「意思はあるのか?」
白い生命体に俺が問いかけると、そいつはしばらく考えるように首を傾げ、やがてゆっくりと頷いた。
「喋れはしないが、理解はできる…か」
俺が腕を組みながら観察していると、白いそいつはゆっくりと手を上げ、俺に向かって指を伸ばした。
「…俺に触れたいのか?」
警戒しつつも、試しにそいつの手に自分の手を重ねる。次の瞬間、俺の脳内に直接言葉が流れ込んできた。
『ボクは………戻らナケレばならナイ』
「……なに?」
思念のような声が響く。俺は眉をひそめながら問いかける。
「どこに戻ると?」
『……シラなイ……だカラ、モトノかたチニ……』
その瞬間、そいつの身体がぶるぶると震え、真白な皮膚がひび割れ始めた。そして中から、人間の顔が浮かび上がった。
「その顔は…」
その顔は、俺が以前どこかで見たことがあるような気がした。しかし思い出すより早く、そいつの身体はさらに変異していく。
まるで"自分が何だったのか"を必死に思い出そうとしているかのように。
「思い出せないなら最初の人間の顔に戻せよ。とりあえずはそれで良いだろ」
『…ワカッた』
そいつは最初の人間の顔に戻った。そして、俺は思い出した。
「それ、人間だった時の俺か…久々に見たな」
俺が普通のサラリーマンだった頃の顔だ。
相変わらず地味なおっさんだが、仕事を楽にやり過ごすのが得意な人間だった。おかげで昇進はできなかったが。
だが自分へのご褒美を与えたり、ストレスとなることはすぐに忘れたり自分管理は得意だったように思える。
そこで、俺はふと思い出した。
(親父とお袋は、どうなったんだろうな)
むしろ今まで両親の存在自体を思い出さなかったことに疑問を感じながらも、俺がやってきたほうから足音が聞こえてきた。
蹴散らしたがまだ生き残っていた悪魔達がやってきたようだ。
悪魔達が俺を見つける。そしてトカゲ頭の蝙蝠の翼を生やしている悪魔が喋り出す。
「おぉ!テメェが俺をボコしたやつか!」
「操られてたところを助けてくれてありがとね〜」
「…様子が変だとは思っていたが、操られていたのか」
「そういうこった。あのフード野郎どもに操られてたみてぇだな」
トカゲ頭の悪魔は拳を握りしめながら悔しそうに言う。
「くっそぉ…俺の強さはあんなもんじゃねぇぞ!?あの野郎ども反逆をビビったからか力を制御しやがってなぁ!くそ腹立つぜ!!」
「そうそう!まったく、あんな奴らの言いなりになってたなんて、考えるだけでゾッとするわ!」
蝶のような巨大な黒い羽を持つ細身の悪魔が俺の周りをひらひらと舞いながら、楽しげに言う。
「それで?お前はここで何してんだ?この白いのは何なんだよ?」
俺は一瞬だけ白いやつを横目で見た。そいつは顔だけ以前の俺とまったく同じ姿のまま、無言で立っている。
「さぁ?あのフードの男どもが創ったものらしいが…」
「ふーん、ろくでもねぇもんなのは間違いねぇな」
「で、アンタ、これからどうすんの?」
黒羽の悪魔が俺に問う。俺は金棒を肩に担ぎながら答えた。
「他にもこういう場所があるなら行こうと思っているが、知ってるか?」
トカゲ頭の悪魔が歯を剥き出して笑う。
「ハッハ!知ってるぜ!何なら一緒に行こう!操られてる同族のアホ共をボコボコにするチャンスだぜ!!」
「私も〜!せっかく正気に戻ったんだし、派手に暴れさせてもらうわ!」
「いやまて、その前にお前らはどうやって洗脳されたんだ?」
すると悪魔達は首を傾げて考え出す。
「ここにきてあのフード共に話しかけられて…だったか?」
「記憶があやふやね」
「会話してからだからその辺りで効果が発動したんだろうな」
「なるほどな。会話に警戒すれば良いか…それじゃあ行くかね」
そうして悪魔達との行動を開始した。謎の白い生物はとりあえず"シロ"と名付けた。
こいつは体を自由に変形できるようで翼なんかも生やして飛んでいた。
人間たちは戦える者もいたので適当に武器と食料を渡してほったらかしにした。
そして数十名の悪魔達と次の街へと向かった。
《愛沢カイ視点》
すっかり日が落ちて暗くなった夜間。俺は平原を目指して空歩を活用して空中を走っていく。
(俺もヒロキ様のように強くならなくては…)
さして時間も経たずに平原に中央に着く。
そしてリザードマンの群れを発見して、俺は静かに地上へと降り立った。
俺は人化を解いて虫人の姿となり、疾風脚を使用して脚に風を纏わせる。
短剣を鞘から抜き、毒液を口から垂れ流して短剣に指で塗りたくる。そして強く踏み込んでリザードマン達へ攻撃をしかけた。
リザードマン達は俺の速さに対応できない。そんなリザードマン達の急所を短剣で突き刺していく。
「グガァッ!」
リザードマンが苦しげな叫びを上げ、光に包まれて消えていく。
俺はそのまま連続で動き続け、反撃の隙を与えない。
「ハッ!」
脚に風を纏わせ、跳躍とともに回し蹴りを繰り出す。
疾風脚の効果で速度が増した脚で威力はさらに増し、リザードマンの首元に命中した。
衝撃で首が捻じれ、そいつも光とともに消滅する。
残りは十数体。ようやく俺の速さに慣れたのか、リザードマンたちは武器を構えて迎撃の体勢をとった。
俺はスキルの書によって手に入れたスキル、"風刃"を使い短剣に風を纏わせた。
「こっちも試させてもらうぞ」
リザードマンたちが一斉に飛びかかる。俺は疾風脚で後方へと飛び退きながら、風刃の効果が乗っている短剣を横に振り抜いた。
空気を切り裂く鋭い音とともに、一体のリザードマンの胴体が裂ける。
残るリザードマン達は怯むことなくこちらに走り武器を振るってくる。
俺は軽やかに避けながら風刃を放っていき、風の刃がリザードマン達を次々と切り裂く。
風刃がリザードマンの喉を貫通し、最後の一体もまた光に包まれて消えた。
息を整え、俺はその場に立ち尽くす。
リザードマンの鱗の皮と武器がいくつも転がっていた。
「……まだまだだな」
俺は戦利品を拾いながら、小さく呟いた。ヒロキ様に追いつくには、これでは足りない。
「もっと…もっと強くなって、ずっとあなたの側に…」