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第51話 触手

「冥王め…どこに飛ばしやがった」


俺は翼を羽ばたかせて空中に留まりながら、果てしなく続く森を見渡す。

冥界から異世界に飛ばされたまでは良かったものの、人里の近くですらない場所へ飛ばされるとは…いや、人里の近くに出されても困るか。


「グヒィィン!!」


「っ!?」


突然の鳴き声に振り向くと、そこには翼を生やした大きな馬がいた。歯は刺々としている。

馬は大きな口を開いて噛みつこうとしてくる。俺は馬の口を避けて馬の背中に回し蹴りを食らわした。


「グヒャ!?」


馬は吹っ飛んで墜落していった。地面に衝突した音が聞こえたが、MPが入らないため死にはしなかったようだ。

俺は飛行強化で翼を羽ばたかせて、とりあえず森の端を目指した。

しばらく飛行していると、森の端に到達して平原が見えた。

平原には石畳の街道のようなものが見える。

飛んでいると、遠くから灰色肌でねじれた角、蝙蝠の翼が生えている女がこちらに飛んできた。

悪魔…だろうか。


「あれぇ?同族じゃーん。こんなとこで何してんの?」


「…特に何もしてないが?」


「はぁ?暇かよ。人間集めサボってると殺されんぞ?」


「人間集め…?」


聞き捨てならない単語に、俺は眉をひそめる。

女悪魔は腕を組みながら説明を続ける。


「お前最近こっちに来たのか?だったら教えてやるけど、上の連中が人間を集めて何か企んでんだよ。うちらみたいなの使ってよ。

ったく、神の連中が手出しできないから好き勝手できると思ってわざわざこっちに来たってのに…」


「……神が手出しできないってのは?」


「…知らねぇにも程があんだろお前…」


女悪魔は呆れた顔をこちらに向ける。


「まぁいいや。魔神がトチ狂って天界に攻撃しやがったんだよ。魔神も神の中じゃトップクラスの強さだから、もう天界は滅茶苦茶でこっちに集中する暇がねぇってわけだよ」


「魔神はどうなったんだ?」


「ん、あぁ今も戦ってるよ。ありゃ死ぬまで続ける気だな」


「コラアアアア!!貴様らここで何をしておるうう!!」


「げっ!」


突如響き渡る怒声に、女悪魔が露骨に顔をしかめる。俺は声が聞こえた方へ顔を向けた。

そこには腹がでっぷりと出ている真っ赤な肌の1つ目の悪魔がいた。片手にはモーニングスターを持っている。


「やっべぇ、監視官だ……」


「貴様ら人間も連れずに談笑をするとは何事かぁ!!

魔神様の役に立たないゴミなど粛清いぃ!!粛清いぃ!!」


どこか様子がおかしい1つ目の悪魔がモーニングスターを振り回して襲いかかってくる。俺は六角の金棒を取り出した。

女悪魔の前に出て、振り下ろされたモーニングスターを金棒で弾き返す。

そして1つ目の悪魔の頭に攻撃強化で魔力を集中させた金棒を振り下ろす。直撃すると頭が潰れて1つ目の悪魔は崩れ落ちた。

1つ目の悪魔は黒い光に包まれて消える。

〔MP +110200〕


「なんだ、こんな奴らばかりなのか?」


「…お前随分つえーな。人間集めるように指示してるやつは結構こんな感じだぜ。何してんだかは知らねぇけどな」


「ふむ…人間を集めているとこへ案内しろ。知ってるんだろ?」


女悪魔は俺をじろりと見て、少し考えるように唇を尖らせた。


「…ふーん。アンタ、ただの新入りじゃねぇな」


「案内できるのか?」


「まぁな。でもよ、あんまり目立つとマジで上の連中にバレるぜ?」


「構わん。むしろ人間を集めているならそいつらを殺すのが目的だ」


俺の言葉に女悪魔は目を丸くしてから、くつくつと笑い始めた。


「ウヒャヒャ!こんなイカれた馬鹿久々に見たわ!」


女悪魔は楽しそうに笑う。


「よし、ついて来な」


俺は無言で頷き、女悪魔の後を追った。

しばらく飛び続けると、視界の先に巨大な街が見えてきた。所々に悪魔が飛んでいる。


「…あれがそうか?」


「ああ。中央に城が見えんだろ?あそこに集めてんだよ。そんじゃ、精々死なねぇこったな」


女悪魔は手をひらひらと振りながら去っていった。

俺は街を見下ろす。城の周囲には高い城壁が築かれ、炎が灯る塔が並んでいる。

悪魔たちが空を飛び交い、街の広場では鎖につながれた人間たちが集められていた。厳しく統制しているように見える。


「ふむ…」


俺は城の中央に意識を向けた。上位の悪魔がいるのは間違いなくあそこだ。

どうやって潜入するか…いや、そんなもの考えるまでもないな。


「正面突破でいいだろ」


俺は地面に着地して竜擬きを使用して人型の竜へと姿を変える。そして跳躍強化で魔力を脚に集中させ、一気に加速させて城門へと突撃した。


「おっ!?敵襲か!!」


「何だあれは!?止めろ!!」


門の前にいた悪魔たちが慌てて迎撃態勢を取る。だが俺は気にも止めずに金棒を振り抜いた。

轟音とともに城門が粉砕され、内部への道が開かれる。

巻き込まれた悪魔たちが吹き飛び、地面に叩きつけられる。


「山羊頭はいないんだな」


俺はそんなことを呟きながら砂煙の中から歩み出る。俺は城の中へと進んでいった。


「貴様ああ!!神聖なる城で何をしておる!!」

「この悪魔め!!今ここで殺してやる!!」

「侵入者め!!殺してやるぞ!!」


「ったく…うるせぇな」


時々襲いかかってくる容姿が多種多様な悪魔を蹴散らしながら進むと、玉座の間に着いた。

中央に巨大な壺があり、その周辺には無表情でびくともしていない人間がいくつも転がっている。巨大な壺には冥界で見たような白く光る水が入っているようだ。

それを取り囲むように4人の深くフードを被っている者が何かしらの儀式を行っている。

俺は金棒を肩に担ぎながら、ゆっくりと玉座の間に足を踏み入れた。

フードを被った4人は俺の気配に気づいたのか、儀式の手を止めてゆっくりとこちらに向く。


「お前らは何をしているんだ?」


俺が問いかけると、一人が静かに口を開く。


「…汝は邪魔をしに来たか?」


「そうだな。人間を集めて何をしているのか知らんが、ろくでもないことだろう」


俺は金棒を軽く回し、地面に叩きつける。衝撃で床に細かい亀裂が走るが、フードの連中は微動だにしない。


「ならば、排除するのみ」


その言葉とともに、四人の体が膨れ上がるように変化し始めた。


「フードの下はどんなツラかと思ったが、まさか顔すらまともに無いとはな」


フードの中から覗くのは、ただの闇。まるで虚空そのものがそこにあるようだった。

四人が一斉に動き出す。

一瞬で間合いを詰めた一体が、黒い触手のような腕を振るう。刃のように鋭くしなった黒い触手は俺の首を狙っていた。

俺は金棒を横薙ぎに振るい、触手ごとぶち砕く。影の身体が爆発するように弾け、黒い霧となる。

しかし黒い霧はまた1つに固まり、また再生した。


一体がフードの中から数多の黒い触手を出して攻撃しようとしてくる。

俺はバックステップでそれを避けて竜の息を放った。燃え盛る炎が奴らを包み込む。

また同じように黒い霧となったのが見えたが、それでも燃やされてしまったようだ。

やがて炎が静まると、黒く焦げた床と人間の死体だけが残った。

中央の壺は無事のようだ。


「さてと、これは何なのか…」


そう言うと、壺の中から真白い腕が出てきた。手が壺の縁を掴み、中から這い出てくる。

そいつは3mほどはある人間のような生き物…だが生き物とは思えないほどに白く、そして顔がない。

生物として必要なものを全て意図的に無くしたかのような生き物だった。


「えーっと、ハロー?」


俺が挨拶をして手を振ってみると、そいつは首を傾げて同じように手を振ってきた。

そいつと俺の間には何とも言えない空気が流れていた。

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