「これを持っていろ」
シャノンがルロウの婚約者になることを受け入れた日から、しばらく日が経った頃。
恒例になりつつある三階での朝の食事を終えたあと、食器を片付けに部屋を出ていった双子を待っていると、ルロウが何気なしに渡してきたのは赤い宝石が嵌め込まれたペンダントだった。
「これは?」
シャノンは不思議そうにペンダントを確かめる。
黄金の枠の中に収まる赤色の宝石。ルロウの瞳を彷彿とさせる色は、よくシャノンが身につけているリボンと相性が良さそうだ。
「……なんだかすごく高価そうですけど」
「おまえが受け取らないなら、捨てることになるが」
「ど、どうしてですか!?」
「おまえに用意したものを、おまえが要らんというなら、捨てるしかあるまい」
さも当然のように笑うルロウに、たまに出てくるその理屈はなんだろうと思う。
こう言ってくるということは、シャノンが遠慮してつき返せば本気で処分するつもりだ。
「捨ててしまうなら、貰うしかないじゃないですか! ……ありがとうございます、ルロウ」
「ああ――」
不意にルロウは席を立ち、シャノンのそばに寄ってくる。
ひらりと袖が揺れる動きを目で追っていれば、かすかにルロウの香が鼻をくすぐった。
「いくらでも、好きなように使え」
「え……?」
いつの間にかシャノンの首にはペンダントが付けられていた。
ルロウが慣れた手つきで付けてくれたようだが、早業すぎて付けられていることに気づかなかった。
「お待たせ、フェイロウ、シャノン」
「ただいま〜」
その後、双子が帰ってきたので、ペンダントの話題は自然と流れてしまった。シャノンは最後の言葉が気になったが、尋ねる前にルロウは任務に出かけていった。
***
今日は施設に顔を出す日。
同行者は変わらずハオとヨキにお願いしているが、誘拐の件があるので、しばらくはダリアン直属の部下一人が後ろからついて行くことになっている。
シャノンの足もだいぶ良くなり、最近では杖なしでも一日歩いていられるようになっていた。
ルロウから貰ったペンダントの話題が上がったのは、施設の子供たちに渡す手土産を選んでいるときである。
「あれ、シャノン。それってフェイロウから貰ったの?」
「わ、それってもしかして〜」
衣服の下に隠れていたペンダントに気がついたハオは、目を見開きながら言った。
シャノンはチェーンを手繰り寄せて表に出し、まじまじと見てくるハオとヨキに言う。
「今朝、ルロウから貰ったの。こんなに高価そうなもの貰っていいのか心配だったけど、受け取らないと捨てるっていうから……」
シャノンは双子の反応から、このペンダントの価値を察し始める。
普通のアクセサリーを見てするような顔ではなかった。
「これ、そんなに高価なものなの……?」
「というか〜……ね、ハオ」
「うん。そのペンダント、真ん中に模様があるでしょ。それってルロウのサインなんだけど」
「ルロウのサイン?」
確かに赤く輝く宝石の真ん中には、不思議な形のマークが描かれている。
これは西華語で、ルロウの名を表す文字らしい。
「そのペンダントの模様をお店の人に見せれば、お金を払わなくていいんだよ」
「そうそう、ぜーんぶフェイロウの金庫から引かれるから〜」
「……どういうこと!?」
なんでもこのペンダントの模様を店員に見せると、その場で支払いはせず、ヴァレンティーノ家が管理する金庫に店側が請求し購入ができるのだという。
ヴァレンティーノ領内ならばどこでも利用できるので、ルロウはよく利用しているそうだ。
(だから、ルロウ……いくらでも使えって……そういうことだったの?)
聞けずにいたシャノンも悪いが、だからといって説明がなさすぎる。
「よかったね〜シャノン」
「なんでも好きな物買えってことだもんね。やっぱりフェイロウってシャノンに甘いや」
「そういう問題じゃないよ。さすがにこれは、使えないっ」
怖々とするシャノンに、双子は「えー?」と首を傾げる。
このペンダントがルロウの私財に繋がっていると思うと、もし不備があって落としたらどうしようという心配ばかり考えてしまう。
そもそも自分のお金を好きに使え、だなんて。
いくら婚約者になることを決意したとはいえやりすぎな気がする。
ルロウは全く気にしないとしても、シャノンはそうもいかない。
(わたしだって浄化の力の研究とかで、協力金を貰っているし。施設の子たちのお土産ぐらいなら買える。それなのにルロウのお金を使うのは申し訳ないわ)
やはりこんな大事なものは貰えない。
帰ったらすぐにルロウに返そうと、シャノンは胸の内で決意した。
***
帰宅後、ペンダントのことをルロウに話すと、「おまえが要らないなら処分する」「つけなくても処分する」の一点張りだった。
(朝はつけなくても処分するなんて言っていなかったのに……!)
結局シャノンは扱いに気をつけながら、ルロウのペンダントを身につけて生活することになる。
もちろん、買い物中は服の中に潜ませて。