「動くな。振り向くな。何が目的でここまで来た?悪魔よ」
背後から透き通った女性の声が聞こえるのと共に、大剣が首に添えられ、初めて感じる死の予感に緊張する。
(慎重に言葉を選ばなければ…)
「俺は、新都心に拠点を置いている八咫烏に所属している佐藤ヒロキだ。平原の偵察をしている最中に、この森で建築物を発見して、興味が湧いてここに降り立った」
「…嘘は吐いていないが、聞いたことがない名前が多いな。偵察ということは目標があるな。それを教えろ」
「俺が所属している八咫烏の目標は、この平原に町を作ることだ。おそらくだが、お前は異世界の人間なんじゃないのか?」
「何?異世界だと?…お前達が住まう魔界を異世界とするならば、ここも異世界ということになるだろうが…」
魔界?知らない単語が出てきたな。
「魔界が何かは知らないが…ここは地球という星にある日本という国だ」
「なんだと?」
そう言うと、背後の女から膨大な魔力が辺りに満ちて広がった。
しばらく黙ると、再び喋り出す。
「…確かに、この地が別の世界へと転移しているようだ。創造神は何をしているんだ…?
それはそれとして、悪魔の町を作ると言っていたが…」
「いや、悪魔の町じゃない。人間…まぁ人の町だ。
この世界では少し前に人間が別の種族へと進化してな。俺も、元は人間だった」
「ふむ…元は人間だった、か」
女はまだ警戒を解かないが、わずかに大剣の力が緩んだ。
「つまりお前はこの世界の住人、ということになるのか」
「ああ、そうだ。この世界は元々モンスターもいないような世界だったんだが、急に世界のアップデートとか言ってモンスターが現れ始めてな。
それが原因で、この平原が現れたのかと思っていたのだが」
俺の説明に、女はしばらく沈黙した。
「お前はなぜ悪魔になった?自ら選んだのか?」
「いいや、気づいたらこの姿になっていた。俺だけじゃない。ハイヒューマン,エルフ,ドワーフ,獣人…この世界の人間は様々な種族へ進化したんだ」
女は俺の言葉を吟味するように、一拍置いてから口を開いた。
「ふむ…とりあえずは、真実を話し続けているお前を信用するとしよう。動いていいぞ」
そう言って首から大剣をゆっくりと離していった。
俺は振り返ると、髪,まつげ,瞳,肌…あらゆる箇所が白い神秘的な女性がいた。
だが、背中にある鳥類のような翼だけが漆黒に染まっていた。
身長は2m後半はある俺と並ぶほどに大きい。
片手には俺の首に当てていた黄金の大剣を軽々しく扱っている。
本能的に、こいつには敵わないと感じる。初めての感覚だ。
「この世界のことを詳しく教えろ」
「まぁ、いいが…」
俺は元がどのような世界だったのかと、アップデートが起きてからの異常を伝えた。
白い女は俺の話を黙って聞いていた。
黄金の大剣を片手に持ったまま、一度も気を抜くことなく、じっと俺を見つめている。
「…魔物もいなかったような世界が、ある日を境に…か」
「ああ。お前の他にもここに来ているやつがいるみたいだがな」
全身鎧を装備した男のことを頭に浮かべて俺がそう言うと、白い女はわずかに目を細めた。
「…異世界転移の現象は珍しくないが、これほど大規模な転移は聞いたことがない。
創造神か、他の最高神クラスでないとまず無理だな」
「創造神ってのは、お前のいた世界の神か?」
「そうだ。魔物と人種が住まう下界を創り出し、管理している存在だ。
だが、ここまで馬鹿げたことをするやつではない」
すると、白い女は少し考え込むように俯いた。
しばらく沈黙した後、静かに口を開いた。
「ふむ…貴様は悪魔だったな。私は今、とある事情があってこの地から離れられないのだが…」
「何?そうだったのか」
「ああ。だが、悪魔の眷属となることで自由になることができる」
「つまり…」
「私をお前の眷属にしろ」
俺は思考をフル回転させる。どう考えても厄ネタでしかないこの女を眷属にすべきか…
「お前に拒否権はないぞ。悪魔よ。拒否するなら今ここで殺すだけだ」
「…まったく。それじゃあ眷属化の説明をするぞ」
そう言って眷属化の説明をしようとすると、女が話を遮る。
「説明?それに何の意味がある」
「意味…眷属化を発動させるための条件だが」
「何?悪魔だったら血を与えるだけで眷属にできるだろう」
「なんだと?」
聞くと、こいつがいた世界の悪魔は血を飲ませることで眷属にしていたらしい。
正直こいつがいた世界の悪魔と俺がまったくの同じ悪魔なのかは疑問だが。
「別にそっちの悪魔のやり方に揃える必要は無いだろう。血を飲ませるなんて気色悪いし」
「…それもそうだな」
納得した女に対して眷属化の説明をして、赤い魔法陣を地面に展開する。
「この魔法陣の上に立てば眷属化が発動する」
「ふむ…見たことがない魔法陣だな」
そう言いながら魔法陣の上に立つと、眷属化が発動した。
だが変化したのは瞳だけで、白から金色に変わっただけだった。
「成功だな。封印から解放されたようだ」
「名前は何て言うんだ?」
「私の名はゼノデウスだ。これから頼むぞ、ヒロキよ」
ゼノデウスはそう言って笑みを浮かべながら片手を差し出してきた。俺は握り返して気になることを質問する。
「そういえば、何故ゼノデウスは封印されていたんだ?」
「なに、ただ最高神を一柱殺しただけだ」
「………だけとは?」
「ああ、それと…」
ゼノデウスは俺の手を握りしめて痛みを与えてくる。
(危害を加えれないんじゃないのか!?)
「いだだだだ!」
「ただの悪魔が私を支配できるとは思わないことだ。だが貴様には恩があるから手は貸してやるし、味方でいてやる。
改めて、これからよろしく頼むぞ。ヒロキよ」
ゼノデウスはそう言って晴れやかな笑顔を向けてきた。
(とんでもないじゃじゃ馬を眷属にしてしまった)
俺はそう考えながら、もう既に後悔し始めていた。