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第31話 呼び出し




 教会を追放されてクア教国を逃げ出し、身寄りも頼るあてもないためヴァレンティーノ家で保護して貰うことになったシャノンは、条件としてルロウの婚約者になった。


 そこにはルロウの毒素を浄化させたいがため、シャノンを近づかせたというダリアンの意図が含まれていた。表向きは「婚約者」でも、それは暫定で決められたものなのである。


 遠い未来のことなど想像もしていなかったシャノンだが、いずれ暫定婚約者という立場には、終わりがくるものだと思っていた。


 しかし、違った。


『この先、おれの本当の婚約者になるというのは、どうだ』


 いつもの気まぐれでもなければ、人の神経をわざと逆撫でしようとして発せられたものでもない。

 ルロウは本気でシャノンを自分の婚約者に決めようとしているのである。


『本当の婚約者……』


 そんなルロウの真意を尋ねる前に、疲労と緊張が溜まりに溜まっていたシャノンは、恐ろしい睡魔に襲われ意識を朦朧とさせた。

 融通が利かない自分の体を恨めしく思いながらも、どこかほっとした気持ちで意識を飛ばしたのが、昨夜までの話である。



 騒動から一夜明け。

 ヴァレンティーノ家が皇都に構えるタウンハウス皇都本邸の寝室で目覚めたシャノンは、同じく昨夜から滞在していたダリアンに事の詳細を聞かされた。


 まず、シャノンと双子を攫ったカーターだが、現時点では本邸地下の牢に入れて、今も聴取を行っているという。


 シャノンが見世物小屋で毒素を浄化していた聖女だと知っていたのは、浄化をしてもらった客の一人がうっかり酒場で、一般民を装い情報収集中のカーターに話してしまったことが始まりである。


 カーターは上に報告する前に、真相を突き止めようと見世物小屋に向かい、忍び込んで様子を見てみれば本当に毒素を浄化する聖女の姿を発見した。

 本来ならここですぐに報告に移るべきなのだが、欲が出た。

 闇使いの端くれであるカーターは、自分の体に溜まった毒素も浄化してくれないだろうかと考えた。管理者と接触しようとしたところで……タイミング悪く、別の情報筋から聞きつけたルロウやダリアンが見世物小屋に立ち入った、ということだった。


 カーターは屋敷でシャノンに声をかけたとき、左足を引きずる歩き方の独特な特徴や背丈から、見世物小屋にいた聖女がシャノンなのではという疑問を抱いた。そしてシャノンがルロウの婚約者として現れた時期を考えると、見世物小屋から連れてきた可能性が極めて高いという結論に至ったのだ。


「裏切りは死だと分かっているはずなのにな。アイツは金に目がくらんで黒明会の奴らにお前の情報を流したんだ。で、小劇場でお前に危害を加えた男だが、黒明会では下っ端のほうでな、地位を上げるために何か有益な情報がないかと帝国に潜伏していたって話だ」


 黒明会の者なら、闇使いが管理する商団が通り抜けるための道を使えば帝国に来ることはできるので、男もそうしてやってきたのだろう。

 クロバナの蔦は国境を覆うように生えているが、一箇所の毒素を集中的に吸収することで、数分だけ人が通れる道を作り出すことができる。

 しかし、そのためには毎回大掛かりの人員を投入するので、ただの一般人はなかなか使用できない道である。しかもすぐに蔦が伸びて閉ざされてしまうため、頻繁に開けるものでもなかった。


 現在分かっている状況の説明をあらかた終えたダリアンは、シャノンに深く謝罪をした。


「……保護すると言っておきながら、危険な目に遭わせてすまない」

「謝らないでください。いくら当主様だって、こんなの防ぎようがないですよ。カーターのことも、そもそも情報が届いていなかったんですから」


 ダリアンのせいだとは一切思っていないシャノンなのだが、それでも当主でありながら騒動を未然に防げなかったのは自分の不徳の致すところだと、またも頭を下げられてしまった。


 そしてもう一つ、ダリアンが面倒そうにしている理由がある。

 おそらく、こちらのほうが比べ物にならないほど重大だ。


「黒明会の者の関与、小劇場で捕縛した貴族連中の顔ぶれ、そして場所が皇都だったこと。……さすがに今回の件で、隠しきることが難しくなった」


 そう。じつはヴァレンティーノ家が聖女を保護していたということが、皇室の耳に入ってしまったのである。

 仕事が早いもので、今朝方ダリアン宛に皇室から登城命令が下され、シャノンも共に行かなければならなくなってしまったのだ。



「食えん奴だな」

「あ、ルロウ……」


 談話室で行われていたシャノンとダリアンの会話に加わってきたのは、煙管を片手にしたルロウだった。彼の両隣には、元気な様子の双子が立っている。


「ハオ、ヨキ……!」


 牢に出されてからずっと二人の心配をしていたシャノンは、すぐさま駆け寄った。


「シャノン〜おはよ」

「昨日は大変だったよねほんと。よく眠れた?」

「眠れたけど、二人は大丈夫なの? 怪我もたくさん残っているのに」

「あーあんなのべつに平気。ちょっと痛かったくらい」

「そうそう〜ヨキたち、あんなの暗黒街じゃ慣れっこだったし〜」


 双子はあっけらかんとして笑っている。ルロウから聞いてはいたが、もう二人は気にも留めていないようだ。


「でも……ごめんね。それと、ありがとう。わたしを守ってくれて。すごく心強かった」


 心からの感謝を伝えると、双子は揃って照れ隠しの笑みを浮かべていた。


「へへ、だけどシャノンを傷つけるなんて、アイツゆるせないよ。カーターもムカつくけどさ」

「黒明会のやつだから殺せないし〜」

「ぼくたちも、枷を取ってもらったあとにボコボコにしに行けばよかったよね。フェイロウみたいに」

「怪我、痛いでしょう? 二人分ぐらいなら、癒しの力で治せるよ」

「え、いいよそれは。シャノンだって万全じゃないのに」


 そんな和気あいあいとする空間に、シャノンは若干気まずい視線を感じて、双子の後ろにいるルロウに目を向ける。

 何を考えているのか、彼はお得意の感情の読めない顔でじっとシャノンを見ていた。

 しかし、すぐにダリアンのほうに視線を変え、先ほどの話を再開した。


「おれのところにも、わざわざご丁寧に書簡が届いてな。おれが自ら城に向かい、あいつの提案を呑めば、こちらの都合の良いように話を合わせるといっている」

「皇太子のことか」


 ルロウが手にした書簡の封の色を見たダリアンは納得した顔で頷いていた。


(皇太子って、この国の……?)


 皇太子とは、皇位継承第一位の者の呼称であり、何も問題がなければゆくゆくは皇帝となる人のことだったはず。


(ルロウはそんな人とも、知り合いだったんだ)


 密かに目を見張るシャノンを一瞥したルロウは、皇太子という高貴な存在に臆することもなく、驚くほどいつも通りである。

 これが裏で「覇王」といわれる家門の次期当主の器なのか、それともたんにルロウの性格の問題なのか……シャノンは後者なのではと内心思った。


 ともあれ、個人的に皇太子に呼ばれたということで、ルロウもシャノンと一緒に城へ行くことになった。


(皇室の人に知られてしまうなんて、わたしはこれから、どうなるんだろう)


 教国に送還、または癒しの力を利用するため皇城で拘束されてしまうのだろうか。先の見えない不安が、シャノンの心に憂いを残していく。


「……おまえは、なにを浮かない顔をしている。まさか、無駄な苦労を考えているわけではあるまい?」

「……っ」


 そこまで負のオーラが出ていたのだろうか。いつの間にか床に目線を落としていたシャノンの下顎を、ルロウは軽々と上に向かせた。

 余裕そうに細められた真紅の瞳が、シャノンをじっくりと眺める。


「正式な婚約者にと考えている女を、そうやすやすと手放すと思うか」


 虚勢ではない言葉に、胸が跳ねる。


「あれ、やっぱりそうなの、シャノン!」

「フェイロウの奥さんになるってこと〜?」

「もうヨキ、ちがうよ。それは結婚でしょ。結婚を前提にする約束が婚約なんだって」

「あ、そうだった〜」


 双子は当人たちを置いて好き勝手騒いでいる。

 まさか昨夜の話をこのタイミングでされるとは思わなかったので、シャノンは返事に躊躇してしまう。


 そもそも自分が決められることではないと、シャノンは助け舟を求めてダリアンを見るが、なにやら嬉しそうにニヤニヤしている。


「つまり、本当に私の娘になる日も近いというわけだな」

「と、当主様!?」


 皇家が介入するかもしれないという状況でも、シャノンの前で繰り広げられる光景は信じられないほど呑気なものだった。



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