俺が指示をすると、眷属たちは次々と散開して食料品コーナーや衣料品売り場、生活用品エリアへと向かっていった。
「すごい…こんなに物資が残ってたんだ」
「食料は保存が効くものを優先して持ち帰りましょう」
彼らはそれぞれ判断しながら物資を回収し、アイテムボックスへと収めていく。
統率も取れているし、何より手際がいい。皮肉にも反社にこき使われていた時の経験が活きているのかもしれないな。
それにしても、ここはあまりモンスターに荒らされなかったようだ。さすがに状態は悪いが、惣菜もそのままで残っている。
俺も食料品売り場を巡回しながら、缶詰やペットボトルの水、インスタント食品などを回収していく。
手に取ったものを片っ端からアイテムボックスへ収納。
(これでしばらくは物資の心配をしなくて済みそうだ)
ある程度の量を確保したところで、眷属たちの様子を確認するために千里魔眼を使う。
視界を素早く移動させ、モールの各所にいる眷属たちの動きを把握する。
(問題無いな、モンスターもいないようだし)
千里魔眼を切り、視界を元に戻す。これのデメリットは発動中に無防備になってしまうことだな。
そう考えながら物資回収を進めていった。
3時間後…
あらかた物資を回収した俺と新しい眷属達は、集まって戻る支度をしていた。
「これで全員集まりましたね!」
「そうか、それじゃあ拠点に向かうぞ」
眷属たちは頷く、この数時間で彼らの顔つきは大きく変わっていた。
「周囲を警戒しつつ進むぞ」
「「「はい!」」」
統率の取れた返事が返ってくる。眷属たちはそれぞれ手に入れた武器を手にし、警戒態勢を取りながらショッピングモールを後にした。
外に出ると、夕焼けが街を染めていた。無人の大通りに俺たちの足音だけが響く。
「ああ…本当に、滅茶苦茶になっちゃったんだなぁ」
気弱そうな元エルフが呟いた。彼だけではなく全員が切なそうな目で辺りを見渡していた。
街は静まり返っていた。かつて賑わっていたはずの道路も、今では放置された車が無造作に転がるだけの廃墟と化している。
瓦礫が散らばり、割れたガラスが夕日に反射して鈍く光る。
「……前は、あそこのコンビニで毎朝コーヒー買ってたんだ」
誰かがぽつりと呟いた。
「私も…あのパン屋、よく通ってたなぁ」
「俺は……駅前のゲーセン、週末になると友達と…」
次々とこぼれる昔話。
眷属になったことで力を得た彼らも、この荒廃した町でも、かつての日常を思い出さずにはいられないのだろう。
「ヒロキ様は、人間だった頃は何をしていたんですか」
1人の女性が話しかけてくる。
「…普通のサラリーマンだったよ。いつも似たような日常を過ごして、帰りにはコンビニで適当なツマミを買って晩酌するのが細やかな楽しみだった」
「へぇ、ヒロキ様もあのコンビニ通ってたんですね」
「ああ…もしかしたら、どこかですれ違っていたかもしれないな」
「そうですね…なんだか、不思議な気持ちです」
女性は少しだけ笑みを浮かべたが、その表情には寂しさが滲んでいた。
「…まぁしばらくは無理だろうが、また作れば良いんじゃないか。そういう日常を」
そう言って俺は前を向き直り、歩を進める。
眷属たちも静かに頷き、それぞれの思いを胸にしまいながら後に続く。俺たちは拠点である体育館へと帰路を急いだ。
《体育館》
体育館に戻ると、物資回収組は全員戻ってきていた。そして駆け寄ってくる。
「おかえりなさい!…新しい仲間たちですか!」
「ああ、14人分のマットレスを用意してくれ」
「はい!」
「それじゃあ、今日ショッピングモールで回収した全部衣服出してくれるか?」
「あ、はい!」
新しくやってきた眷属たちが回収した衣服を取り出して置いていく。
ショッピングモールのをあるだけ持ってきたので山積みになっていく。
「これから好きに持っていっていいぞ」
「はい!」「分かりました」
そう言うと、眷属達は自分に合いそうな服を探していく。
「あれ、サラ?」
「え、ミカじゃん!気付かなかったよ」
どうやら、元々の知り合い同士だった者がいたらしい。
「まさか、また会えるなんて」
「うちも嬉しいよ…」
再会を喜ぶ二人の女性が涙ぐむ。周囲の眷属たちも彼女たちの姿を見て、自然と安堵の表情を浮かべていた。
「まぁ、こういうこともあるか。ハルカ」
「はい!」
「今日の探索はどうだった?」
するとハルカが悩ましげな顔をする。
「順調ではあったんですけど、さすがにこの辺りの物資は取り切りましたね。
それとゴブリンはもう見かけなくなりました。けど代わりに他のモンスターを見かけるようになりました」
「例えば?」
「一番多いのは大ネズミですね。他にもオークだとかヒロキ様も遭遇した黒い獣も何回か遭遇しましたよ」
ほう、ネズミか。あいつの肉は悪くなかったからな。
オークはまだ見かけてないな、しかしあの黒い獣も見かけるようになったか。
「大丈夫だったか?」
「はい、カレンが大活躍でしたね。まぁ少しくらいの怪我ならハルナが治せますので」
カレンとは元ドワーフの眷属で、ハルナは元ハイヒューマンで守りと支援に特化した光魔法が使える者だ。
するとハルカが何かを思い出した顔をする。
「そうだ!少しここから離れたところにすっごい広い平原を見つけたんですよ」
「……は?平原?あの雑草やらで自然豊かな?」
「はい!その平原です!どこかの家の庭にある芝生とかじゃないですよ。しかも端が見えないぐらいに広くて」
おかしい、この辺りにそんな平原なんて無かったはずだ。
「この辺りに平原なんて無かったよな?」
「はい、間違いなくないです。町と平原の境目がまるで平原に空間を削られたかのような感じになってまして、建物なんて凄い綺麗に真っ二つになってましたよ」
「ふむ…そうか。それじゃあ新人達に色々教えてやってくれ」
「はい!」
ハルカが頷き、新しく加わった眷属たちの方へと向かう。
彼女たちはまだ完全に慣れたわけではないが、眷属同士通じ合うことでもあるのか、すぐに他の眷属たちと打ち解け始めていた。
しかし、気になるのは突如として現れた平原だ。
(世界の変化はまだ終わっていない…?いや、それよりも何故今まで気付かなかった?)
俺は壇上に上がり、いつの間にか置かれていた3人掛けソファに腰を下ろす。
そして千里魔眼を使用した。
視界を上空に飛ばして周囲を見渡すと、確かに平原があった。遥かに広大な平原が。
平原で視界を動かして見ると、所々に林や湖がある。
そしてモンスターも大勢いて争ったりしている。
(こんな情報掲示板にあったか?)
俺は視界を元に戻すと、メニューを開いて掲示板を選択する。すると早速それ関連のスレッドが見つかった。
[埼玉で突如見つかった平原について]
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132.斎藤ジン
他県では森林、荒野、巨大墓地、迷宮などが出現しているみたいだな。
しかし何であそこまで大規模なもの誰も気づかなかったんだ?
133.尾崎キイチ
認識阻害とかその辺だろ。もう意味わかんねーよ
134.黒木マリン
池袋でも平原の端が確認できたらしいわ。
135.遠藤タケル
はあ!?池袋!?どんだけでかいんだよ!
136.斎藤ジン
端が確認されたのが、新座、池袋、東浦和だったか。
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俺も報告しておくか。
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137.佐藤ヒロキ
それと中央区だ。駅で言うと与野本町辺りからだな。
今日から続々と見つかっているのか?
138.飯村タケシ
お、悪魔さんじゃん。そうだよ、皆思い出したかのように発見してるんだ。
139.立川ハルト
えーっと、ざっくりさいたま市と同じぐらいの広さですかね
140.伊藤サオリ
広すぎwwwそりゃあんだけ目立つわ
141.斎藤ジン
しかし、モンスターが大勢いるようだが探索する価値はあるのだろうか
142.尾崎キイチ
レベル上げとか?
143.黒木マリン
レベル上げに命かけてたまるか
144.木村カケル
まぁ物資が少なくなってきてるからドロップ品目当てに行くのはありかもね
145.佐藤ヒロキ
というかこれからあのエリアからモンスターが溢れ出てくるんじゃないか?
あの平原にいる奴らも認識阻害をかけられていたとしたら
146.立川ハルト
全然ありえますね
147.伊藤サオリ
てかだとしたらヒロキさんのとこ危なくね?
平原から近いんだし。
148.佐藤ヒロキ
ああ、この辺りも物資取り尽くしたから場所を移す。
俺は提示版を閉じて、千里魔眼を使う。
平原と町の境界付近にはもう既にモンスター達がポツポツと集まってきていた。興味深そうに建物を見ている。
壇上から眷属達に声をかける。
「聞け」
「「「はい!!」」」「ギギ!」
お、おお…反応が良いな。
「今からこの避難所を離れる。理由は発見された平原からモンスターが大勢攻めてきそうだからだ。
置いてあるものを全てアイテムボックスへ入れろ」
「「「はい!!」」」「ギギ!!」
眷属たちは即座に行動を開始し、マットレスや調理器具などを手際よくアイテムボックスに収納していく。
俺も壇上から降り、手近な荷物を片付けながら状況を整理する。
(探索組が平原を見つけてくれて良かった。ショッピングモールとは真逆だったから気付くこともなかったな)
もしもモンスターの大群が押し寄せてくるまで気づけなかったら、籠城するにしてもここでは不利すぎたからな。
「ヒロキ様、全ての荷物の回収が完了しました!」
ハルカが報告してくる。周りを見れば、体育館はすっかりもぬけの殻になっていた。
「よし、移動するぞ」
「「「はい!!」」」「ギギ!!」
一糸乱れぬ返事と共に、俺たちは体育館を後にした。
《夜の街道》
夜の闇が、無人の街を包み込んでいた。
街灯はすでに機能しておらず、明かりといえば月光だけ。
とは言っても俺達には暗視がある、闇の中でも問題なく行動できるのは中々に便利だ。
(さて……次の拠点をどうするか、だな)
目指すは、平原からなるべく距離を取れる場所。そして籠城にも適した立地…まぁ、ショッピングモールか。
(…悪くないな)
施設内の防御を固めれば拠点として長期的に使えそうだ。
俺は視界を戻し、眷属たちに向き直る。
「次の拠点はショッピングモールだ」
「「「はい!」」」「ギギ!」
新しくやってきた眷属達は結果的に戻ることになってしまったな。
《ショッピングモール》
モンスターに遭遇することもなく、無事ショッピングモールに着いた。
「お前達は3階に行って拠点になりそうなところを探してきてくれ」
「「「はい!!」」」「ギギ!」
眷属達は3階に上がっていった。俺は黒樹の戦斧に魔力を渡らせて、武器スキルの"スケルトン召喚"を使用する。
ちょっと物陰になりそうな床に紫色の魔法陣が現れる。俺はその魔法陣を1階の3箇所に展開していった。
スケルトンは弱いが、数が多いというのは脅威に映る。
魔法陣が淡く輝き、そこからスケルトンたちが30秒おきに這い出てくる。
ギシギシと軋む音を立てながら、彼らは魔法陣の近くをウロウロと歩いている。
最終的には90体のスケルトンが1階に群れることになるが、さらに追加する予定だ。
(まぁ、囮としては十分だな)
モール内に侵入する可能性のあるモンスターに対して、先にスケルトンたちを歩哨として配置しておけば、不意打ちを受ける危険も減るだろう。
俺はしばらくスケルトンの動きを観察し、問題ないことを確認すると、ゆっくりと3階へ向かった。
3階に上がると、すでに眷属たちが適当なスペースを確保し、簡単なバリケードを作り始めていた。
「ヒロキ様、ここが一番使えそうです!」
ハルカが指し示したのは映画館のロビーだった。
モール内に併設されていた映画館の入り口付近は、広いスペースが確保されており、構造的にも外部からの侵入を防ぎやすい。
「ふむ、いいんじゃないか」
映画館内には元々のシートがそのまま残っており、寝床としても悪くない。
さて、最終的どれほどモンスターがやってくるか…