。


 ルカはイリアと声を揃えて「承知致しました」と返す。

 ジョセフはうなずいたあと、神妙な面持ちでルカを見やり、眼光を鋭めた。



「女神様の使徒として、恥じぬ行動を心掛けるように。間違っても先の戦争のように暴走などしないで下さいよ。そうなれば今度は、封印部屋への拘禁ではなく処分する他なくなりますからね」



 〝戦争〟〝暴走〟のキーワードに、ルカの胸がドクリと脈打ち、過去の情景が脳裏をよぎる。




 ──アディシェス帝国との戦争の最中、予期せぬ魔獣の襲撃を受けて混乱する王国軍。


 あっという間に周囲に味方だったはずの騎士たちの物言わぬ屍が転がり、充満する死のにおいが、鼻を突く。


 冷たい地面に縫い止められたルカは、手を伸ばして叫び続けた。

 守ると誓った〝あの子〟の名前を。



(けれど、伸ばした手が届くことはなくて……)



 敵将の高笑いが響く中──花は散った。


 虚無が心を覆いつくし、絶望が生まれ、怒りに転じた荒れ狂う激情が、やがて目覚めさせてはならない災禍を呼んだ。


 〝崩壊〟の祝福アルカナという、恐るべき力を。



(その力で、私は──)



 ルカは揺り起こされた惨劇の断片に、吐き気を覚えた。

 だが、ここで動揺を見せてはすべて水の泡である。


 のどにせり上がる胃液を、不快感とともにぐっと飲み込む。



「……分かっております。温情をかけて下さる猊下の信頼を裏切ることは、決して致しません」



 震えそうになる声を必死に抑え、平静を装って答えるしかなかった。

 気をよくしたジョセフがにんまりと、お世辞にも綺麗とは言い難い笑みを浮かべる。



「では、頼みましたよ。貴女たちに女神様のご加護があらんことを」



 まるで、悪だくみをしている悪人のようだ、と思いながらルカは立ち上がり、再度深く頭を下げて踵を返す。イリアもまた同様の礼をとって二人は退室した。





 守護騎士へ任命された喜び。

 新たな任務へ対する一抹の不安。

 そして、自らに課せられた罪の十字架──。


 ジョセフとの謁見を経て、ルカの心には様々な感情が渦を巻いていた。大聖堂の出口へ向かう足取りは重い。


 けれど、並んで歩くイリアを見やると、彼女は勿忘草色の瞳を優し気に細めて穏やかな微笑を返した。まるで「何があっても大丈夫」とでも言うように。


 そんなイリアを守りたいという想いが、ルカを奮い立たせる。

 だから、この先に何が待ち受けていようと、乗り越えていけるとルカは信じていた。



「……姉さんは、世界のために死ぬつもりだよ」



 ──そう、彼女の〝弟〟に聞かされるまでは。

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