人よりずっと誠実に、ひたむきに、真っすぐな人間になるように生きてきた自信がある。特別親が厳しかったとか、環境が真面目さを強制したとかではない。多分生まれつきそういう性根を持っているのだと思う。だから私はこの生き方が苦しいなんて思ってことはないし、きっとこのまま一生を終えていくのだろうと漠然と考えていた。
そんな私が初恋をしたのは人よりちょっと遅いと思う。なにせ高校二年生になってからなのだから。
「おはよう、桜庭さん」
「あっ、うん。おはよう素鳥君」
アイドルのように整った顔立ち、運動部に入っているわけでもないのに程よく鍛えられた肉体、そして何より身体の奥底から湧き出している爽やかで健全的なオーラそして、どんな時でも風紀を遵守する綺麗な魂………同じクラスになり、隣の席になり、言葉を交わし合っていくうちに私は彼の虜になってしまった。
今では彼の一挙手一投足を見てしまっている……授業に集中しなければいけないのにふと気づけば隣を見てしまっているのだから我ながら情けない。真面目な桜庭さんはどこにいったのだ。
彼はその外見と誰にでも分け隔てない態度もあり、とてもモテる。
ダメだと思いながら閲覧した犬前高校の裏サイトでは付き合いたい男子トップ3に常に入っているほどだ。今現在誰とも付き合っていないのが奇跡と言えるだろう……まぁこっそり誰かと付き合っているのかもしれないが。
『えー、勝手に放送室をジャックして恐縮ですが。この場をお借りして私の愛を届けたいと思います。
詠史さん、不肖初川真絹と付き合ってください!!貴方に一生を捧げる覚悟はできています!!18歳になったらすぐに結婚したいです!!』
「あはは、またやってるわ」
「凄い情熱だよね。まぁここまでやるのはヤバいと思うがね」
私たちの学校ではたまに初川真絹と言う女の子が和倉詠史と言う男の子に愛の告白を放送している。別に学校に許可を取っているとかではなく、彼女が勝手にやっているらしい。愛の暴走が過ぎるだろう。
しかし私は彼女を尊敬している………やっていることは褒められたことではないだろうけれど自分の想いの為にここまで派手なことをできるのは恋する乙女の一人として凄いと思わざるを得ないのだ。
こんなド派手なことをやってみたい……でもそんなの出来るわけがない。後のことを考えるだけで怖い……
私にも彼女の勇気があれば………せめて10分の1でもあれば………
「早く和倉君も付き合ってあげればいいのに……っても、ここまで愛が重い相手だと付き合うのにも覚悟が必要か」
「そうね。毎日楽しくはなりそうだけどそれ以上に大変になりそう」
告白が出来るのに………でも、私が素鳥君に告白するイメージさえ湧かない……
駆け付けた先生たちに放送室で叱責される声を聴きながら私は素鳥君を見つめた。
彼が私を見つめ返すことはなかった。
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その日は家に帰るのが遅くなってしまった。どうしても理解が難しい点がいくつかあり、先生を長く拘束してしまったのだ……おまけに事故で電車が遅延し、気づけばすっかり暗くなってしまっていた。
歩きなれた道だというのに夜が更けているというだけで周りの風景が何だか目新しいものに感じる。夜の恐怖心ももちろんあるが、それ以上の不思議な高揚感が私の心を満たしていた。
「まるで悪いことしてる気分」
ただ夜遅くに歩いているだけなのに………変な感じ。
「早く帰ろう」
夜は静寂に包まれていた。そんな状況だったからなのか、ほんの僅かなそれが私の鼓膜を揺らしたのに気が付いた。
「素鳥君の声?」
気のせいかもしれなかったが、強烈に気になった。こんな夜遅くに……まさか………
脳裏に素鳥君が綺麗な女性と手を繋いでいるシーンが浮かび上がった。とても楽しそうな顔で、二人は幸せなキスを………そしてそのままなだれ込むように互いの身体を貪り……
「違うよね……こんな夜中に逢引きなんて……してないよね」
光に這いよる蛾のようだった。私は声がしたの方にふらりふらりと歩いていった。小さな草木を這い分けて、小石を蹴り、そしてボロボロの倉庫にいきついた。
遠い昔に作られた後、ほったらかしにされていたようで酷く風化している。虫だって行き来し放題だろうし、こんなものでは雨風をしのぐことさえままならない……しのげるとすればそれは人の視線だけだ。
そして穴だらけの倉庫の中から素鳥君の声が聞こえた。聞いたこともないほどに上ずっていて悦に入ったテンションの高さを感じさせる声だ。そう、性の愉しみを享受しているときに上がるような声。
「嘘だよね……素鳥君はとっても真面目で、風紀を守ってて………」
心臓がおかしくなりそうなほど鼓動を刻んでいた。身体中の血流が狂った動きをしているのがハッキリと分かる。
「違うよね」
まだ見ぬ女とまぐわい、見たくない表情を浮かべている素鳥君の姿が脳裏に浮かび上がってしまった。消そうとするがこびりついて仕方ない。
無数に空いた穴の一つから私は中を覗いた………中身が分かっているのにパンドラの箱を開けるような…そんな気分で。
「…………???????」
中に見えたのは思っていたのとはまるで違う光景だった。自分でもよく驚きで声が出なかったと思う。
中では確かに素鳥君がいた。素鳥君しかいなかった。
たった一人で全裸になって無茶苦茶に踊り狂っていたのだ。身体全部を使って恍惚の笑みを浮かべ、魂を解き放っているようであった。
「……裸」
お父さん以外の男性の裸を見るのは初めてだった……どうしてもジッと見入ってしまう。
しかしこれはなんだ?筋肉の動き、女の子にはない股の間にある棒と玉、これまでさんざん見てきた顔でさえ全てがとてつもなく新鮮で、私の中の何かを刺激している。
「産まれたままの姿………」
先ほどとは違う形で心臓がバクバクと鼓動する……甘い電撃の様なものが絶え間なく全身に巡り巡っている。
「あはっあはははは」
私は異常なほどに冷静だった。ゆっくりとその場から離れ街灯の下にあったベンチに座る。
「そっか……素鳥君って露出狂だったんだね………ふふふそっかそっか。
それが本当の君だったんだね」
自分の胸元を見る。別に対して大きいわけではない、私の身体はそこまで立派なものではない。でも、もし彼のように全てをさらけ出せば変わるような気がする。どんなにスタイルの良いモデルさんよりも素敵な身体に変わるような気がする………そんなことあり得ないと頭では理解しているのに、魂がそう叫んでいる。
「これは、好きな人の気持ちを分かるためだから……ただそれだけだから」
好きな人の趣味を理解したい、それはとても普通のことだろう。そう、普通だ。誰だってすることだ。
ボタンを丁寧に外していく。肌着が露わになった瞬間に先ほどよりもさらに甘くて心臓の奥底まで響くような刺激が襲ってきた。とても素敵な刺激だ。
「はははは」
勢いのまま上半身の服を脱いだ。もっと凄い甘い圧力が身体を包み込む。
堕ちていく。それが正しい表現なのか。それとも………
分からない。私には全然分からない。
剥き出しになった肌に当たる少しだけ冷たい風が心臓にまで響いていく。一瞬だけキュッと締まるような心地がした後に得も言われる快感が血流を通して全身に巡り渡る。そしてまた新しい温度が肌を撫でるたびに同じことが何度でも起こる。
耽溺とはきっとこんな時に使う単語なのだろう……私は甘くて危険な蜜の中に浸っている。ほんの少し運命が悪い方向に動くだけで破滅する、分かっている、そんな客観的なことは分かっている。
でも、それでも、これは素鳥君が好きなことだから。そして私も好きなことなだけだから。
「誰にも見せないから………いいよね」
これは私が露出した日のことだ。
生まれて初めて私が桜庭露莉になった日なのである。
さて、いつ素鳥君に告白しようかな。どんな風に告白しよう。
自分が彼に二つの告白をしているシーンを考えるだけで胸が躍って躍って仕方ない。
私の足は再び、例の倉庫に向かったのであった。
完