次の日
またビルのフロントで集まっていた。昨日よりも若干集まっている人数が多い。昨日眷属にしたイサムもいるな。
眷属達にはまた他の人達と共に周囲の警戒と瓦礫やゴミの片付けだ。
ワタルが昨日と同じように喋り出す。
「昨日、救出された方々は特に問題も無さそうでした。
ソウスケさん、ヤヨイさんの方も問題なかったようですね」
「そりゃあ、ただの素人だったしな」
「こっちも面白みがなかったですねぇ」
「まぁ、何事もなく済んで良かったですよ」
ワタルは狼の顔で器用に苦笑いする。
昨日救出した女性たちは、眷属化した者も含めて新たな生活を始めている。
今朝から意欲的に働いていたから精神的な問題もないだろう。
「さて、次の問題ですが……」
ワタルが言葉を切ると、サツキが前に出る。
「俺達がこの仮拠点である新都心を安定させるためにも、防衛力の強化が必要だ」
「防衛力ねぇ」
ソウスケが腕を組みながら呟く。
「具体的には?」
俺が尋ねると、サツキはすぐに答えた。
「現在魔法によるバリケードはあるが、そもそもバリケードが意味をなさない敵が現れた場合、結局は戦闘員の強さが無いと意味がない。
非戦闘員の中でも60人ほど戦闘員に参加したいという者が現れている。
とまぁ…そこで、あれだ。ヒロキ」
「ん?あぁ、『戦技と魔力の応用について話していいぞ』」
「戦技…?」「戦技ってなんだ?」
周囲から疑問の声が聞こえる。
サツキが頷き、周囲を見回して説明を始める。
「戦技とは、特定の効果を想像しながら体内の魔力を体の一部や装備に集中させることで使用できる技術のことだ。
例えば両足に跳躍強化と想像して魔力を集中させれば高く跳び上がることができ、武器などに攻撃強化と想像して魔力を集中させれば攻撃の威力を上げられる。
単純な技だが、うまく使えば戦闘の幅が大きく広がる」
「へぇ…そんなことが…」
「知らなかったな…」
興味を持った者たちがざわめく。
「スキルではないのか?」
イサムがそう疑問を投げかけると、サツキは短く答えた。
「ああ、戦技にスキルは必要ない。必要なのは体内を巡る魔力を自覚して操る技術だ」
そう言って、サツキはイサムの肩に手を置いた。
「分かるか?」
「フム…?なるほど、確かに何かがあるな。これが魔力か」
「ここで試しても荒れてしまうし、外に出ようか」
「そうだな」
イサムが頷き、一同はビルの外へと移動する。
すでに整理が進んだ広場があったため、そこを訓練場として使うことにした。
「じゃあ、実演するぞ。これは攻撃強化だ」
そう言ってサツキは拳を握りしめて、近くに転がっていた廃車を軽く腕を振って殴った。
ドゴォンッ!!
車は大きくへこんで、地面を少し引きずりながら動いた。
「……すげぇ」
「こんな力が…」
「ほう…」
周囲の者たちが息を呑む。
サツキが改めて説明を続けた。
「これが戦技だ。スキルとは異なり誰でも習得可能で、魔力を扱う戦闘技術として非常に優秀だ。
そしてただ闇雲に魔力を込めればいいわけではなく、"どういう効果を発揮させるか"を明確にイメージするのが重要になる」
「想像力か…」
イサムが腕を組んで考え込む。魔女のマリンも興味深そうに見ている。
するとソウスケが空中を蹴って跳んでいく。あれは空歩だな。
「こういうのもできるぜ!」
「おぉ!」「空を飛び跳ねてやがる…」
「これは空歩って名前を付けたんだ。かっけぇだろ?」
ソウスケが軽やかに地面へ着地し、腕を組んでニヤリと笑う。
周囲の男たちは興奮した様子でざわめき、女性達も興味深そうに見ている。ますます戦技への関心を強めているようだった。
それを見たサツキはまた喋り出す。
「とりあえず、八咫烏の近接戦闘員は全員これを覚えてもらう。
そして、次は魔法なんだが…」
サツキは俺の方をチラッと視線を向ける。
「ああ。魔法の強化に関しては黒木マリンに頼むとしよう。彼女は現在5個の属性の魔法を扱えるからな」
「私ですか?まぁいいですけど」
ゴホンッと咳払いをすると、マリンは説明を始めた。
「まず魔法のスキルを所持している人なら魔力の放出をできると思うのですが、先ほどの戦技と同じように、特定の効果を想像しながら魔力を放出して魔法と組み合わせます。
例えば"色を青に変えたい"と想像しながら火魔法と組み合わせると…」
マリンは手のひらを上に向け、小さな炎を生み出す。
炎へ向けて左手から魔力を放出すると炎の色が、通常の赤から青へと変化した。
「おぉ…」「へぇ~」
周囲の者たちが驚きの声を上げる。
「これは色が変わっただけなのですが、火が長持ちするようにも出来ますし。
氷魔法だったら氷塊を重くして威力を上げることもできます」
「なるほど…」
ワタルが感心したように頷く。
「これも戦技とは変わらず試行錯誤が必要になりますけどね」
「うーん、私にもできるかなぁ…」
興味津々な表情を浮かべる者たちを見て、マリンはニッコリと笑う。
「もちろんです。魔法のスキルを持っているなら誰にでもできますよ。そう難しいものでもありませんし。
実戦で使うにはある程度の訓練が必要ですが」
「そりゃあそうだろうな…」
ソウスケが腕を組みながら納得した様子で頷く。
「では戦技と魔法強化、それぞれの訓練を戦闘員に受けさせる。
近接戦闘員は戦技を、魔法を使える者は魔力の応用を重点的に学ぶことだな」
こうして、新都心の戦闘訓練が本格的に始まることとなった。
戦技はソウスケが、魔法はマリンが教えていった。
とは言っても、どちらも覚えてしまえば後は反復練習と試行錯誤の鍛錬だ。
ある程度教えるとソウスケは場所を特定している無法者の討伐をしに行き、ヤヨイもある程度教わると戦技の練習として無法者討伐に行った。
当たり前だがヤヨイが一番戦力が上昇した、元がそもそも馬鹿げているような身体能力だったからな。
その次にイサムか。やはり武術経験者は飲み込みが早いように感じる。
とは言ってもイサムはまだレベルが1だ。まぁこれからガンガン上げていくだろうが。
眷属達は、ハルカ,カレン,マナミ,カイ,マヤ,ライト,タツヤ以外は新都心エリアの警備をしている。ハルカ達は無法者の討伐だ。
非戦闘員達は変わらず居住エリアを拡大するために瓦礫の撤去と掃除をしている。
そんな中、俺はというと、平原に向かっていた。
眷属達もある程度戦力が整っている場所にいるから、そろそろ長時間離れていても大丈夫だろう。
あと転移扉もあるしな。
そこまで時間もかからずに平原の上空まで着いた。突如として現れたこの平原は果てしないほどに広大だ。
さいたま市ほどの大きさらしいが、とりあえず上空から偵察してみることにした。
「あれは、牛か?」
しばらく進むと平原には3mはありそうな真っ白い巨大な牛が大勢いた。
これは群れだな。
生え茂っている草をムシャムシャと食べている。
(でかいな…あの体格なら肉の量も相当なものだろう。まぁ、ドロップ品がどんな物だか知らないが)
上空からしばらく観察を続ける。
群れの数は50頭以上。ただひたすらに草を食べている。
すると、遠くからこれまた巨大な黒毛の狼の群れがやってきた。2mぐらいはあるか。
もちろん目当ては巨大牛のようで、巨大牛を囲むように散らばっていく。
巨大牛達は逃げるのかと思いきや、鼻息を荒くして巨大狼が一番多くいるとこへ、一斉に突進した。
それが分かっていたのか巨大狼はすぐに散らばって避けていき、集団の外側にいる巨大牛達に襲いかかった。
巨大牛も暴れ回って巨大狼に反撃していく。巨大牛もそう簡単にはやられないようだ。
「ブモォォォ!!」
1頭の巨大牛が頭を振り回し、鋭い角で巨大狼を突き刺す。
巨大狼は悲鳴を上げ、そのまま吹き飛ばされた。
だが巨大狼も素早い動きで噛みついて倒していっている。
(ふむ…特殊な戦い方はしないが、その巨体から繰り出される攻撃が脅威だな)
俺はまた飛んでいくと、非常に大きな湖があった。
湖は想像以上に広く、透き通った水が静かに波打っている。
周囲には草食系のモンスターらしき影がちらほら見え、水を飲んでいる。
先ほどの巨大牛の群れとは別の種類らしく、体長2mほどの角が黒い鹿も確認できた。
湖の上空を飛びながら観察を続ける。
すると湖の中から突如として巨大な影が浮かび上がった。
水面を突き破って現れたのは、全長5mはあろうかという四足歩行の鮫だった。
(脚が生えた…鮫?)
噛みつかれそうになった瞬間、巨大鹿は目にも止まらぬ素早さでそれを避けると、黒い角がバチバチッと雷を纏い、そして雷を四足歩行の鮫に放った。
四足歩行の鮫は口から高圧力のビームのような水を放って相殺した。巨大鹿はさっさと逃げていった。
(急にモンスターの殺意が高くなったな…こいつらは注意だ)
周囲に目を配ると、遠方に森が見えたので飛んで行ってみる。
一本一本の木がバカみたいに太く、そして長い。数十メートルはあるか。
大樹の上空から森を見渡していると、拓けている場所を見つけた。そして中央には木造の家があった。
「家だと?」
俺は慎重に降りていき、周囲を警戒しながら地面に着地して木造の家へと近づいた。
森の中にある割には家の造りはしっかりしており、長い間放置されていたような荒れ果てた様子はない。
外から観察していると、いつの間にか首に大剣が添えられていた。
若干切れたのか首から少量の血が流れる。
(なにッッ!)
すると背後から女性の透き通った声が聞こえた。
「動くな、振り向くな。何が目的でここまで来た?悪魔よ」