目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第39話 眷属化

《一之瀬サツキ視点》


八咫烏の戦闘員達が居住しているビルの一室、俺とワタルは現状確認をしていた。


「それで、昨日救出された女性達は?」


「元気…そうだね、元気にしているよ」


ワタルが少し言い淀む。


「ふむ…眷属化の精神影響が気になるか?」


「…そうだね。正直あれは、異常だと思う」


ワタルはそうハッキリ言った。

確かに、昨日まで散々男たちに遊ばれてきた女性達が次の日には立ち直っているのは異常だが…


「それでも、あの能力の有用性は理解しているんだろう?」


「…まぁね」


一息ついて、ワタルが喋り出す。


「この状況下じゃ、トラウマを抱えてまともに生活できない女性は足枷にしかならない。

それがトラウマも完全に克服して、ましてや身体能力まで上がるんだ。

メリットが多いのは間違いない」


「それで?」


「…兄さん。俺は、あの能力は危険だと思うよ」


ワタルの言葉に、俺は少し目を細めた。


「危険、ね」


「ああ。兄さんはどう思ってる?」


「……」


俺は腕を組み、少し考える。


ワタルの言うことはもっともだ。

眷属化は精神の傷を癒し、身体能力を向上させる。だが、その代償として主に逆らえなくなる。


これは、強力な支配の力だ。


眷属になった者たちは、自らの意思でヒロキを慕っているように見えるが、果たしてそれは本当の"意思"なのか?

ただ、眷属化による影響でそう思い込まされているだけなのではないか?


「おそらくだけど、これからハーフデーモンになりたがる人間は多数現れる。

彼の眷属が眷属化を使用したとしても、結局大元を支配しているのは彼だ。

今は彼が協力的だからいいけど、もし彼が敵に回ったら?その段階で人々が支配されていたら…」


ワタルの問いに、俺は少し黙る。


ヒロキは今のところ八咫烏に協力しているし、俺たちと敵対する理由もない。

だが、もし彼が別の道を選び、八咫烏と対立することになったら…


(……想像したくないな)


ヤヨイ、ソウスケ、俺、ワタルが相手をすれば、ヒロキ自体には勝てはする。

だが、住人である者達が俺達に敵対した時点で、もはや戦う意味すら無くなる。

眷属が増えた時点で、もはや詰みか。


「ふむ……眷属化を使用する対象の制限でもするか。

現在でも老人と精神的に不安定な人々を優先しているわけだしな。

俺がそれをヒロキに頼もう」


「まぁ、そうだね。とりあえず出来るのはそれぐらいかな」


「ただ言っておくが、現在ヒロキはこちらに協力的で人間性も問題ないんだ。荒波を立てるようなことはするなよ」


「ああ。もちろんだよ」


ワタルが頷いて返事をするのを聞くと、俺は立ち上がって部屋を出た。

ビル内の清掃や、別の階にある物の撤去をしている戦闘員たちを横目に外に出てアリーナに向かう。

アリーナに向かう道中、俺はヒロキとの今後の関係について改めて考えていた。


(ワタルの懸念はもっともだ。だが、今のヒロキが俺たちを裏切る理由はない)


眷属化の力は確かに異常だ。だが、それを今のところ悪用している様子はない。

むしろ戦力としては頼もしい限りだ。


ただ、俺たち八咫烏としても、何かしらの歯止めを設けるべきだろう。


(ヒロキがそれを素直に受け入れるかどうかは分からんが…)


そんなことを考えながら、俺はアリーナの入り口に到着した。


「おっ、総長じゃないっすか」


声をかけられた方を見ると、マサノリがいた。


「マサノリか。中は順調か?」


「それなりって感じですねぇ。やっぱ別の階もあるしアリーナは広いっすわ。まぁそれでも皆頑張ってくれてますよ」


「そうだな」


俺は意欲的に動いている非戦闘員の人々を見る。

彼らは瓦礫の撤去や清掃を行いながら、アリーナを住みやすい環境へと整えていた。

作業の合間には談笑する声も聞こえ、少しずつこの場が生活の場として定着し始めているのを感じる。


「非戦闘員たちの士気は高いな」


「ええ。ようやっとある程度は安定した拠点ですからねぇ。気合も入るってもんでしょう」


マサノリは瓦礫を運ぶ男たちを見ながら軽く笑う。

すると昨日こちらにきた女性達が楽しそうに他の人々と喋りながら清掃しているのが見えた。


「彼女達はどうだ?」


「あぁ…休んでいて良いとは言ったんですがね。手伝いたいと言って聞かなくて、まぁ無理してる様子でもないんでやらせてるんですけど」


「ふむ…本人達がやる気なら止める必要もないか」


「そうですねぇ」


しばらく中で働いている人々と言葉を交えながら、アリーナの中を巡る。

イサムが眷属化でハーフデーモンにした元老人の人々も見かけた。前のときと比べて生き生きとした表情を浮かべて働いている。

すると、戦闘員の1人が駆け寄ってきた。


「総長!群馬の高崎から向かって来ていた方々が避難民たちを引き連れて到着しました!」


「そうか!ありがとう。それじゃあな、マサノリ」


「うーっす」


俺はマサノリに軽く声をかけ、足早に外へ向かった。

外に出ると、道路には車両がいくつも停まっていて、人も多くいた。

到着した避難民たちは、皆疲れた表情を浮かべながらも、安堵の色を滲ませていた。

自衛隊の装備を身に着けた者や、避難所の戦闘員だと思われる者もいる。

すでに到着していた八咫烏の戦闘員たちが誘導を行っている。


すると隊列の先頭を歩く屈強な男がこちらに向かってくるのが見えた。

がっしりとした体格に無精髭、軍人らしい鋭い目つき…経験豊富な男のようだ。


「貴方が八咫烏の指揮官ですか?」


「一之瀬サツキだ。そちらは?」


「おお、貴方が…元陸上自衛隊の藤堂セイジです。貴方に会うのを楽しみにしていましたよ」


そう言って藤堂は手を差し出してきた。

俺はその手をしっかりと握り返しながら、避難民たちを見渡す。


「避難民は何人いるんだ?」


「高崎を出発した時点では約300人でしたが、道中で合流した者も含め、現在は370名ほどになっています」


「大所帯だな」


「ええ。ですが、レベルを上げスキルをいくつか獲得している者もそれなりにいます。戦力としてお役に立てるかと」


藤堂の言葉に、俺は頷いた。

新たな戦力が加わるのは心強い。これで防衛力の強化もさらに進むだろう。


「まずは避難民たちの休息場所を確保しよう。他の者たちが案内させる」


「ありがとうございます」


藤堂が一礼し、避難民たちの誘導が始まる。

人がますます増えてきたが、こんなものじゃない。移動スキルを積ませた転移扉持ちがそろそろ到着する頃だろう。

俺は軽く息をつき、アリーナを見る。


「これから忙しくなるな」





《亜門ソウスケ視点》


俺は戦技の空歩を使って空中を走りながら、無法者が住まう倉庫へと向かっていた。


「今回はある程度戦えるやつだといいんだがなぁ」


素人を相手にするのはひたすらにつまらない。せっかくヤり合うなら相手が強いことに越したことはない。

今回の相手は掲示板を使って人をおびき寄せて物資を奪い、女は犯して男は殺したゴミ共だ。


「しかし、どうやってゴミ共の位置を特定してんだろうな」


何故かワタルはゴミ共の位置を正確に把握している。何か特殊なスキルでも所持しているんだろうが…まぁ良い。


少し経つと、倉庫が見えてきた。

周囲には見張りらしき男が二人、適当に煙草をふかしながら立っている。

どうやら警戒心は薄いらしい。

俺は衝撃分散で地面に着地すると、跳躍強化で一気に間合いを詰めた。

音に気付いた見張りがこちらを向くが、時すでに遅し。


「なっ…!」「誰だお前!?」


俺は迷わず一人の男の顔面を掴んで、地面に叩きつけた。鈍い音と共に頭蓋が割れ動かなくなる。


「お、おい…!」


もう一人が腰の剣を抜こうとするが、それを待つつもりはない。

俺は片手に攻撃強化を使い、首に手刀を叩き込んだ。

男は首が折れ、口から血の泡を吹いて倒れる。


俺は血を適当に拭いながら、倉庫の扉を勢いよく開けた。

そこには酒を飲んでいる馬鹿共が10人ほどいた。驚いた様子でこちらを見ている。


「ちっ、今日もハズレだな」


俺は片腕に魔力を渡らせて樹木化を使い、片腕を樹木へと変化させて成長させる。

そして焦っている男たちへ間合いを詰め、10mほどになった樹木の腕を振り、鞭のようにしならせて男たちにぶち当てた。


「ぐぼっ…!?」「ぐあぁ!!」


鈍い衝撃音とともに、数人の男が弾き飛ばされる。

酒瓶が床に落ちて割れ、酒の匂いが立ち込める。


「て、てめぇ…!」


気を取り直した男が短剣を抜き、俺に向かって突進してきた。


「阿呆」


俺は拳に貫通強化をかけ、そのまま男の腹に拳を叩き込む。

拳は容易く腹を貫き、男の背中から突き出た。


「げ、ほっ…」


男が血を吐いて崩れ落ちる。

俺は拳を引き抜き、血を払いながら残った連中を見渡す。

完全に戦意を喪失した様子で、震えながら後ずさっている。


「お、おい…こいつヤバい…」「に、逃げるぞ!」


何人かが裏口に向かって走り出した。

俺は一人一人、確実に始末していった。





《宮本ヤヨイ視点》


「ひっ…ひぃ!!」「助けてくれぇ!!」


「ダメですよぉ、悪いことしたんだから死ななきゃ〜」


私はそう言いながら適当に殴って殺していく。あまりにも脆いこの人達は殴るだけで肉塊になってしまう。

そして全て殺し終わった。


「えーっと次がぁ…公民館でしたっけ。略奪をした悪い人たちですねぇ」


私は軽く伸びをしながら、公民館の方へと走り出した。


「いやぁ、戦技って楽しいですねぇ!」


公民館が近付いてきた私は両足に跳躍強化をかけて、一気に公民館の屋根に飛び乗った。

そこから中の様子を"千里魔眼"で覗き込むと、10人ほどの男たちが酒盛りをしているのが見えた。


「うんうん。捕まっている人もいませんね。それなら…」


私は高く跳び上がって、両足に攻撃強化で魔力を集中させる。


「お邪魔しまぁーす!!」


両足で天井をぶち破りながら公民館の中央に着地した。

床が砕け、埃が舞い上がる中、男たちは酒瓶を取り落として呆然とこちらを見ていた。

私は一人一人気持ちを込めて殴っていき、殺していく。

すると1人逃げようとする人がいたので足を掴んで捕まえた。


「逃げちゃダメですよぉ」


「ヒィッ…」


私は掴んだ男を床に叩きつける。何度も何度も叩きつける。


「あれ、壊れちゃった」


私は原型が分からなくなってしまった物を適当に投げて捨てた。

誰もいなくなった室内は静まり返る。


「さてと、次は〜…」





《一之瀬サツキ視点》


「それで、その人…その方はどこから連れてきたんだ。ヒロキ」


「ああ。すまないな、本当に。面倒なやつを連れてきたかもしれん」


「誰が面倒なやつだ」


ヒロキと同じぐらいの身長の黒い翼を生やした神秘的な女性に、ヒロキがパシンッと後頭部を叩かれた。

それを見て俺は思わず片手で頭を抱えてしまった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?