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第34話 刻印、完全解除



 シャノンが教会を追い出されてから現在に至るまでのすべてを話し終え、事情を理解した皇帝と皇太子は、シャノンに労いの言葉をかけてくれた。

 それは決して同情や憐れみではなく、強く前に進んでいるシャノンに対しての、敬意が込められたものだった。


 その後、ダリアンは聖女の存在を秘匿していたことについては咎められたが、公式の場で処罰を受けることはないという。それを聞いてシャノンは心底安堵した。


「聖女殿。そう心配せずとも、ヴァレンティーノに恨みを買うことは皇室としても避けたい。故に多少の傲慢も目を瞑ろう」


 皇帝はそんなことを言っていた。

 拍子抜けするほどに、ダリアンと皇帝の間に流れている空気は穏やかで。世間が持っている印象とは違い、現在の皇室とヴァレンティーノ家は良好な関係を築けているようだ。

 それどころかダリアンと皇帝は昔馴染みという間柄であり、ダリアンのことを年の離れた弟のように思っている節がある。


「あの頃のクソガキが今や立派な当主とは、時の流れというのは本当に早いものだな」

「皇帝がそのように低俗なお言葉を使うのはいかがなものかと」

(この二人、なんだか楽しそうに話してる……)


 あくまでもシャノンが傍から見て抱いた感想だが、正直間違っていないのではと思う。


「シャノン殿の事情は分かった。ヴァレンティーノの主張としては、変わらず保護を望むということだね。……婚約関係を打診中というのは、そちらで勝手にやってくれて構わない。婚約するしないにしても、定期的に近況は報せてもらうけどね。身を置く場所については、シャノン殿の意思を尊重しよう」


 シャノンが毒素の浄化ができると分かっている以上、これから色々と協力することは増えそうだが、自由を奪うようなことは一切しないと約束してくれた。


「……それで、おまえが書簡で言っていた、呑んで欲しい提案というのは?」


 ルロウが尋ねると、皇太子は眉を下げ、シャノンに目を向けた。


「シャノン殿に、ある人物の毒素の浄化を頼みたい。君は教会を追放された身だから、あまり気持ちのいい相手ではないかもしれないけど」




 ***



 謁見の間に皇帝とダリアンを残し――場所を移したシャノンとルロウは、皇太子宮を訪れていた。

 人気を避けるように案内されたのは、皇太子宮の中でも最も厳重な警備がなされる皇太子の居室が入った一棟である。


「どうか他言無用で頼むよ」


 静まり返った棟の一室にやってきたシャノンは、皇太子に念を押されながら部屋の中に入る。

 皇太子の発言からただ事ではない空気が伝わっていたが、扉の前に来た段階で、二人とも察しがついていた。


(不浄の気配……しかもこれは、毒素……?)


 室内に足を踏み入れたシャノンがすぐに目を向けたのは、窓際に置かれた寝台。そこから黒い靄のような、不浄独特の気配が伝わってきた。


 皇太子の目配せを受け、シャノンは寝台を覗き込む。そこにいたのは、シャノンが絶句してしまうほどに予想外の人物だった。


(どうしてここに、始祖血族の方が……?)


 寝台には、唇が黒く変色し、息苦しそうな面持ちで眠っている青年がいた。

 青年の額には、見覚えのある印がある。それは、シャノンの首裏にある薄れた聖女の刻印と全く同じもの。


 始祖血族――クア教国が信仰する大聖女の血縁の子孫として、教会全体の相談役の地位にいる人々の尊称だ。

 そしてこの青年は、シャノンがまだ教会で公務を行っていた頃に、「長さま」と呼ばれていた人物だった。




 青年長は十日前から帝国にお忍びで訪問しており、二日前の夜に突然、過剰有毒者の症状が表れたのだという。

 付き添いの使者も同じような状態であり、おそらく彼らは突然変異の過剰有毒者だと考えられた。


 そのため、毒素の吸収を頼みたくヴァレンティーノ領の屋敷に早馬を出したのだが、シャノンと双子が攫われた件で連絡が上手くいかなかったようだ。


「教国の闇使いの方は一緒に来ていなかったのですか?」

「……どうにも彼らには、過剰有毒者の毒素を吸収するほどの実力はないらしくてね。長殿がこんな状態だとわかるや否や、責任問題を恐れてか行方を晦ましてしまったんだ」

「そんな……」


 クア教国は大聖女信仰者が集まる国。ゆえに聖女の立場は確立されているが、その逆で闇使いの立場は曖昧だ。

 避けようがないことだったとしても、始祖血族に何かあったとなれば、同行していた闇使いは処罰されるだろう。それが罷り通ってしまうのが今の教国なのである。


「わかりました。すぐに浄化します。お連れの方たちも」


 命の危機に関わる黒い斑点が出ていないとはいえ、過剰有毒者の毒素は早めに取り除かなければ周囲にも影響を及ぼしてしまう。


「シャノン」


 ふと、ルロウから声がかかる。

 呼ぶだけで何も言わないが、少なくともシャノンの身を案じているのは雰囲気から伝わってきた。


「大丈夫です。ヴァレンティーノ家でたくさん食べさせてもらって、よく寝て、わたしの体も少しずつ強くなりました。たぶん、倒れることはないと思います」


 にこりと笑いかけ、シャノンは青年長の手を取る。


「長さま、失礼します。――癒しよ、安らぎよ、かの者に祝福を」


 ルロウのときと同じように浄化を早めるため、シャノンは青年長の額に口付けた。

 後ろからピリッとした空気を一瞬感じたが、シャノンは目の前のことに集中し、浄化を始めたのだった。



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